魔の存在④

「どうして、フェイが仕事を選ぶのに、お前らを納得させなくちゃならない? 関係がない」

「私たちが仲間だからよ」

「? 仲間だからって、そんな強制力はない。違う?」

「魔族には分からないわ」


 それは、ただただルゥと取り合わない。退けるための言葉に過ぎなかった。そうした発言が空気を凍らせることを知っているだろうに。

 僕からの気配が尖ったことは明白で、自覚もあった。

 だが、アカネは意に介さない。というよりも、理解ができないのだろう。魔族は倒すべき敵であり、仲間意識などを理解する生物だという認識はない。いつの間にかそんな認識が身について、戦場での偏った思考が育まれていくのだ。

 そして、そのギャップが僕の苛立ちを増幅させる。

 それを知ってか知らずか。……恐らく気がついているだろうに、ルゥは極めて凜然と言葉を紡いでいく。いつの間にそんな語彙力を吸収していたのか。そんな疑問を抱くほど、ルゥの口上は流暢だった。


「どうして? お前たちは魔族と一緒くたに呼ぶけど、ボクたちがひとつの思考の元に集まった統率の取れた集団じゃないことは、よく知ってるはず」

「それが何よ? 仲間を理解できない証拠じゃない」

「だからこそ、仲間は理解している。ボクはサキュバスだ。同じサキュバスは仲間に分類される。少なくとも、出会ってすぐに一触即発にはならない。でも、吸血鬼と出逢えば、ボクらは警戒してそばに寄らない。それはお前らと同じだ。ボクらにだって、識別する目はある」


 それは、冷静な意見だ。どこか僕の話す語彙範囲に近い物言いは、僕の中にはスムーズに取り込まれた。

 そして、それは人間に例えればごく自然なことだった。僕らだって、冒険者と対峙するのと、盗賊と対峙するのとでは警戒心が段違いだ。冒険者には仲間意識があるからだろう。それを魔族も同じだと言う。何も難しいことではない真理だ。

 しかし、ルゥはここでひとつミスを犯した。

 それは、ルゥの落ち度ではない。どちらかと言うと、思い込みを脱ぎきれない僕ら……冒険者が相手だったからこそ生じたミスだった。

 一般論の中に混じったサキュバスという暴露は、燦然とした強さを放ち、意識に焼き付く。彼女たちが反応を示したのは、あからさまにその部分だけだった。


「サキュバス?!」

「まさか、フェイは魅了されてるんじゃありませんよね?」

「だったら、話し合いは無駄じゃないか!」

「やっぱりその子のせいじゃないの」


 思い思いに敵対を強めるさまには、いっそげんなりする。辟易するばかりで敵愾心が強まらないだけマシだと思ったほうがいいのだろうか。


「僕はルゥに魅了されてなんかいない。ちゃんと話し相手になっているだろう。冷静だ」

「でも、その子に入れ込んでる。弟子にして、庇う。魅了されているとしたら、辻褄が合うでしょ。私たちと一緒に戦闘していたフェイから想像すれば、魔族に甘いなんてこと起こらない。ドラングのことを気にとめているのなら、尚のことだよ」


 確かに、ドラングを傷つけた魔族を、怒りに任せて魔法で消滅させたのは僕だ。

 だが、あれは魔族全体に対する憎悪ではない。ここで取り沙汰されるその他大勢の魔族とは話が別だ。


「……それじゃあ、仮に僕がルゥに魅了されていたとしよう」


 端的に認めたような条件を出した僕に、彼女たちが目を眇める。

 僕が何かを提案するときは、いつだってそうして話を吟味していた。根底が食い違っているから、噛み合わずに取り合ってもらえていない気持ちになっていたが、一応聞く耳はあったらしい。

 それとも、ただ単に身体が覚えているだけの習性であろうか。動物か。だが、今はその直感的な反応を盾に取って、舌を回した。


「そうだとしても、君たちは人が施した魔術結界を乗り越えて入ってきた侵入者で、そして人の家で戦闘を始めた強襲者でもある。僕はこの通り負傷をさせられた」


 ルゥの巻いてくれた包帯を目で指し、彼女たちの行動を並べる。魔族相手ではない。僕に対しての行動を窘められているのは、理解できているようだった。


「この傷を治そうと即座に動いてくれたのはルゥだ。強襲者と援護者のどちらに手を貸すかは考えるまでもないことだと思わないか」


 魔族と人間の対立ではない。

 状況の整理に、分の悪さを感じたのだろう。四人の顔が僅かに気まずさに翳った。ここまで解説しなければ理解できないのは、魔族というフィルターがかかっているせいだろう。

 彼女たちは、そこまで馬鹿ではなかったはずだ。魔族の行動に意味を見出し、感情を慮って、状況を整理する。そんな体験したことがない。だから、理解が追いつくのに時間がかかる。


「……確かに、乱入したのは悪かった。そこは認めるよ」

「僕は彼女に助けられた」

「……私たちの仲間の怪我を心配してくれたことも理解する」


 渋い顔と、奥歯に物が挟まったような言い回し。渋々であることは大っぴらだった。口にしたアカネは十分に譲歩しているといったていで、そうでない三人はそんなアカネの言葉にすら反感が消え去ってはいない。

 その根強い嫌悪と反抗心には、悲しみさえも湧き出てきそうだった。


「そして、僕は今、冒険者に戻るつもりは更々ない」

「……いずれ戻るつもりはあるの?」

「臨時で収入が必要な場合には出るつもりがある。だが、他は今のところ考えていない」

「理由は穏やかに過ごしたいということでいいのね」

「そうだな」


 簡単な話だ。

 ルゥがいるおかげで、四人がややこしくこんがらがらせてしまっているが、僕は冒険者に復帰するつもりはない。そういう話でしかなかった。


「それじゃあ、こっちから言うことはひとつだけだよ」


 アカネが改まって背筋を伸ばす。その率直さは、不条理な判断はしないだろうと希望を持てるものだった。


「もう一度、私たちと一緒にやることを考えてみてくれない?」


 本当にこんなにも簡潔な話をするのに、何の堂々巡りをしていたのだろうかと頭痛がする。


「分かった、考えるよ。結果はどうなってもルゥを責めないと約束してくれ」

「……フェイの判断だと認めるわ」


 若干、不安な物言いではある。だが、ルゥを信用することをできない人間の限りある譲歩なのだろう。

 譲歩という形を取られなければならないことに物悲しさは募るが、ルゥの安全性を今ここで証明するには足りないはずだ。僕がこれを実感しているのは、ともに生活をしたからという側面が大きい。時間と体験によって育まれたものを、すぐに理解しろとは言い難かった。

 だから僕は、感情を押し込めてそれでいいと無言で肯定する。


「それじゃ、今日はこれで失礼するよ」

「ああ」

「一週間後にまた来るから、それまでに考えてて」

「真剣に考えてくれなくちゃ嫌ですからね~」

「私たちはフェイを信頼しているわ」

「力になってくれると信じているぞ」


 最後に残されたのは無垢な信頼で、僕は苦笑してしまう。そこまで信頼があるのに、魔族ひとつでここまで拗れるのだから、世の中は不都合だ。

 四人はそれを最後に、来たときと同じように扉を開け放って帰っていった。

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