魔の存在③
僕らの仲間。メイン盾だったドラングは、とある戦闘で大怪我を負った。その怪我の治療中に、ドラングはパーティーを抜けると言ってきたのだ。僕らは待つと何度も言った。
ドラングの盾は優秀で、僕らの防御の要だった。パーティーに必要な人材であっただろう。それでなくとも、僕にとっては唯一の同姓で、女性陣に振り回される理不尽さを共有できる偉大な存在だった。
しかし、ドラングの決意は固かった。僕らが何を言ったところで揺らがない。そうして、復調すると同時に冒険者ギルドに赴いて、登録自体を抹消してしまったのだ。
これから先どうするつもりなのか。
僕たちは、そうした心配を口々に浴びせた。冒険者が次の職に就くのは極めて難しい。手に職を持っていない戦闘狂のようなものだ。下手をすると、職に就いたことのない一般人よりも難しい。
町の防衛に加わることもできるかもしれないが、それでは冒険者とさして変わりはないだろう。怪我に脱落してしまったドラングが、その道を行くとも思えなかった。将来を考えているのか。
僕たちはまるで、口やかましくルールだけを押しつけては安定を求める大人のようなことを言っていただろう。つまらない発言だと、今になればそれが分かった。
だが、僕らの心配は決して嘘ではない。ドラングにも、それは通じていたはずだ。だが、それでもドラングの意志は変わらなかった。
そこまで強い意志であるならば、と僕らは袂を分かったのだ。そして、僕はそれに便乗するかのように、ドラングと同時期にパーティーを抜けた。
冒険者登録を解除はしていない。時々、実入りのいい依頼をこなしていこうという打算があったためだ。一定の貢献をしていれば、常に依頼をこなしておらずとも信用は守られる。
だが、彼女たちのパーティーははっきりと抜けた。ギルドに脱退の申請も出したので、彼女たちに仕事が回っていても、僕に連絡は来ないようになっている。彼女たちは、その間にも多くの現場に出向いていたのだろう。想像に容易い。
「ドラングは逃げたんだろう」
「ろくでもないことを言うな」
「つまり、フェイも逃げたって言いたい?」
核心を突いたのは、黙って話の行く末を見守っていたルゥだ。事情を知らずとも、置いてけぼりを食らってはいなかったらしい。理解力がまた上がったのではなかろうか。その成長には目を見張るものがある。
アカネの目が鋭くルゥを捉えた。
「そうじゃない。私たちにとってフェイは大事な仲間だった。休みたい気持ちは理解しているつもりだよ」
「やめることは許さないって命令する? フェイのことが大事なのに、フェイの生活は気にしない」
ルゥは冷静だ。いらぬしがらみがない分、より簡明だったかもしれない。そうして、僕のことを考えてくれている。
いい弟子を持ったものだ。
「君がいるからだろ」
「ボク?」
「君のような魔族がいるから、フェイはおかしくなったんだ」
「おい」
僕の生活について言及するのは構わない。心配や相談、話し合いのていをかろうじて保っていた。だが、その一因をルゥになすりつけるのを黙認はできない。
「でも、そうでしょ? その子がいなかったらフェイは私たちと来たはずだよ」
根拠のない自信を持っているのは、昔から変わらない。この無鉄砲とも取れる勇敢さで、僕らは最前線を進んでいた。アカネは、ときに勇者と呼ばれるような子なのだ。その真っ直ぐさは、他の追随を許さない。
「たられば論に付き合うつもりはないよ」
「そいつのせいですよね~」
穏やかな顔で零されるサティの冷徹な感想に、胸に火をくべられたような気がした。
「それ以上、自分たちの勧誘の下手くそさを誤魔化すためにルゥを引き合いに出すなら、捕縛して侵入者としてギルドに突き出すぞ」
低く唸った僕に、空気が引き絞られる。そこまでの行動に移るとは想像していなかったはずだ。僕自身、自分の発言には驚いている。
ルゥがぱちくりとこちらを見ていた。
「冒険者として無抵抗の人間を襲えば、依頼は任せてもらえなくなる」
あれだけ質問攻めにされていれば、問いを投げようとするタイミングも読めるようになる。ルゥが疑問を口にする前に、自分の対処が冒険者にとって致命的な罰だと解説した。
ルゥはやっぱりぱちくりと驚いたように目を瞬く。
「厳しい」
「妥当だ」
ルゥですら十分過ぎると評するものらしい。だが、僕は改めて確認されても、撤回するつもりにはならなかった。
「そこまで本気なら、そっちも私たちを納得させる材料を出して」
「材料も何もない。僕に戻る気はないって、それだけの話だよ」
結局のところ、問題はそこだ。
ルゥがどうだなんてのは、余談に過ぎない。確かに、ルゥを放り出す気がないというのも理由のひとつに上げられるだろう。だが、それを除いたとしても、僕はもう最前線に出るつもりはなかった。
……いや、やはりこれもルゥのせいかもしれない。
僕はもう、魔族に迷いなく魔法を解き放てる気がしなかった。ルゥという存在を知ってしまった。だからといって、他の魔族が無害だと信じるほどではない。それは悪手であると、警戒心は抱いてる。
しかし、魔族にも事情があるのだという思考がちらついた。そうした、所謂よそ事を考える脳みそが発達してしまったのだ。
そうなってしまえば、パーティーの足を引っ張るのは目に見えている。こんな状態で、パーティーに、ひいては第一線に戻るのはあまりにも無謀というものだった。
僕は先ほど確かに自分の実力を誇示するような言い方をしたが、弱みを抱えておいて実力を発揮できるとまで驕っているつもりはない。
「そもそも不全になったわけでもないのに、抜けた理由は何だったの。詳しく聞いてないわ」
「ドラングの怪我があったからだよ」
ドラングは盾だ。うちのパーティーで一番被弾率が高かった。それは職種として詮方ないものだろう。
だが、だからといって大怪我をしたのを見過ごせるわけではない。盾と同時にパーティーを守るのは、僕の防護魔法だったのだから。
僕のせいだなんて、自惚れるつもりはなかった。戦場でそんなものをなすりつけあうなんてみっともないことをしていても仕方がない。それは分かっている。
それでも、護れなくなった魔法使いが呑気に最前線にいることはできなかった。
「なぜ、それが」
「きっかけだ。ずっとあんな生活をしているわけにもいかないだろう。僕は命が惜しいんだよ」
「それまでそんな気配はなかったでしょ」
「それを見せたところで、君たちは決して僕を許さなかっただろう」
悪い子たちではない。
少なくとも、背中を預けていた仲間だ。信頼もしている。だが、戦闘に対しては苛烈だ。命を惜しむなどというものよりも、正義と蛮勇を信じているような命知らずさを携えている。冒険者とはそういうものだと体現したようなメンバーだ。
そして、そう言った僕に答えないことこそが、許さないと答えているも同じだった。
「僕は研究が好きなんだ。そういう将来を描いていた。冒険者になったのは、弟子になってからの正道だったからだと言ってもいい。もちろん、僕が君たちと戦っていたことを否定するつもりはないし、達成感や充実感がなかったとも言わないよ。でも、僕だって考えが変わる。それこそ、休んでいたいと思うことだってあるってこと」
「休みであるなら、復活があるでしょ?」
発言するのはリーダーたるアカネだったが、全員が同じ意見を持っていることはその表情からも明らかだ。
旅の途中では、意見が合わないことも多くあった。だが、概ね戦うことでは一丸となっているメンバーだ。そんなときばかり、と当時も思っていたが、今になってしみじみ思う。
「休養を取っている人間を急かすものじゃないだろ?」
「フェイは何か体調に不具合が出たわけじゃないでしょ」
「そうだったとしてもだよ」
「それじゃあ、いつまで休むつもりでいるの? フェイの身の振り方が分からないと、こっちもどうしていいか分からないんだけど」
「どういうことだよ」
眉を顰めることしかできない。
確かに、魔法使い不在のパーティーは不利ではあるだろう。しかし、彼女たちがそれで怯むほど物静かな性格をしていないことは明瞭としていた。
そして、それほど必要としているのであれば、普通は人員を補充する。
ギルドはそうした部分にも精通している場所だ。パーティーバランスへの言及をしてくれることもある。僕が抜けて半年以上が経過しているのだ。既に言及されている可能性もあれば、新しい魔法使いを紹介してもらえている可能性すらもある。
そんな中で僕の身の振り方が争点になる理由は分からなかった。
一度抜けたパーティーへの復帰は、そう簡単ではないし、理由が必要になる。僕が一言戻ると言えばそれでいいわけではないことは、彼女たちも分かっているはずだ。だからこそ、説得しようと試みているのかもしれないけれど。
今はその熱量が邪魔くさい。
「フェイが戻ってくるのなら、それにこしたことはないでしょ」
「そうですよ~私たちとの連携だってしっかりできてるわけですし、わざわざ見知らぬ魔法使いをパーティーに入れる意味が分かりません。フェイだって戻ってきたほうが生活は楽ではないですか?」
生活の仕方については、既に議論が交わされた後のはずだ。掘り返されることに頭が痛くなってくる。どこかの並行世界に迷い込んだみたいだ。
「生活の話は置いておいてくれ。今は僕の進退の話だろう」
「だから、関係があるんじゃありませんか」
「稼ぎは十分にあるという話をしたじゃないか。それを引き合いに出されたら、君たちレベルの冒険者ほど実入りのいい職業はないことは分かっているだろう。比較対象があまりにも分が悪い。僕の進退は、感情の問題だ」
「だったら、それを曝け出して納得させてよ」
心の底から、身体中のすべての空気を吐き出したくなる。実際に、深いため息になって零れ落ちた。
彼女たちにも、僕の徒労は届いたことだろう。しかし、尊重してくれるほど生易しくはない。
ときに魔族は人間を騙すような態度を取ることもある。そういった相手も知っている彼女たちに、表面的な態度はちっとも役には立たない。僕自身、それは身に沁みて分かっていた。
「……なんで?」
押し問答になっていた沈黙の中に、ぽつんとルゥが零す。
なんで? という実直な疑問に、僕らも何が? と疑問が湧き出した。何に対しての何なのか分からなくて、疑問が入れ子構造になっている。おかげでヒートアップしかけていた押し問答の輪廻が止まる。
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