第五章

魔との共生①

 打ち込まれる魔力の塊が地面を抉っていく。何度も倒れては立ち上がるパーティーメンバーの衣服は砂まみれで傷だらけ。サティの呪文が途切れることなく詠唱される。剣戟と魔法の連続。戦場は極度の緊迫感を携えていた。

 僕らの前には、ドラングがいる。

 僕が防護魔法を張りながら援助するドラングは、盾として大きな傷を負いながらもその場に立ち続けていた。土煙で視界は煙っている。そんな中、それぞれに敵対しているメンバーは全力だ。

 僕も全方位に魔法を飛ばす。火炎に雷。水流、風。属性など一切鑑みず、全力を賭す。放つそばから、サティの回復でどうにか命を繋いでいた。突き飛ばされてくるロウガが、すぐそばに倒れ込む。その衝撃を和らげるための魔法を展開するが、時々間に合わずに地面に打ち付けられていた。

 自分に飛んでくる魔法を避けるだけで精いっぱいで、仲間のフォローが間に合わないのは痛手だ。魔法使いは、攻撃と防御を両方こなせる職業である。フォローできないのであれば、実力不足としか言えない。

 しかし、現状はそれぞれがそれぞれの相手に殉じていた。他のところに目を移している余裕は微塵もない。

 僕らがここまで苦戦させられたことは、そうなかった。

 剣士、魔法使い、盾、ヒーラー、格闘家、弓師の六人パーティーは、バランスの優れたパーティーだ。遠近両刀であるし、守りも堅いほうだった。それが崩されて押し切られると、これほどまでの窮状に陥るものか。

 今までだって、苦労してこなかったわけじゃない。それでも、パーティー全体としての危機は、今が最も苦しいものだ。個人個人では、もしかするともっと死線を掻い潜るような目に遭っているのかもしれないが、全体としては初めてだった。

「ドラング!」

「退避だ!」


 僕が一人の魔族に手を焼いているうちに、悲鳴のような声が響く。視線を動かすと、ドラングが盾を手放して倒れ込んでいた。眩暈がする。

 盾が盾を手放すときは、絶体絶命と呼んで相違ない。僕は相手にしていた魔族を吹っ飛ばし、ドラングへと近付いて膝をついた。


「ドラング! 意識はあるか?」


 言いながら、薬液を取り出してぶちまける。飲用がほとんどだが、パーティー全体への薬液には範囲魔法を付与してあった。それをいくつかぶちまける。薬液は、サティの治癒魔法とは違い、時間経過が必要だ。即効性があるわけではない。痛みは引くが、怪我が治療されるわけではなかった。

 サティは未だに敵に手こずっているらしい。

 ドラングが相手をしていた筋肉だるまのような敵が、眼前へと舞い降りてくる。背中からは黒い翼が生えていた。それを畳むように着陸してきたのは、ドラングが手放した盾の上だ。

 ばきりと度外れた破壊音が砕いたのは、僕の理性であったかもしれない。盾にとって、盾は唯一の武器だ。それが崩されるというのは、矜持を打ち砕くのと一緒だろう。

 僕は自分でも意外なくらい、それを壊されたことに怒りが湧いた。矜持などを大切にする心情があったらしい。何より、ドラングを踏みにじられたような気がして許せなかったのだ。

 仲間を踏みにじられて平気な人間はいない。僕らはこんな魔族とは違う。このときの僕は確かにそう思っていたのだ。

 そうして、気がついたときには魔力を解き放っていた。

 辺り一面を削り取るような暴走に等しい一撃だっただろう。ドラングにも魔力酔いの余波を与えてしまうほどのものだった。僕がドラングの傷に一物あるのは、そういった側面もあるかもしれない。

 そうして、ドラングが相手取っていなかった相手も巻き込んで、魔族を消滅させた。乱れる吐息を整える。消耗した魔力が許容量を超えてしまい、がくんとその場に膝をついた。はぁはぁと激しく繰り返す自分の呼吸音に、改めて消耗を感じる。

 無事だった彼女たちが、ぱらぱらとこちらに近付いてきた。収拾はついたのだろう。気が抜けると、虚脱感に襲われて、ほうきで身体を支えた。

 終わりだという気配に、油断が漂っていただろう。そこに現れたのは、新たな魔族だ。僕はびくりと身体を震わして、愕然と顔を上げた。

 そこに立っていたのはルゥだ。

 一気に頭が動乱して、動悸が激しくなる。

 洋服はパレオのようなもので、腹部の淫紋が濃い色を放っていた。髪の毛がゆらゆらと揺れて、尻尾が鞭のように蠢く。瞳の赤が血のように鮮烈に浮かんでいた。口から覗いた八重歯が、牙のような光を携えている。

 サキュバス。魔族。

 それを痛切に感じさせるルゥの姿に、ぞっと鳥肌が立つ。その恐怖は一体何に対してだろうか。

 ルゥの魔族としての魔力量。パワーに圧倒されたのか。それとも、ルゥが敵対しているという現状に対してか。仲間を失うというものか。ルゥが何をするのかという先の見えないことへか。

 判断はつかず、かつ、多面的なものだった。

 ルゥはめらめらとした瞳で、僕らを見下ろしている。どうやっているのか。ルゥは空へと浮かんでいた。

 そこに、彼女たちが真っ直ぐに突っ込んでいく。単刀直入な攻撃に、僕は身動きが取れない。石化してしまっていた。


「ルゥ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る