魔の弟子④

 それから、セットの中身をいくつか確認し、僕の買い物とともに済ませる。再調整は必要なかったため、商品はすべて一度に受け取った。

 木箱に一式をしまって運ぶ。この木箱は道具箱になっているので、セットがきちんと崩れずに収まるものだ。この便利な箱は、魔法使いの必需品だった。ルゥも自分で持ちたがったが、それは僕が怖い。

 珍しく駄々を捏ねて不貞腐れたルゥを宥めて、木箱は腕に確保した。ルゥには、代わりに僕が購入した空の魔石を預けてある。


「また、魔石にいっぱい魔力を詰め込む?」

「魔術機械を作るからな。魔力が必要なんだよ。それから、君の髪飾りを加工しようと思う」

「ボクの? これじゃダメ?」


 魔石が必要な理由が分からないらしい。これは僕だって普通なら思いつかなかったものだ。なので、ルゥの能力が劣っているわけではない。


「十分機能するけど、君のは機能を追加したほうがいいかと思って」

「何する?」

「僕の魔力を常に持っておけば、もしものときに役立つだろう?」

「……緊急食糧」

「そういうことだ。他のものには分からないように加工して、ヘアピンに魔石を飾っておこうと思っている」

「フェイは心配性」

「あのなぁ」


 さすがにこの心配には正当性があるはずだ。ジト目で見下ろすと、ルゥは困り顔をしていた。


「魔力はそんなに人に簡単に譲渡しないって読んだ」

「ああ」

「人間にとってはとってもエロいことだって、あの後もう一回ちゃんと読んだ」

「……うん」

「それに魔力をまとうのは、ほとんど夫婦。婚約者。想い人。そういうの」

「……」


 そこまで把握しているとは思っていなかった。

 自分の家の蔵書くらい把握しておかなければならないのかもしれない。無限増殖する本をどうすれば整理できるのか甚だ分からないけれど。

 今はそれよりも、この気まずさの払拭に奔走するしかない。


「ボク、そういうのじゃない」

「……庇護している存在に渡すこともない、こともない」

「特殊例」

「君と僕は特殊例だろう」


 魔法使いとサキュバスの師弟。

 どう考えても特殊で、それはどんなにルゥが疑問を抱こうとも変貌することはない。


「だからって、魔力が判別できるレベルの人間やその他の生物にはボクがフェイの魔力を預けられているってすぐに分かる。それは問題ない?」

「問題?」

「サキュバスに魔力を渡す。それは籠絡されていることになる。正気を疑われる。よくない。違う?」


 ルゥの解説に、なるほど、と顎に手を当てる。


「……僕は今、一人だからな」

「……どういうこと?」

「正気を疑われる人すらもいないってことだよ」

「店主が気がつく」

「店主は君が僕の弟子だと分かっている。師弟間でお守りを共有することはあるんだ」

「特殊じゃない?」

「特殊じゃ困ることがあるか?」


 何にこだわっているのか。こういうすれ違いのたびに、魔族と人間の違いだと考えてきた思考を蹴っ飛ばす。これは個人であるがゆえのすれ違いで、魔族云々は関係ないと思考を切り替えた。


「フェイが言った」

「僕?」

「ボクは恐れられてる。フェイの評判が悪くなるかもしれない」

「なんだ、そんなことか」


 ぽろっと言えたことは、自分でも意外だった。

 元々、僕はそれほど他人の目を強く意識しているわけではない。だからって、評判がまったく生活に異変を与えないと楽観視はしていなかったが。でなければ、ルゥと過ごすことに建前を作ったりはしないだろう。

 だが、だからといって、必ずしもすべてを排除してリスクを減らすことに固執するつもりもない。


「君がサキュバスだと知っている人間はいない。師弟であるという評判だけ流せばいいだろう」

「情報操作?」

「それほど大袈裟なものじゃないよ。とにかく、それくらいで済む話だ。気にしなくていい」

「……分かった。だったら、魔石の加工の仕方も教えて欲しい」

「ついでだからな」

「魔術機械の製作で手伝いはできない?」

「それは難しいな。僕の魔力が中心じゃなきゃ、動作に不安がある。ルゥには他のことを教えてやるよ」

「うん。楽しみ」


 ルゥの転換は早い。心配がなくなっているわけではないのだろう。だろうが、この切り替えの早さには呆れてしまうほどだ。

 そして、研究への楽しさは心底のものであるらしい。どことなく、歩調が軽やかになって、スキップでもし出しそうだ。だが、ルゥはスキップを知らないのか。よく分からないふわふわしたステップで歩き続けていた。

 それに癒やされるのは、事実として微笑ましいからだろう。僕の贔屓目ではないはずだ。

 そうして、和やかな気持ちで自宅への道を辿る。町中では徒歩。森をしばらくいってからは、ほうきを取り出して二人乗りをするのが定番になっていた。ほうきは透明魔法をかけて、大木の陰に隠してある。

 一見には、ただのほうきでしかない。僕の魔力が働きかけて初めて、ほうきは魔術具として力を発揮するものだ。

 しかし、今日の帰りは使いづらいかもしれない。研究セットの木箱を運ぶ手段はある。荷物が多いときも問題なく運べていた。だが、研究セットにはガラス製品も多い。いくら万全に収納できる箱であったとしても、絶対はないのだ。

 これほど楽しみにしている道具が壊れてしまえば、ルゥは大層へこむことだろう。いくら割り切りがよかろうとも、こればかりは分かったもんじゃない。それくらいに、ルゥは上機嫌でいた。

 そんなふうに思考を巡らせていたから、再び油断していたのかもしれない。町を行き来するのにも慣れ始めていた。その油断がはっきりと出たのだ。今日の僕は、とにかく迂闊だったというよりも他にない。

 町を抜けようというころ、複数の冒険者が正面に現れた。

 冒険者が町にいることは日常風景だ。何のけなしに避けようとして、それが叶わなかった。立ち塞がっているのは、男たち三人。剣士と弓師と魔法使いのパーティーだ。

 止めざるを得なかった足に、ついてきていたルゥが緩くぶつかってきた。そのフードを上から押さえつけて、冒険者たちと向かい合う。


「何か用事か?」

「亜人を連れていると聞いている」

「そうだとして?」

「この町の亜人は登録制だ」

「僕らはこの町に住んでいるわけじゃない」


 町には時折下りてくるほどでしかない。

 だが、下調べはしてある。この町は通過や宿泊において、亜人の侵入が許されていないわけではない。何の問題もないはずだ。

 住民がルゥを見たのは短い時間だった。その間に、ルゥが魔族であると確信を持つような物事がなかったのは不幸中の幸いだったかもしれない。魔族と亜人では、扱いに差がある。亜人括りで語ってくれることには、胸を撫で下ろしていた。


「それじゃあ、何をしに来た」

「買い物だよ。僕たちだって生活をしなくちゃいけないんだ」

「お前一人で構わないだろう」

「この子にも意志がある。彼女のものを僕が適当に見繕うわけにもいかない」


 フードを押さえるように頭を押さえつけたままなのは変わらない。ルゥは神妙に僕に隠されていた。自分がこの場のアキレス腱であることを察する知能は冴え渡っている。

 恐れられている、と伝えたことも、ルゥの立場を守るためには必要であったのかもしれない。不愉快なことから遠ざけていては、ルゥに待つのは生命の危機だ。敵対されてしまえば、威嚇などと易しい対応では済まないだろう。

 正念場だと、本能的に嗅ぎ取っていた。


「亜人ごときに」

「個性があるのは一緒だよ」


 冒険者とは、一般に町や人間を守る職務でもある。もちろん、冒険しながら魔法素材やモンスター狩りをすることが主軸だ。守っているのは結果論でしかないかもしれない。

 だが、どちらかと言えば正義の味方とされる。特に魔族と渡り合い、魔王を弓引こうとする心意気を持つものは、勇者と呼ばれることもあった。

 それでも……いや、だからこそ、だろうか。

 亜人や魔族に対する偏見は根強い。当然と言えば当然だ。僕らは彼らと敵対して、抗戦を繰り返してきたのだから。

 僕もルゥという存在と付き合うことがなければ、こんなふうに比べることも、違いを意識することもなかっただろう。そして、魔族を身近な存在として認めることもなかったかもしれない。それどころか、こうしてルゥを迎え撃つ側に立っていたかもしれないのだ。

 不思議な出会いで、確かに特殊例だったとまざまざと思い知る。僕たちがこの関係を築けているのは、今だからだ。


「……悪さはしてないだろうな」

「もちろん。魔術雑貨店の店主に聞いてもらえれば、おとなしくしていたことは証言してもらえる」

「少しでも不審なことをしたら、命はないと思え」

「俺たちの町を好き勝手にできると思うな」


 抑圧を笑って流す。ここで揉め事を起こしてもいいことはない。その理性は正常に作動していた。一方で、沸々と湧き上がる苛立ちもある。

 ルゥが何かをしでかすことを前提で会話が進められていた。

 この子はそんな子ではない。

 そう反発することは簡単で、やってしまいたい欲求は身体の内で渦巻いている。だが、そんなものは紛議になるだけだと分かりきっていた。

 冒険者として魔族と敵対しているものたちに、魔族の心理を諭すのは難しい。僕自身、戦闘に身をやつしていたころにそんなことを解かれたところで、聞く耳を持ったかは怪しいものだ。

 その特異性はあくまで特例でしかないと切り捨てるほどに、敵だという認識が強かった。そういうものだ。戦闘に身を置くということは、いくら正義感に満ちあふれていても、どこかで精神のバランスを崩す。

 ……崩していたのだろう、と今になってみれば分かる。

 決して、あの日々が間違っていたとは思っていない。だが、こうして魔族と交流を深めて、平和な日々を過ごす。こうした生活を求めるよりも、前線にいることが正しいと信じていた。

 そんな危ういバランスで生きていけるほど、冒険者の道は甘くはない。だから僕は、今こうして隠居とも呼べる生活を送っているのだろう。


「それじゃ、僕たちはこれで」

「おい」

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