第5話

 はい、そうですね。中を見ましたけど、そんな物は入っていませんでした。警察でも調べたのですね。それなら一緒です。キャッシュカードと、スーパーマーケットの会員カードと、どこかのお店の割引券と、それとお金が13417円。1万円札が1枚と、1000円札が3枚。100円玉が4枚、10円玉が1枚、5円玉が1枚、1円玉が2枚入っていました。覚えています。私、1円も取っていません。


 でもそれ以外には、特におかしな物は入っていませんでした。それで結局、また鞄に戻しました。校内なのでどこかに置き去りにもできません。ゴミ箱に捨てても、回収される前に誰かが見つけるかもしれません。もし私が持って来た物だと知られたら泥棒呼ばわりされます。だから隠し続けるしかありませんでした。


 それからは普通に授業を受けて、何事もなく午前が終わりました。いえ、私はずっと嫌な予感というか、やっぱり誰かに見られているような気は続いていました。でも何も起きませんでした。昼食後のお昼休みには松尾まつお遥奈はるなってクラスメイトと一緒に、教室で雑談をしていました。大体いつもその子と過ごしています。


 その時、私は遥奈にいきなり押し倒されて、首をめられました。


 椅子に座っていた私に向かって、立っていた遥奈が飛び掛かってきました。椅子と机が倒れて、床に肩と後頭部を強く打ちました。そのまま遥奈が私の上に乗ってきて、両手で首を絞められました。悪ふざけじゃなくて本気の力で、のどが押し潰されそうになりました。


 喧嘩けんかじゃありません。その時なんの話をしていたかは思い出せませんが、遥奈を怒らせるようなことは言っていないはずです。もし怒ったとしてもそんな乱暴な子じゃないんです。でもその時は、目が飛び出しそうなほど大きく開いて、口もけそうなくらい真横に思いっきり開けて、別人のような顔をしていました。そして真上から私を見下ろして、言ってきたんです。


 返せ。あさましい盗人ぬすっとめ。俺から逃げられると思うなって。


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