第四章

魔の存在①

 最後の魔石を埋め込んで、魔力を流し込む。かっと光るのは、魔石が魔力を補充し終えた合図だ。

 少し前にそうして作り上げたルゥのヘアピン加工から、それほど時間は経っていない。ルゥも何が起こったのかを明確に理解して、まじまじとその素体を凝視していた。

 その視線に応えるかのように、素体の瞼部分が開く。サファイアのガラス玉がぴかりと光って、ルゥの瞳を捉えた。ぱちぱちと稼働を確認するように瞬きが繰り返され、それから、のそりと上半身が持ち上がる。

 ピンク色の髪の毛はセミロングほどで、ツインテール。素体の型は女性型にした。とは言っても、髪の毛が長く少々身体つきが丸っこいだけのことだ。胸の部分は魔石をはめ込む蓋部分になるので、真っ平らに肌の色が塗られているだけだった。


「完成?」


 静まった室内に、ルゥの声が落ちる。ああ、と頷くと、ルゥの瞳がガラス玉に負けず劣らずの光を灯した。


「名前は?」

「ルゥが決めるといい」

「じゃ、メル」

「メル?」


 そう繰り返したのは僕ではなく、完成した魔術機械だ。

 機械人形を魔力で動かすそれは、会話することもできる。そのように設定したのだから、成果が無事に出て気が抜けた。


「そう。君の名前はメルだよ」

「仕事を申しつけください」


 機械的な反応はやむを得ない。もう少し表情も感情も豊かにしてやりたかったが、それをするには僕の技量は足りなかったようだ。魔石に学習能力を付与したので、これから先成長の余地は残しているが。今のところはこれが限界だった。


「ルゥ、何をして欲しいか言ってごらん」

「ボクが言う? フェイが必要だから作ったんでしょ?」

「ルゥの家事を手伝えるようにと思ったんだよ。ルゥのためだ」

「ボクの?」

「人間の思考をトレースするように設定してある。同じように学んでいく相手がいるのはいいだろう?」

「一緒に成長する?」


 ルゥはいまいちピンと来ていないらしい。

 僕もそれがどうしても必要だと思い込んでいたのはなぜか、と問われると困る。

 正直言って、半分以上は魔石の研究として楽しんでいた。何としてでも成果を出してやりたいと奮起してすらしていただろう。

 だから、ルゥの疑問に答えるのにほんの少し思考を巡らす必要があった。その沈黙の間も、ルゥは首を傾げている。そして、ルゥに名付けられたメルは無表情で突っ立っていた。


「姉妹みたいなものだ」

「姉妹……ボクの妹?」

「そうなるな」

「お姉さん?」


 メルの学習能力がどれほどのものなのか。それは起動し、これからの経過を見なければ判断ができないことだ。

 しかし、思いのほか僕らの会話についてきているのが分かった。対人能力もそれなりに仕組んだが、ここまで反応がいいとは思わない。僕は少々の驚愕を胸に抱きながら、顎を引いて二人の問いに頷いた。


「そういうわけだから、仲良くするように。メルはルゥのお願いを聞いてあげてくれ。さりげないことにも付き合うんだよ」


 会話相手になるように、と言いたかったが、それは命令で行うことではない。だが、今のところメルに自主性はないように思う。僕はせめてもの命令として、緩い幅を持たせて付き合うことを伝えた。


「かしこまりました」


 礼儀正しい受け答えで、お辞儀を寄越す。求めているものは、そうした他人行儀で機械的な反応ではない。思わず苦笑になってしまったのも仕方がないだろう。

 承ったメルを見届けたルゥが、窺うようにそばに近寄っていく。メルは一切の反応なく、近付いてくるルゥの行動を見ていた。いや、見ているのかすらも定かではない。やはり、高性能な魔術機械を製造するには、まだまだ研究が足りなかったか。

 むしろ、ここからが経過観察と本格的な調整で、研究が必要なところかもしれない。そう思うと、持ち得ていた達成感に新たな目標が加わって心が浮上する。

 さて、どうするか。

 僕はメルの設計図を取り出して、あれこれと思考を巡らせ始める。

 その意識の端っこで、ルゥとメルがそろそろと交流を始めているのを認識していた。未知との遭遇であるかのように、とても慎重に会話をこなしているようだ。人に怯むことのないルゥも、魔術機械には戸惑っているらしい。メルとの付き合い方を探っているようだった。

 メルのほうは、打っても響かない淡泊な返答をしている。やはり、問題だらけだ。どう魔力の道を作ってやればいいのだろうか。魔力をどう運用するべきか。

 僕の思考は徐々に自分の内側に潜っていた。二人の状況が意識の埒外に置かれ始める。じっくりと幸福の時間に浸ろうとしていた。

 しかし、そこに邪魔が入る。

 びりりと全身に駆け巡る電流のような感覚は、結界への侵入者警告だ。ルゥが引っかかったときと同じそれに、僕ははっと顔を上げた。

 その動作で気がついたのか。それとも、僕の魔力を持つものであるから、感じることができたのか。ルゥとメルも顔を上げて、何かを確かめるように頭上を見上げていた。


「これ何?」

「侵入者だ。見てくる」


 長い警告は消えない。僕は警戒心を膨らましながら、扉へと近付いた。開く瞬間も油断はできない。僕は抜かりなくドアノブに手を掛けたが、その緊張感はすぐに緩んだ。

 扉の向こうから、話し声が近付いてきている。そして、その声には聞き覚えがあった。女性たちの華やいだ声。元パーティーメンバーたちの声を聞き間違えることはない。

 思わず、はぁと深い吐息が零れてしまった。

 事前に連絡を寄越してくれれば、結界を抜けるための方法を伝える。普通はそうした手段を使うものだ。不法侵入するものじゃない。呆れが前面に出た。

 そんな僕の態度を見つめる視線に気がついて、我に返る。

 突撃訪問に呆れている場合ではない。元パーティーというのは、血の気が多い連中ばかりだ。出会った魔族に斟酌してくれるような性質ではない。ここにルゥがいるのは、かなりまずい。嫌な汗が噴き出す。


「ルゥ、寝室に移動して……」


 最後まで言い終わる前に、力任せに殴ったかのようなノックの音が飛び込んできた。野蛮か、と頭が痛くなる。どう考えても、僕が開けるのを待ってくれるような手つきではなかった。そして、その予想は裏切られることはない。

 どんと破裂するような音を立てて、激しく扉が開く。かろうじて破壊されることはなかったが、腕ずくではあった。その勢いを殺すことなく、人影が飛び込んでくる。

 最初に入ってきたのは、金髪のショートカットの快活女子、剣士のアカネ。その後ろに、黒髪狼耳の立った女獣人、ロウガ。エルフ耳で背中に弓を携えた金髪ロングヘアーの美女、ニーア。杖を持った紫苑の髪を靡かせるヒーラー、サティ。女性だらけの元パーティーメンバーが、勢揃いしていた。

 盾の男と二人。僕はハーレムパーティーのようなものじゃないかとからかわれ続けていたものだ。

 だが、実際のところ戦闘狂四人の相手をするのは並大抵ではない。そりゃ、美女だらけであることも否定しないが、それよりも切迫した問題があるとそんなものは霞む。


「フェイ! 弟子をとったんだって?」

「ヴィエーラさんが孫弟子を気にしていたぞ」

「代わりに見に来たわよ」

「魔力の込めた魔術具を渡しているとも聞きましたよ~」


 入ってくるや否や、挨拶もそこそこに口々に勝手なことを喋る。一斉にバラバラなことを言われるのは困るが、一貫性はあった。誰も彼もがルゥの噂を耳にした、ということなのだろう。

 噂にするつもりはあった。

 ルゥの噂がある程度広まれば、僕がルゥを連れ歩いていても、弟子として見逃してもらえる。そうした目算があった。

 しかし、その速度が尋常ではない。師匠のヴィエーラにも届いているなど、後が怖いくらいだ。更に言えば、首都にいるメンバーの元にまで一瞬で駆け巡るとは思っていなかったし、こんなふうに突撃してくるとも思っていなかった。

 だからこそ、対応策だなんてものは用意していない。ルゥの存在はかなり危険だ。僕は苦い顔で笑うことしかできなかった。


「急に押しかけてくるのはやめてくれよ。弟子をとったのは本当だけど、今話せることはない。散らかっているから、いったん出てくれ」


 ルゥと彼女たちが真正面から向かい合う前に、遠ざけるより他にない。部屋が散らかっている言い訳を口にしながら身体を壁にして、アカネの肩を緩く押す。


「いいよ、いいよ。そんなの気にしないし!」


 あっけらかんと笑われた。

 気遣いのつもりであるのだろう。アカネにはそういう部分があった。しかし、訪問された側からすれば、そういう問題ではない。頬が引き攣りそうになった。


「足の踏み場もないくらいだから、勘弁してくれよ。四人も入れないんだ」


 笑顔で押し切ろうとしても、一癖も二癖もあるメンバーは身を引いてはくれない。押し切る力は向こうのほうが強くて、ほとほと参った。


「大丈夫!」


 手前勝手な自信は勘弁して欲しい。


「どんな子なの? お弟子さんに会いに来たんだから」

「可愛い女児だと聞いているぞ。フェイには勿体ないほどしっかりした子だとも」

「僕がしっかりしていないような不当な評価はやめてくれ」


 僕でしっかりしていないのならば、このパーティーは野生動物の集まりか何かだ。しっかり、からほど遠く迂闊な連中ではないか。戦闘以外ではポンコツ揃いだというのに。


「尋ねてきた人を入れられないほど散らかしてる人間がしっかりしているとは言わないと思うけど」

「それとこれとは別だ。君たちは連絡もなしに来るからだろう」

「しっかりしていたら突然でも平気でしょ」

「魔法使いは色々と秘匿にすべき情報があるんだ」

「弟子ちゃんには見せているんだから私たちだって見たって問題ないでしょ」

「どういう理論なんだ」

「パーティーメンバーなんだから、それくらいの信用はしてくれてもいいじゃん」

「ざっくばらんな……」


 ぐいぐい突進してくるアカネに、頭を抱える。吐息が零れて、力が抜けた。


「まぁまぁ、そういうことだから」


 力を抜いたことがよくなかったのだろう。ぐいっとアカネに肩を押されて、後ろへとたたらを踏んだ。そうして壁の役割をなくした僕の後ろにいたルゥの姿が、パーティーメンバーにさらされる。

 瞬間、空気ががらりと入れ替わった。

 今まで気楽で朗らかな雰囲気を保っていたメンバーの空気が張り詰める。それぞれが、すぐさま戦闘態勢に入った。

 アカネが剣を抜いた瞬間に、僕はほうきを引き寄せてその刃と鍔迫り合う。ほうき、という名称ではあるが、魔法使いのそれはそれぞれにカスタマイズされているものだ。

 僕は硬化の能力を付与させている。

 がつんとぶつかりあった隣をロウガが駆けていこうとした。普通なら、もう少し距離を取って襲いかかるのだろう。だが、狭い部屋が幸いする。ロウガの移動は、足を出して引っかけることができる範囲内だ。

 しかし、最後に部屋であることもまったく意に介さずにぶっ放されたニーアの魔法の矢を止めるには、時間がなかった。僕は舌打ちを繰り出して、発動された雷魔法で形を取った矢と同等にルゥに向かって飛んだ。

 防護魔法を展開するのは忘れない。しかし、それはルゥを中心に展開したために、自分の身を守るには足りなかった。

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