魔の食事事情②

 研究について語るたびに、ルゥの生態が垣間見られる。魔族の研究はしたことがない分野だ。そして、世間的にもそういくつも例はない。そんな題材に刺激を受けないと言えば嘘だった。

 ルゥは爪が伸びるのが早い。それを歯でかちかちと噛んでいる。八重歯のおかげでギザギザだ。

 尻尾は機嫌がいいとゆらゆらと揺れる。考えが上手くまとまらないと、ぺしぺしと椅子や地面を叩いていた。

 食べ物はやはり肉料理が好きなようだ。生食を求めようとするが、寄生虫が怖いのでご遠慮願った。

 不満になると、赤い瞳がぬらりと光る。どうやらそれは、体内で魔力が蠢いているときに発生するものらしい。魔力が放出されないのは、元々の制御力なのか、腕輪のせいなのかは分からなかった。

 外してもいい、と僕は再度……半ば、実験的な心情で言った。

 しかし、ルゥは頑なに取ろうとはしない。

 律儀さなのか。生真面目さなのか。魔族の譲歩なのか。研究が進まないのは残念ではあるが、従順なのは助かる。他の質問でも、もう少しおとなしくしてくれればいいと思うのだが、そうは問屋が卸さなかった。

 そんな魔族の性質だか、ルゥ特有の性質だかを相手に、魔石の研究を進めながらルゥに物事を教える。そんな生活を送るようになった。

 ルゥはみるみるうちに物事を吸収する。それは人間の生活においてもそうだ。おかげで、二週間もすると、世話を焼かれているのがどちらか分からないような状況になってしまっていた。

 充実した研究は、生活を疎かにする。これは僕が師匠から継いでしまった悪癖かもしれない。そうして疎かにしていると、ルゥが呆れて声をかけてくるようになった。

 ルゥはたったの二週間で料理を覚えてしまっている。

 そもそも僕も師匠も、凝った料理はしていなかった。研究の片手間で済むものが大体だ。そんなものだから、二週間でも追いつかれる程度のレパートリーしかない。

 ルゥはすっかり板についた様子で食事を用意して僕を呼ぶ。就寝にしたって、ぐいぐい背中を押して、僕をテーブルから引き剥がした。

 居候というのは、家主の世話を焼く宿命にあるのかもしれない。なんて、くだらないことを考えている場合ではなかった。

 少なくとも、ルゥをここに保護目的で置くと決めたのは僕だ。この体たらくはまずい。いや、どうにかしなければならないなんて、ルールや義務があるわけではないだろう。

 だが、拾ってきた生き物だ。魔獣は最後まで面倒を見られなければ拾ってきてはならないというのは、小さいころから言い聞かされてきた。その精神が宿っている。

 どうも今のままではまずい、という居心地の悪さのようなものが這い上がっていた。

 かと言って、途端にルゥの世話を焼くスキルが身につくわけもない。そんな特殊技能があったなら、もっと別のことに活用している。

 とにかく、そんなものはない。

 ならば、と考えついたのは魔石による魔術道具の作成だ。

 僕が現在力を入れている研究は、魔石に注いだ魔力の持続力と制御方法だ。魔術道具というものは、持ち主が魔力を注ぎ込むことで自立や自走させることができる。僕のほうきがそれだ。

 同じように、人形に魔石を埋め込めば、魔術機械にできる。……はずだ。

 これはあくまで推測でしかない。それと言うのも、ほうきなどの動きが限定されている魔術道具に魔力を注ぐ方法は一般的だが、機械人形となると話は別だからだ。

 それを人形として自立させようと思えば、思考にあたる部分が必要になってくる。動きの目的をかなり限定的にすれば容易に成し遂げられるだろうが、ルゥの世話人としてを考えるとそう簡潔ではない。

 日常生活の家事一般を必要なときに適宜してもらわなければならないだろう。そのうえ、ルゥの質問にある程度対応できてくれると嬉しい。せめて雑談相手になるくらいの能力は欲しいものだ。そうすれば、僕も少しは楽になるだろう。

 それに、ルゥの話し相手が僕だけだというのも問題があった。

 どうやら、ルゥが自分のことを僕と呼ぶのは、僕の影響らしいのだ。これまでは他人と交流することはなかったから、自称する単語は必要なかった。僕が僕を自分が示す言葉だと、自然に教えてしまった形だ。

 別に女性が僕と自称していても構わない。だが、こんなふうに僕だけの常識を常識として学習されてしまうと厄介だ。僕にそれほど異質な癖はないとは思うが。

 ……いや、研究に関心を高めてしまうのは、既に僕の影響であるかもしれないけれど。とにかく、もう少し偏らないことが望ましい。

 そんな万能な魔術機械。

 それを求めるとなると、並大抵の魔石と魔力設定では上手く作動しないだろう。何をどう設計すればいいか。魔力量をどれほど込めればどれほど持続するか。魔術道具としての人形の素体も必要だ。

 僕は思考を巡らせて、ペンを手に取った。




「よし」


 設計図に取りかかってから一週間。僕は必要な情報を計算し終えた。まだまだ机上の空論だろう。だが、ひとまず第一段階には到達したのだ。

 満足感に溢れて、ほうと肩の力を抜いた。

 ソファに身を沈めると、集中力が分散されていく。散り散りになっていくにつれ、心地良い疲労感が身体中に浸透した。どっとやってきた気怠さに、ソファに深く沈み込む。眠気と空腹感に襲われて、そこではっとした。

 今はもう夜だ。昨晩から、僕は研究にかまけている。

 ルゥはどうした。今日までは、毎日のように僕の世話を焼いていた。それなのに、今日は放置をかまされている。

 とうとう見捨てられたか。それとも研究が佳境だと勘づいて気を回したか。ルゥにはそれほどの知性がある。驚きの学習能力だった。

 だが、その学習能力のせいで、僕を放っておくこともしない。規則正しい生活を送ることをしっかり身につけていた。その正しさで、僕を研究から剥がすのがルゥの仕事だ。そのやり方が、質問攻めにして僕の気を逸らす手法に切り替わったのも、すぐのことだった。

 そんなふうに頼り甲斐のあるルゥに、僕は生活を守られている。そんなありさまは進行していて、魔術機械を作るための理由が無意味になりかけていた。

 僕は反省して、ソファから起き上がる。

 もう少し、健康的な生活を送るべきだ。明日は素体を探しに町へと出向こう。そのために、ちゃんと起きてご飯を食べて、ルゥを連れていく。

 そうしてルゥのことを考えると、姿が見えないことが落ち着かなかった。ルゥが呼びに来るために、就寝時間も一緒だ。同じ家の中で、僕とルゥは同じ場所にいる。こんなふうに姿が見えないと落ち着かない。

 それは見ていない間に何かをするのではないか、という不安ではない。どうしているのか。純粋な心配だ。ルゥが魔族の力で失態を犯すとは、もうこれっぽっちも思っていない。

 僕はキッチンを覗いて、それから寝室へと入った。布団の一部がこんもりと丸く持ち上がっている。

 どうやら本当に愛想を尽かして、先に眠っていたらしい。そうした人間くさい態度も取るようになったのか。わけもなく感慨に耽りながら、その塊に近付く。

 ベッドの真ん中を占領しているのは、無言の訴えだろうか。

 もしかすると、あまりにも集中し過ぎて、声掛けをスルーしてしまったのかもしれない。今まではそう諦められていなかったが、繰り返されれば諦観もしてくるだろう。その不服を訴状しているのかもしれない。

 結局、寝床は同衾で決着している。他の寝具を用意することはなかった。なので、この訴えをされると、僕は寝床をなくしてしまう。効果的だ。どうやら、こうした考えも身についたらしい。

 妙に感心しながら


「ルゥ」


 と声をかけた。

 一度では動く気配がない。不服の表現であるなら、妥当な反応だろう。僕は苦笑いを深めた。

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