5
いつの間にか、ソファで眠っていたようだ。
あれから天使をなんとか部屋に運び込み、コートを脱がせてベッドに寝かせ、毛布とタオルと布団でぐるぐる巻きにし、マフラーを巻き、湯たんぽをお腹の上に置き、極めつけにインスタントのスープを持ってきて、飲ませてあげた。バタバタと家の中を駆けずり回っていて疲れたので、仮眠を取ろうと毛布にくるまり、体育座りをして膝に顔を
誰かが私の髪と、耳のあたりをさらさらと撫でている。すべやかな感触には心当たりがあった。
「天使……?」
「ああ、起きたのか。おはよう」
「あんた大丈夫なの?」
「大丈夫、というのは?」
もしやこいつ、自分から羽が無くなったことに気づいていない……?
「羽、無くなってるじゃん」
「ああ……背中が軽くなったな。身軽だ」
「体調とかは?」
「なんとも。羽が無いのが変な感じだが、特にそれで何かが起きている感じも無い」
「寒くない?」
「お陰様で、十分温まれた」
「……そっか」
ほっとして、大きなため息が出た。だが対照的に、天使は不安そうな笑顔を浮かべている。
「何か、不安?」
「いや……そうだな、今後どうすべきか分からなくて、不安だ」
「うーん……家にいれたらいいけど、なかなか難しいかもしれないなあ」
その辺は『おうえさま』がなんとかしてくれないだろうか。
「そうだ、あんた名前は?」
「私か? 天使だった時は、名前は無かった」
「ふうん……でも名前が無いと一緒にいるのに不便だよね」
「じゃあ、お前が──そうだ、お前の名前も聞いていないな」
「私? 私は冬雪。冬に雪でふゆきって読む」
「ふゆき、か。私を助けてくれた者の名にぴったりだな」
「確かに」
天使と呼びすぎて、目の前の存在にそれ以外の形容が似合わない気がしてしまう。
「……やっぱり雪関係がいい?」
「まあ、そうだな。天使だったという記憶が、名前から思い出されるといい……辛かったが、彼らが私を落としてくれたおかげで、私はお前に出会えたからな」
「ふふ、そうだね」
私はそうだなあ、と考え込む。
「……
「ましろ。字は?」
「真っ白のましろ」
「そのままだな」
「いいじゃん、あんたの姿、どこもかしこも真っ白なんだもん」
「……真白、か」
ふ、と綻ぶように微笑む真白。
「ありがとう」
とっ、と心臓が高鳴った。なんだ、これ。
混乱している私を他所に、真白は私の頭を腕の中にぐっと引き込んだ。
「お前は私の命の恩人だ。本当にありがとう」
「……そんな、別に特段すごいことなんてしてない」
「いや、最初に出会った時に私を見捨てることもできたはずだ。ふゆき、お前はそうしなかった。私を起こして、助けてくれた」
私の髪をさらさらと、真白の指が撫でるのを感じる。私が、彼に出会った後、したように。
「あの時もらったカイロ、本当に温かくて驚いた。他人からの優しさの温かさは、きっとこんなにも温かいのだろうと、気づくことができた」
真白はくっついていた上体を少し戻し、私に目を合わせた。
「ここまでお前に出会ってから、私は何もかもをもらってばかり。人間は、『たすけあい』が普通なのだろう? 私にも、お前の役に立つことをさせてほしい」
ぎゅっと私を抱きしめるその腕は、確かな温もりを持って私を包んでいた。
追記。
これは後日譚のような話だ。結局真白は、私の家に居候することになったのだったのだが、なぜか家族は真白を見ても不思議がらずに「真白ちゃん」なんて呼んでいるし、えっ知ってるの、と最初に聞いた時は、まさかすぎる設定を聞かされたのだった。
「真白ちゃんはあなたのはとこで、ご家族の都合でここにいるんでしょう? どうして忘れちゃったの」
都合のいい感じにしてくれ、とは願ったが、『おうえさま』もなかなか突飛なことを思いつくものだと、真白とふたりでやれやれと顔を見合わせたものだった。
雪の妖精 水神鈴衣菜 @riina
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