いつの間にか、ソファで眠っていたようだ。

 あれから天使をなんとか部屋に運び込み、コートを脱がせてベッドに寝かせ、毛布とタオルと布団でぐるぐる巻きにし、マフラーを巻き、湯たんぽをお腹の上に置き、極めつけにインスタントのスープを持ってきて、飲ませてあげた。バタバタと家の中を駆けずり回っていて疲れたので、仮眠を取ろうと毛布にくるまり、体育座りをして膝に顔をうずめていた。起きた時視界は横になっていて、ソファの上で横に倒れていたことに気づいた。

 誰かが私の髪と、耳のあたりをさらさらと撫でている。すべやかな感触には心当たりがあった。

「天使……?」

「ああ、起きたのか。おはよう」

「あんた大丈夫なの?」

「大丈夫、というのは?」

 もしやこいつ、自分から羽が無くなったことに気づいていない……?

「羽、無くなってるじゃん」

「ああ……背中が軽くなったな。身軽だ」

「体調とかは?」

「なんとも。羽が無いのが変な感じだが、特にそれで何かが起きている感じも無い」

「寒くない?」

「お陰様で、十分温まれた」

「……そっか」

 ほっとして、大きなため息が出た。だが対照的に、天使は不安そうな笑顔を浮かべている。

「何か、不安?」

「いや……そうだな、今後どうすべきか分からなくて、不安だ」

「うーん……家にいれたらいいけど、なかなか難しいかもしれないなあ」

 その辺は『おうえさま』がなんとかしてくれないだろうか。

「そうだ、あんた名前は?」

「私か? 天使だった時は、名前は無かった」

「ふうん……でも名前が無いと一緒にいるのに不便だよね」

「じゃあ、お前が──そうだ、お前の名前も聞いていないな」

「私? 私は冬雪。冬に雪でふゆきって読む」

「ふゆき、か。私を助けてくれた者の名にぴったりだな」

「確かに」

 天使と呼びすぎて、目の前の存在にそれ以外の形容が似合わない気がしてしまう。

「……やっぱり雪関係がいい?」

「まあ、そうだな。天使だったという記憶が、名前から思い出されるといい……辛かったが、彼らが私をおかげで、私はお前に出会えたからな」

「ふふ、そうだね」

 私はそうだなあ、と考え込む。

「……真白ましろ、とか」

「ましろ。字は?」

「真っ白のましろ」

「そのままだな」

「いいじゃん、あんたの姿、どこもかしこも真っ白なんだもん」

「……真白、か」

 ふ、と綻ぶように微笑む真白。

「ありがとう」

 とっ、と心臓が高鳴った。なんだ、これ。

 混乱している私を他所に、真白は私の頭を腕の中にぐっと引き込んだ。

「お前は私の命の恩人だ。本当にありがとう」

「……そんな、別に特段すごいことなんてしてない」

「いや、最初に出会った時に私を見捨てることもできたはずだ。ふゆき、お前はそうしなかった。私を起こして、助けてくれた」

 私の髪をさらさらと、真白の指が撫でるのを感じる。私が、彼に出会った後、したように。

「あの時もらったカイロ、本当に温かくて驚いた。他人からの優しさの温かさは、きっとこんなにも温かいのだろうと、気づくことができた」

 真白はくっついていた上体を少し戻し、私に目を合わせた。

「ここまでお前に出会ってから、私は何もかもをもらってばかり。人間は、『たすけあい』が普通なのだろう? 私にも、お前の役に立つことをさせてほしい」

 ぎゅっと私を抱きしめるその腕は、確かな温もりを持って私を包んでいた。


 追記。

 これは後日譚のような話だ。結局真白は、私の家に居候することになったのだったのだが、なぜか家族は真白を見ても不思議がらずに「真白ちゃん」なんて呼んでいるし、えっ知ってるの、と最初に聞いた時は、まさかすぎる設定を聞かされたのだった。

「真白ちゃんはあなたのはとこで、ご家族の都合でここにいるんでしょう? どうして忘れちゃったの」

 都合のいい感じにしてくれ、とは願ったが、『おうえさま』もなかなか突飛なことを思いつくものだと、真白とふたりでやれやれと顔を見合わせたものだった。

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雪の妖精 水神鈴衣菜 @riina

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