忘れた記憶の欠片ー何故ここを知っているのか?ー

三愛紫月

私は、何故ここを知っているの?

ここにきた時から、不思議に思っていた言葉を私は口に出していた。


「何か、懐かしいー」


「美空、ここ来た事あるの?」


「わからないけど…。懐かしい感じがするの」


「そうなんだ」


私の名前は、月野美空つきのみそら、彼女の名前は板垣桜いたがきさくら。桜と私は、ずっと仲が良い。


「ここの学校って何か変わってるよね?」


「確かに、古い感じだもんね。建物」


「そうそう」


歴史ある学校だというこの場所に、私と桜が

やってきた理由は、他でもない。


「月野さん、板垣さん、ごめんね。付き合わせちゃって」


「いいの、いいの」


「大丈夫」


私達がやってきた理由は、羽尾柚希はおゆずきの為だった。

羽尾ちゃんは、この学校の生徒である大城拓人おおしろたくと君に恋をしたのだ。


「羽尾ちゃん、気持ち伝えれる?」


「わからないけど。今回は、頑張る」


「頑張れ、ゆずきん」


羽尾ちゃんは、一年前。うちの学校に、バスケの練習試合でやってきた大城拓人君に一目惚れしたのだ。それから、何度もこの学校に通った羽尾ちゃんは、バスケ部のマネージャーである並木司なみきつかさちゃんと仲良くなったのだ。

それからは、練習試合がある日は、必ず並木さんから見に来る?と連絡を受けるようになった。

いつもは、一人でやってきて体育館で並木さんと一緒に見学していた羽尾ちゃんだったけれど…。昨夜の大雨に打たれた並木さんは、今日に限っては高熱で来れなくなってしまったのだ。そんな羽尾ちゃんは、私と桜に一緒に来てくれないかと今朝連絡をしてきた。

高校二年になったばかりの私と桜は、特にクラブ活動を熱心にしているようなタイプではなかった。それに、バイトもしていなかったので。二つ返事で羽尾ちゃんにいいよと言ってやってきたのだった。そんな、羽尾ちゃんは今日どうしても気持ちを伝えたいと私達に話してきたのだった。


「今日で、大城君を好きになって一年なんだよね」


「それで、告白?」


「そうなの…。そろそろ前に進まなきゃでしょ?」


「あっ、安藤に告白されたから?」


桜の言葉に羽尾ちゃんは、「そうそう」と呟いていた。


安藤とは、私達の学校にいる同級生だ。安藤が羽尾ちゃんが好きなのは有名だった。でも、みんなその事に触れずにいたのだ。


「安藤君も勇気出して言ってくれたんだから…。私も頑張らなきゃって思って」


そう言って、羽尾ちゃんは笑っていた。


「私、トイレ行くね」


「うん。じゃあ、体育館で待ってるから」


「じゃあね!美空」


「うん」


私は、二人と離れてトイレに行く……。わけではないのだ。さっきから、ずっと気になっていた。私は、ここに来た事があるはずなのだ。



コンコンー


「はい」


「失礼します」


「どうぞ」


職員室にやってきた。


「あのー。私、月野美空と言います」


「はい」


「あのー。私の事で何か覚えてる事はないでしょうか?」


「えっ!特にありませんけど」


眼鏡をかけたクールな目元が印象的な女の先生は、私を見つめてそう言った。


「あの他の先生は?」


「今日は、私しかいませんよ。後は、各部活にいると思いますが…。必要なら」


「あっ、いえいえ。すみませんでした」


私は、そう言って職員室を出ようとした。


「失礼します」


入れ違いに誰かがやってきた。


ドクン…………。


「あら、久しぶりね!大学生活は、満喫してる?」


「まあ、それなりです。梶原先生に返すの忘れてたのあったんだけど…。やっぱり休みの日はいないよな」


「梶原先生なら、三ヶ月前から……」


私は、職員室を後にした。


この学校に来ていた気がしたのに…。違ったんだね。懐かしい感じは、何だったんだろう。私は、そう思いながら歩き出した。体育館に行かないと行けないのはわかっているのに、足取りが重い。


「あのー」


「えっ?」


突然、声を掛けられて私はビックリして振り返った。どうやら、さっき職員室で会った人だ。


「間違っていたら、すみません。月野美空さんじゃないですか?」


その言葉に、私は驚いた顔を向けて頷いていた。


「あー、やっぱり」


「私を知ってるんですか?」


「知ってるも何も…。あっ、あいつ喜ぶよなー。連絡して、呼び出すよ」


「あいつって誰?」


「えっ?去年付き合ってたから、よく来てたじゃん。ここに」


彼の言葉に私は、もう一度驚いた顔をした。


「去年。私が、その人と付き合ってたんですか?」


「えっ!あれ?別人?俺も時々一緒に居たんだけど忘れちゃった?」


「あっ、ごめんなさい。ちょっと記憶喪失って言いますか…」


「何か事故とかにあった?」


栗色の瞳が私を見つめてくる。事故にあってなどない。


「いえ。そんなんじゃないんですが…」


「じゃあ、何でかな?あいつと何か嫌な事あったとか?」


「わかりません」


その言葉に彼は困り出した。


「じゃあ、やめとくよ!あいつ呼んだらまずいよな」


そう言って、スマホをポケットに入れようとする。


「待って下さい。呼んで下さい」


「いいの?」


「はい」


私は、彼にそう言った。知りたかった。私が、何故この場所が懐かしいと感じたのかを確かめたかった。


「わかった。じゃあ、掛けるよ」


そう言って、彼は誰かに掛けていた。


電話が終わって、彼は私に近づいてきた。


「俺、今からバイトに行かなきゃいけなくて…。あいつには、電話したから!10分後に来るって。待っててもらえる?」


「ここでですか?」


「一応、ここって言ったんだけど」


「わかりました」


「ごめんね」


そう言って、その人は帰って行こうとする。


「あの、お名前は?」


「あっ、俺。俺は、中西勇作なかにしゆうさく。じゃあ、ごめんね」


そう言って、彼は急いでいなくなってしまった。中西勇作さん……。

そう言われても、思い出せそうになかった。

職員室で、彼を見た時はこの胸がドクンとしたのに…。私は、胸に手を当てながら考えていた。何か忘れてるって事?でも、その何かって何?


職員室を出てすぐの廊下で、名も知らぬ彼を待つ。どんな人かわかるのかな?私が、分からなくても彼なら分かるのよね。


「美空」


暫くして、私は名前を呼ばれた。


「誰?」


キョロキョロして辺りを探す。


「こっち」


そう言われた瞬間、右隣に男の人が立った。


ズキン……ズキン…


心臓が痛いぐらいに鳴り響いてる。


「あ、あの…」


息が出来ない程に苦しい。


「忘れたんだろ?」


そう言って、焦げ茶色の瞳が切なそうに揺れた。


「ごめんなさい」


私は、彼に謝った。


「いいんだよ。忘れたくもなる」


そう言って、彼は私を見つめて笑う。


「そんな酷い事があったんですか?」


私の言葉に、彼は不思議な顔をしながら見つめてくる。


「ここらも、爆撃が落とされただろ?グラウンドを歩くだけで爆発した」


何の話をしてるのか、私にはさっぱりわからなかった。私、何か置いてけぼりに彼は話を続ける。


「あの日も、黒い雨から逃げる為に必死だったろ。一也かずやが、グラウンドを走った瞬間。爆発しただろ!その衝撃で、俺達は離ればなれになった。みんな避難しなくちゃならなくてさ…。それからは、バラバラになって会わなくなっちゃったよな」


「あ、あの…」


私は、意味のわからない彼の言葉を遮っていた。


「それは、一体何の話をしているのですか?私が知ってる戦争とは違うし…。私は、そんな話を経験した事もないので」


その言葉に彼はまた悲しそうに目を伏せる。


「無理もないよ。とても、酷かったからね」


そう言って、彼が私の頭をポンポンと叩いた瞬間だった。


頭の中を映像が流れていく。



篤人あつと君」


「美空」


「もうすぐ、こっちにも来るんだって」


「そうみたいだな」


「平和な時代に産まれていたら違った?」


「そんな時代、あったのか?」


「わからないけど…。ほら、お父さんが言うには2020年なら平和ってやつだよって言うの」


「2020年って、凄い戻るね」


「それでも、私。みんなと行きたい」


「美空」


篤人君と呼んだ、その人は私を抱き締めてくれていた。


「今の何?」


「もしかして、思い出したのか?」


「平和な時代に行くって何?戻るって何?」


私の言葉に篤人君は、私を見つめる。


「俺達は、300年先からやってきたんだ」


「えっ?」


「300年先の未来は、この学校のグラウンドに爆弾が埋まっていて。歩くだけで爆発を繰り返した。殺傷能力は、低めだった。ただの脅し材料だよ!こんな世の中で学校に何か行くなって脅し」


「そんな話…」


「信じられないのも無理はないよ。あの日、美空はお父さんが開発した腕時計型のタイムトラベル装置をつけてここにやってきた。発動するかしないかは、賭けでしかなかった」


私は、首を左右に振る。


「嘘よ!そんなの嘘」


「全部、真実だよ」


彼は、そう言って私の手を握りしめた。


「離して」


「落ち着いて、美空」


「どうして、そんなに冷静なの?」


「冷静なわけないだろ!あの場所からやってきて、この時代の星井篤人ほしいあつとになった時は、頭が狂いそうだったよ」


「どう言う意味?」


「平和すぎて、頭がどうにかなりそうだったんだよ!だから、美空は俺の事を忘れたんだろ?」


私は、その言葉にボロボロ泣いていた。


「羽尾ちゃんは?桜ちゃんは?私は、誰をこの世界に連れてきたの?」


その言葉に、星井篤人ほしいあつとと名乗った彼は私を見つめていた。


「勇作と大城拓人と板垣桜と三上一也と梶原先生」


彼は、そう言って私を見つめる。


「どうして、その人達を…」


「さっきも言ったけど、発動するかしないかは賭けだった。ただ、雨と雷と爆発。何がきっかけかは、わからないけれど。それは発動した」


「じゃあ、私以外は記憶があるの?」


「嫌、ない。板垣は、去年俺と勇作に会っても気づいてなかった。一也は、こっちに来てすぐに精神が崩壊して入退院を繰り返してる。大城も俺に気づいてなかった。梶原先生は、三ヶ月前から体調を崩すようになったから…。何か気付き始めたのかも知れない」


星井篤人ほしいあつとの言葉に、私は固まっていた。


「思い出さない方がいいのかもな」


そう言って、彼は悲しそうに笑った。


「じゃあ、俺は帰るよ」


「ま、待って」


「何?」


「私が、君を連れてきたんでしょ?」


「君って、何だか他人行儀だな」


「あっ、篤人君」


「それがいいよ」


そう言って、彼は照れくさそうに笑った。


「私が、篤人君を此処に連れてきたのよね」


「そうだな。平和な世界で恋愛したいって言い出して」


「それなのに、今まで私は篤人君を忘れててごめんなさい」


「怒ってなんかいないよ!ただ、普通に美空が生きていてよかった。それは、板垣や大城にも思った。精神が崩壊しなくてよかったと…」


「300年先は、そんなに酷かったの?」


「酷かったよ!こんな夢みたいな世界じゃなかった」


篤人君は、そう言ってグラウンドを走る生徒達を見つめていた。


「教えて、私に…。篤人君と私が居た世界を…」


「おかしくなるかも知れないよ」


「それでも、聞かせて欲しい」


「わかった」


そう言って、篤人君は私についてくるように言った。


学校のグラウンドを見渡せる教室に私達は、入った。


「ここの鍵は、変わってないんだ」


そう言って、掌にある鍵を見せて笑った。


「歴史ある学校でね。何百年も残ったままだよ」


「凄いね」


「そうだね、凄い事だよ」


そう言って、私と篤人君は席についた。


「俺と勇作と一也は、この学校の三年生だった。板垣、大城、美空は二年生だった。梶原先生は、俺達の担任だった」


「うん」


「学校にいるのは、だいたい5、6人程だった」


「戦争があるから来てなかったって事?」


「戦争とは、少し違うかな」


「そうなの?」


「うん」


そう言うと篤人君は、グランドを指差した。


「昔は、人が戦うのが戦争だっただろ?」


「そうだね」


「俺達の時代は、戦うのはロボットだった。人間がするべき事のほとんどをロボットがしていた」


「じゃあ、人間は?」


「だいたいは、家の中か室内で研究してばっかりだったよ!学校何て必要ないって暴動もしょっちゅう起きてた。それでも、この学校だけは潰れなかった」


「私達は、それでも学校に来たの?」


篤人君は、私の言葉に頷いた。


「どうして?」


「愛を知る為だよ」


「愛?」


「そう。300年先の未来は、愛なんてないに等しいんだ。皆、機械に夢中だよ!赤ちゃんはね。機械で培養されて、機械が産むんだ。人間は、ただそれを提供するだけの存在。愛してるとか好きとかそんな概念はない。ただ、こんな顔の子供が欲しい。こんな賢さが欲しい。そんな気持ちから子供は産まれた。出生率は、この時代よりは上回ってるよ」


「そうなの」


私は、驚いて篤人君を見つめていた。


「そうだよ!でも、愛がないから、皆、他者を愛せない。それぞれが、向き合うのは今で言うスマホなんだけど…。300年先の未来では、大体おでこを叩くと画面が浮かび上がったかなー。俺達は、機械で産まれるから。その時におでこにチップを埋め込まれてる」


「そんな、ロボットみたい」


「そうだなー。ロボットと人間を融合させたかったんじゃないのかな?」


「気持ち悪い」


私の言葉に篤人君は笑った。


「美空は、2020年にいるからそう思うんだよ!あっちでは、普通だったよ」


そう言って、篤人君はおでこを触っている。


「それで…」


「あー、俺達は学校に通ってた。学校は、愛を教えてくれる場所だったから」


「そうなんだね」


「うん。愛の伝道師である、酒谷健三さかやけんぞうの一族達がこの学校を受け継いで行ったんだ。だから、愛とは何かを教えてくれていた」


「愛とは何か…」


篤人君は、教室の窓を開ける。


「学校に通うものは、反逆者として扱われていた。だから、致命傷にならない程度の爆弾がグラウンドのあちこちに埋まっていた。愛を問うもの、愛を語るもの、愛する人を作るもの、皆、反逆者だ」


「そんな!!」


「人を愛する事は、俺達の住む時代は殺人を犯すのと同じだよ。だから、俺達は処罰の対象だった」


「処罰って、そんな…」


私の言葉に篤人君は、悲しそうに目を伏せた。


「学校への道中は、爆撃が飛んでくる。手を繋いで歩くだけで撃たれる。だから、俺と美空はこの校舎で愛を確かめ合った」


「だから、私は2020年に行きたいって?」


「美空のお父さんは、歴史に詳しい人でね。美空は、いつも平和に興味を持っていた。愛があふれてる時代に行きたいといつも俺に話していた」


「もしかして、この時代なら篤人君と一緒にいれるから?手を繋いで歩けるから?」


私の言葉に篤人君は、嬉しそうに笑った。


「美空は、いつもそれを望んでいた」


「それなら、これからはそうなれるんだよね」


「そうだな!この世界なら、それが出来るよ」


私は、篤人君の隣に立った。


「私は、篤人君を知らない。だけど、これから知っていくってのは駄目かな?」


「いいんじゃない」


篤人君は、そう言って笑ってくれた。


「私、思い出さないかも知れないよ」


篤人君は、私の頬に手を当てる。


「美空、思い出さなくていいんだよ」


「でも…」


「思い出すとよくないから…。この現実世界が平和すぎておかしくなっちゃうんだよ」


「篤人君」


「だから、美空は今のまま過ごしなよ」


ブー、ブー



「スマホ鳴ってるよ」


「あっ、うん」


私は、スマホを取り出した。


【美空、どこ?練習試合始まっちゃったよ】


「桜から」


「板垣か…」


「あのね、篤人君。桜は、その、向こうでは誰といたの?」


「あー、大城だよ!板垣は、大城と付き合っていた」


その言葉に私は固まっていた。


じゃあ、羽尾ちゃんは振られちゃうって事だよね。


「美空、あっちとは違うよ!大城は、板垣を覚えていない」


私の悲しい顔に気づいたのか篤人君はそう言って頭を撫でてくれる。


「桜は、じゃあ誰と一緒になるの…」


「それは、わからないよ!だって、この世界は未来とは違うから」


「でも、そしたら300年先の桜が産まれないじゃない」


私の言葉に篤人君は、少し考えていた。


「そうかもな。板垣は、産まれないかもな。でも、あんな時代に、もう一度、産まれたいとは俺は思わないよ」


「それなら、私と付き合うのはよくないよね」


「結末は、どうなるかわからないけど…。俺は、美空を探してたから嬉しいよ」


篤人君は、そう言ってまた私の頭を優しく撫でてくれる。


「探してくれて、ありがとう」


「それが、約束だったから…」


「篤人君」


ブー、ブー


「板垣からじゃないの?」


「本当だ」


「美空、行きな」


「待って、連絡先教えて」


「わかった」


篤人君は、私に連絡先を教えてくれる。


「明日、デートしよ」


「いいよ」


「じゃあ、羽尾ちゃんの結末を見届けなくちゃいけないから」


「わかった!行っておいで」


「じゃあね、篤人君」


私は、篤人君に手を振って教室を後にした。


「もう、美空。遅いよ」


「ごめんね、桜」


「トイレ迷っちゃったの?」


「あっ、うん。ごめんね」


「いいけど…」


「羽尾ちゃんは?」


「今、告白しに行ってるんだよ」


桜は、嬉しそうにニコニコ笑ってる。


「桜は、嫌じゃないの?」


私は、意味のわからない事を言ってしまった。


「何で?私は、ゆずきんを応援してるよ」


「桜は、大城君の事どう思ってる?」


「どうって?どうも思ってないけど…」


桜は、そう言って私を不思議そうな顔で見つめる。


「美空、何か変だよ」


「ごめん。ちょっと寒いからかな」


「確かに、まだ少し寒いよね」


未来は、変わってしまうのだろうか?桜は、300年先の未来にはいないのだろうか?


「ゆずきん、どうなったかな?」


私と桜は、体育館から離れた。


「羽尾ちゃん、戻ってくるって?」


「うん。終わったら戻ってくるとは言ってたけどね!成功したら、帰ってこないんじゃない。美空、私、トイレ行ってくる」


「わかった」


そう言って、桜は走っていなくなってしまった。やっぱり、未来は変わってしまうんだ。

私は、羽尾ちゃんを待っていた。


「月野さん」


「は、羽尾ちゃん」


桜がいなくなって、5分ぐらいした頃に羽尾ちゃんは現れた。


「どうだった?」


「大城君。忘れられない人がいるから、私とは付き合えないって」


そう言って、羽尾ちゃんはボロボロと泣き出してしまった。


「大丈夫?」


「大丈夫。あのね、私。安藤君と会う事になったの」


「えっ?」


「振られたら、今日、会う事になってたから…」


羽尾ちゃんは強い。涙を拭って笑った。


「板垣さんが来たら、先に帰ったって言ってて!じゃあ、ごめんね!月野さん」


「あっ、うん。気をつけてね」


羽尾ちゃんは、ニコニコ笑っていなくなってしまった。やっぱり、変わらないんだ。じゃあ、300年先の未来でも私は桜といれるんだよね。


「美空、ごめんね。ゆずきんは?」


「安藤君に会うって帰っちゃったよ」


「えっ?振られちゃったの?」


「そうみたい」


私と桜は並んで歩き出す。


「やっぱり、振られちゃったんだね」


「やっぱりって?」


「さっき、大城君に告白されちゃった」


「えっ?桜が!」


「そうなの。昔から、君を知ってると思うから付き合って欲しいって!怖いよね」


桜は、そう言って笑いながらも嫌そうじゃなかった。


「桜も興味持ったの?」


「ゆずきんには、悪い気持ちはあるんだけどね。何か、凄く真剣だったから…。友達からって言っちゃった」


「そっか、それは運命だと思うよ」


私は、そう言って桜に笑った。


「運命って!美空、そういうの信じるタイプだっけ?」


「私も信じるよ!運命」


「そっか…」


羽尾ちゃんには、悪いけど…。


結末が変わらなくてよかったと私は思っていた。


「じゃあね、美空」


「うん、また明後日ね!桜」


私達は、手を振って別れた。


ドンッ……。


「何?」


凄い音がして振り返った。


そこには、何もなくてただ、いつもの道が続いてるだけだった。


いつも通りの日々を過ごして、今日が終わった。


朝、目が覚めてから私はワクワクしていた。


「美空、今日はお昼ご飯いらないんだよね」


「うん、いらない」


「それなら、いいけど」


顔を洗って、歯を磨いて、食卓についた。


お父さんは、新聞を見ながらコーヒーを飲んでいて、お母さんはバタバタと朝食を運んでくる、弟の海人かいとはシリアルをかき混ぜていた。


「平和だねー」


私は、それを見ながらそう言ってコーンポタージュスープを飲んだ。


「何を急に!はい、バター塗ったわよ」


「ありがとう、お母さん」


お母さんがくれた食パンを噛る。この場所にいる私は、愛が何かなんて知ろうとはしない。愛してる人が出来たって撃たれたりなんかしない。


「美空、恋したのか?」


お父さんは、新聞をずらして私を見つめた。


「姉ちゃん、好きな男出来たのか?」


「どんな人、どんな人」


「そんなのいないから」


私は、家族の興味本意な眼差しに逃げるようにご飯を食べ終わった。


「ご馳走さまでした」


「はい」


「気をつけて行くんだぞ」


「はーい」


洗面所で、顔を洗って歯を磨いてから部屋にあがって服を着替えた。


「ナチュラルメイクぐらいするよね」


日焼け止めと薄いファンデーションを塗ってから、ピンク色の口紅を塗った。


私は、バタバタと部屋から出る。


「行ってきます」


「はーい、行ってらっしゃい。気をつけてね」


「はーい」


私は、家を飛び出して走り出した。


待ち合わせ場所までの、道を急ぐ。


「美空、危ない」


その言葉に、私は止まった。


「あぶねーな」


自転車のおじさんは、私を睨み付けた。


「チッ」


「すみません」


私は、頭を下げた。


「はぁ、はぁ、はぁ。やめてくれよ。心配するだろ?」


「篤人君、ごめんね」


「やっと会えたのにお別れになったらってヒヤヒヤしただろ」


篤人君は、そう言って頭を撫でてくれる。


「ごめんね」


覚えていないけど、この感覚が懐かしくて堪らない。


「運命は、変わらなかった」


「板垣の事?」


「うん。大城君が、桜に告白したって」


「そうか」


篤人君は、私の手を握りしめてくる。


ドンッ………。


『何?』


私達二人は、振り返った。


「美空も今の聞こえたのか?」


「うん。昨日から…」


「そっか。運命が繋がってきたのかもな」


篤人君は、そう言って私の手をギュッーと握りしめる。


「この世界は、平和だよ」


私は、篤人君と繋いでる手を掲げて、そう言った。


「そうだな!平和だな」


「篤人君は、来てよかった?」


「よかったよ!だって、美空とこうやって手を繋いで歩けるんだから…」


「酷い世界だったんだね」


私は、篤人君を見つめながらそう言った。


「酷いって言うよりか、愛がない世界だったから…。あれあるだろ?」


篤人君は、行列の列を見つめていた。


「うん」


「あんな風に綺麗に並んでる事なんか一度もなかったよ」


「そんな」


「本当だよ!並ぶ店は、2日で潰れる」


「じゃあ、どうやって食べるの?」


篤人君は、そう言った私の手を引いて行列に並ぶ。


「温かいものを食べる事はなかった。基本的に、料理は冷めてた」


「行列って愛で成り立ってるんだね」


「そうらしいよ!俺もこっちに来て初めて知ったよ」


私達の順番がやってきて、温かいたい焼きを2つ受け取って、篤人君はお金を払った。


「はい」


「いただきます」


「うん」


私は、たい焼きを歩きながら食べる。


「温かい」


「出来立てだもんな」


篤人君も、フーフーしながら食べている。


「この世界は、何も考えなくても愛があふれてるって事?」


「そうだな!温かい食べ物を食べて欲しいって気持ちも愛だよ!向こうの俺達は、基本的に温かい食べ物を食べた事はなかったから…。ここに来てラーメンを食べて勇作と二人驚いた」


「そうなんだね」


「うん。行ってらっしゃい、お帰りなさいなんてのもなかったし。学校で、先生にありがとうって言われた時も驚いたよ」


篤人君は、そう言いながら笑っていた。


「美空は、忘れちゃってると思うけどさ…。あの世界は、氷みたいだったんだと思った」


「そんな世界から、こっちに来たらおかしくなっちゃうよね」


「勇作がいなかったら、俺もそうなってただろうな」


篤人君は、そう言いながら遠い目をしていた。


「この世界は、好き?」


「そうだな!美空とこうやって手を繋いでたい焼きを食べれる」


篤人君は、そう言って笑った。


「これから、いっぱいこんな時間を過ごしていきたいね」


「そうだな」


抜け落ちた欠片きおくを拾い集めるんじゃなくて、新しい欠片きおくで埋めつくそう。


そしたら、いつか…。


私は、君に…。



【愛してる、篤人君】


「今、美空、何か言った?」


「ううん」


「そうだよな」


「空耳?」


「そうだな」


篤人君の横顔を見つめながら、私は、集めた欠片あいをいつか君にプレゼントしようと決めた。


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