第3話 最後の一日?
「よし、それじゃあ行くか」
「ああ!」
二人で玄関を出て、市街地へと歩き出す。
俺たちを手荒く歓迎する向かい風。今日は風が強かった
「とりあえず簡単な計画は練ってある。別に俺も街で遊んだりっていうのに慣れてるわけじゃないが、クウカよりはマシだろうからな」
「なんかその言い方腹立つな」
顔をムッとさせながらも、楽しげに歩みを進めるクウカ。怪我の状態も、昨日と比べて良くなっているようだ。
家から市街地まではさほど離れていない。俺たちはほどなくして町の中心部に到着した。
「えっと、じゃあまずは…………ん?」
さっそく食べ歩けるものでも買おうかと考えていたところで、周囲がやけにざわついていると気づく。
「ねえ、あの耳ってさ」
「ほんとだ! 二回戦で大逆転した……」
「マジで⁉ 握手してもらおっかな~」
そうだった、今のクウカは国民たちの話題の中心……。少し前までこんなことありえなかったので、頭から抜け落ちていた。
「なあジン、ちょっと声掛けに行ってもいいか? 私知ってるぞ、こういうのをファンサービスって――」
俺は言い終わるのすら待たずに彼女の手を握る。そしてそのまま路地裏へと逃げ込み、抜けた先にあった婦人服屋に飛び込んだ。
「はあ、はあ、そんな慌てなくても……ちょっとぐらいいいじゃないか」
「ダメだ、計画が狂う」
「ジンって、そんな細かい性格だったか……?」
いや違う。計画云々は建前だ。
今日は亜人闘士としてではなく、ひとりの女の子としていろいろな体験をしてほしい。途中でああいうのが入るとその目的から逸れてしまう。というのが本音。
店の中を見渡す。そこにはたくさんのかわいらしい衣服が並んでいた。俺はまず値札を確認し、全体的にそこまで高額ではないことに一安心する。
「とりあえず、これは必要だな」
顔が隠れるほどの広いつばがついた白い帽子。それをクウカに深くかぶせる。
「うぅ……耳がふさがって変な感じだ」
「これだけ我慢してくれ。ほら、その帽子に合う服、自分で選んでいいから」
そう言って俺は近く壁にもたれかかる。選び終わるまで店の端で待っていようと思っていた。
しかしクウカはそんな俺のそばから離れようとしない。
「いきなり選べと言われても……初めてでよくわからないんだが」
柄にもなくモジモジとし始めるクウカ。
「それもそうか、じゃあ一緒に見よう。俺も服とかよく知らないけど」
二人で店内を回っていく。
最初こそ緊張した様子の彼女だったが、段々慣れてくるとむしろ俺を置いて、自分で興味の示すほうへ向かっていくようになっていた。
そんな姿を微笑ましいなと眺めていると、クウカが速足でこちらにやってくる。気に入ったものがあったらしい。
「これ、似合うかな……」
会計を終え、二人並んで店から出る。
俺の隣にいるのは良家のお嬢様……ではなく、白のワンピースと帽子をまとったクウカだ。
「改めて、似合ってるな。普段とは印象真逆だが、それがいいというか」
「あ、ありがとう……」
照れくさそうに喜んで見せるクウカ。こんな表情は初めて見た。
「新しい服でちょっと歩くか?」
さっきまでとは別人のような彼女がコクリと頷く。
そして歩き出そうとした次の瞬間、何者かが俺の肩を叩いた。
「兄ちゃん、ちょっといいかい」
ボロボロの服を着た細身で白髪の老人。はっきりとは覚えていないが、どこかで見かけたことがあるような気がした。
「兄ちゃんもアイツらに借金してるんだろ? なのになんでそんな綺麗な姉ちゃん連れ回してるんだよ~」
そうだ、思い出した。少し前に借金取りの男と口論しているところを見たかけたことがある。この老人は俺と同じ人間から借金をしている、いわば同類だ。
おそらく向こうもそれを知っていて、たかりにでも来たのだろう。
「わかるぜ、ギャンブルで大勝ちしたんだろ? なあ、ちょっと恵んでくれよ~、俺たち仲間だべ?」
やっぱりだ。申し訳ないが仲間任た覚えはない。
こういうのは相手にしないのが一番。
「クウカ、逃げるぞっ!」
二人で手を繋ぎ、思い切り駆け出す。
なんだか、今日は逃げてばかりだ。普通の女の子として楽しんでほしかったのに、これじゃ普通とは程遠い。
俺は普通の体験をさせてあげることすらできないのか、と不甲斐なさを感じる中で、帽子を押さえながら楽しそうに走るクウカの姿だけが救いになっていた。
それから日が暮れるまで、少し高級な料理や娯楽施設など、俺たちはこの街を目一杯楽しんだ。途中トラブルもあったが、振り返ってみれば中々に充実した一日を過ごせたんじゃないだろうか。
「結構遊んだな。そういえばジン、お金は大丈夫だったのか?」
「ああ、お前で稼いだ金があったからな」
「なんか、語弊がある言い方だな」
「誰かさんの真似しただけなんだがな……」
一昨日、勝利給として受け取った小さな袋の中には、もう数枚の硬貨しか残っていなかった。
「今日はありがとう。本当に楽しかった!」
「そうか、それならよかった」
夕日があたりを照らし、俺たちの間に終わりの雰囲気が漂い始める。
クウカに新しい世界、新しい幸せを知ってもらって、もっと生きていたいと思わせる。それが今日の狙いだった。さて、目的を果たせたのだろうか。
俺は勇気を振り絞って、直接聞いてみることにした。
「昨日、初めて幸せを知った、みたいなこと言ってただろ? 今日はどうだった? 昨日とはまた違う、新しい幸せを知ることはできたか?」
「ああ、できた! かわいい服を着るのはちょっと恥ずかしいけど楽しいし、高い料理はやっぱりうまい……あっ、もちろんジンの料理もうまいぞ。うん、今日だけでいろんな幸せな気持ちを知れたと思う」
彼女の答えは、俺の求めていたものだった。
今なら、昨日笑われたこの言葉も本気で受け止めてくれるかもしれない。
「なあクウカ、もし今、もっとたくさんの幸せを知りたいって思ってるならさ……俺と一緒に――」
「ちょっと待て!」
「えっ……?」
突然声を上げたクウカ。彼女は鼻をヒクヒクとさせながら周りを見渡して、こう言った。
「……血の匂いだ」
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