第7話

 振り返って見たら、背の低い白髪頭しらがあたまのお爺さんでした。水色のシャツとベージュのズボンを着て、サンダルを履いていました。全然知らない人です。でも、すぐに気づきました。だって目が……おでこにしわができるほど大きく開いて、口も笑うように両端が持ち上がっていたんです。お爺さんなのに、私を襲った遥奈はるなと同じ顔をしていたんです。


 私は体が固まって、その場から動けなくなりました。お爺さんの手が腕に食い込んで、骨まで握り締められている気がしました。するとなぜか商店街の明かりが消えたように薄暗くなって、耳もふさがれたように何も聞こえなくなりました。お爺さんはまばたきもせずに丸い目で私を見つめたまま、口をもごもごと動かしていました。不思議とその声だけは、耳元で言われたようにはっきり聞こえました。


 返せ。お前の血でつぐなえ。犯した罪のむくいを受けろって。


 それから腕に物凄い痛みを感じて、私はとっさに肩を回すようにしてお爺さんの手を振りほどきました。腕がちぎれたかと思って自分でも確認しました。お爺さんはお尻から地面に突いて倒れました。辺りの人たちが声を上げて、大丈夫ですかって呼びかけられていました。


 お爺さんがどうなったのかは知りません。私はすぐにその場から逃げましたから。怖かったんです。あのお爺さんも、周りの人たちも。みんなが私に向かってくるような気がしたんです。もう私はまともではなくなっていました。でも怖さを感じるくらいの正気はあったんです。


 だから、とにかくヘビオに財布を返すことだけを考えました。そうすれば、この怖さからのがれられる。許してもらえると……そう信じるしかありませんでした。

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