第3話

 分かっています。本当は駅員さんに事情を伝えて預かってもらえば良かったんです。でも近くにいなくて、改札の窓口まで引き返す時間もなかったんです。次に来る電車に乗らないと高校に遅刻するから。だからって、もう一度床に戻したり、ベンチの上に置いて立ち去るのも変じゃないですか。ゴミ箱に捨てるわけにもいかないし、それで、一旦持っておくことにしたんです。


 私、アクシデントというか、唐突とうとつなイベントが苦手なんです。こういう時にどうしたらいいか分からなくなって、普通じゃない判断をしてしまうんです。別にあんな気味の悪い財布欲しくありません。お金だって、人のを盗むほど困っていません。ヘビオが落とすのを見たから拾ったんです。悪いことをしたつもりもありませんでした。


 でも電車に乗って駅を離れたあたりで、大変なことをしたと思えてきました。これじゃまるで私がヘビオから盗んだみたいって。だけどもう引き返せないから、学校が終わって下校する時に駅員さんに届けようと……いえ、たぶん、またベンチの下に戻しておこうと思いました。財布を持ち去ったのを駅員さんに疑われるのも嫌だし、ヘビオとも関わりたくなかったので。


 そんなことを考えている時に、おかしなことが起きたんです。電車の中は満員で前も後ろも左右もぎゅうぎゅうに詰まっていたんですが、後ろの人がやけに体を押し付けてくるような気がしたんです。ある程度は仕方ないと思っていたんですが、そのうち手が、男の人の右手が背中に当たって、そのまま前へ回って胸に触れてきたんです。


 痴漢……そうです、私もそう思いました。不自然にもぞもぞと動いていましたし、左手まで腰の辺りを触ってきたので。気持ち悪くてたまらなかったのですが、大声を上げるのも怖くて、その前にあんなことがあって気持ちもふさがっていたので、何もできずに体を固めていました。


 そうしたら、耳の後ろから男の人の声が聞こえたんです。


 俺から盗んだ物を返せって。

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