第12話 街と支部
久しぶりにやって来た街には想像以上に沢山の人が居る事に、姫華はかなり驚いていた。
しかも、多くの人が何かしら武器を持っており、中にはフルプレートアーマーに大剣持ちという厳つい装備の人物も居る。
「もしかして、ほとんどの人が〈解放軍〉に所属してるの?」
あまりにも武器を持つ人が多いことから、姫華はこっそりと静子に質問する。
「そうですね。モノ作りをしている人も当然居ますけど、大半は〈解放軍〉に所属してモンスターを狩ることで生計を立ててますね」
「なるほどね…」
よく見れば、確かに作業着らしき服を着た人が何か荷物を運んでいる姿も見られる。
モンスターが出現して以来、多くの会社が倒産した事だろう。
職を失った元会社員の人達がこぞって〈解放軍〉になった様子が見て取れる。
この街はそういった人達が沢山集まる事で賑わっているのだろう。
しかし、そんな街にも暗い面があるようだ。
「……喧嘩騒ぎですか」
「ええ。いつもの事です」
何やら人が集まっていると思い、気配を感じ取ることで何が起こっているのか理解した姫華。
理由は分からないが、喧嘩が起こっている。
しかし、静子達は無関心といった様子で、特に気にしていない様子。
「この街には十数万人が暮らしています。そして、その殆どが〈解放軍〉に所属していて、街の外にモンスターを狩りに行きます」
「…十万人が街の近くで狩りなんてしたら、あっという間に獲物が居なくなるわね」
「ええ。そのせいで、いつものように喧嘩が起こるんですよ。ほら、あそこもそれだと思いますよ?」
静子が指差す先には、何やら言い争っている二人の男が居た。
その後ろには仲間と思われる人物がおり、険悪な空気を放っている。
「治安が悪そうですね…」
「ええ。ここで満足に生きようと思うと、昔なら犯罪と言われるような行為を平気でできるようにならないと無理ですよ?治安が悪いどころか、そもそも犯罪を取り締まる組織が無いんですから」
「……え?」
静子のとんでもない発言に、姫華は理解するのまでに少し間が空いた。
犯罪を取り締まる組織が無い。
それはつまり、この街は完全に無法地帯だと言うことになる。
そんな街、街として成り立つのだろうか?
「やり過ぎると排除されるのでそこまでの事は無いですけど…まあ、違法薬物って呼ばれる物はそこら中で売ってますし、刃傷沙汰なんて日常茶飯。お金を稼ぐために十歳にすらなっていない少女が体を売るなんて事もありますから」
「誰も助けちゃくれないから、何かされても自己責任。弱い自分が悪いって風潮が街全体に広がってるんだよ」
「おまけに、街を統治?してるのは市長とか町長じゃなくて、犯罪組織の連中なんですよね。正直、まともな政府機能を期待したいなら、京都とか大阪に行かないと無理ですよ?民主的な政治をしてるのはそのあたりしかないので」
「……」
三人が当然の事のようにあまりにも酷い街の現状を言うので、姫華も言葉を失ってしまう。
犯罪組織が支配しているような街がまともなはずがなく。
何かされても自己責任、弱い自分が悪い。
早いうちから自給自足のできる田舎に避難していた姫華からすれば、あり得ないほど治安が悪い街。
姫華の心は既に、集落にある我が家に帰りたいという気持ちでいっぱいだった。
「と、とりあえず〈解放軍〉の支部に行きましょうか。案内してもらえます?」
「ええ。私達に付いてきてください」
姫華は静子に頼んで〈解放軍〉の支部へ向う事にした。
本当は街でしか売っていないようなモノを色々と買いたかったが…ここまで酷い状況では、まともにと買い物ができる気がしなかった。
なので予定を変更し比較的まともな――と、思いたい――〈解放軍〉の支部へ行き、すぐに帰ることに。
「…やっぱり失望しました?」
なんとなく姫華の意図を察した仁が、こっそり話しかけてくる。
「ここまで酷いとは思いませんでした。しばらくは田舎暮らしをします……日本がまともになるまで」
「日本がまともになる、ですか……一体いつの話になるんでしょうね?」
この惨状を見れば、それがいつになるのかは想像すらできない。
集落から離れ、いずれ街へ移り住もうという姫華の夢はあっさり砕けた。
京都や大阪はまだマシかも知れないが、移り住むには少し遠過ぎる。
都会暮らしは諦め、これからも田舎暮らしを続けようと、姫華は心に決めた。
◆
「着きましたよ。ここが《東京第三居住域》の〈解放軍〉支部です」
数分後、ようやく辿り着いた〈解放軍〉支部を見て、姫華は一言呟く。
「……ボロボロね」
〈解放軍〉の支部は比較的キレイな建物をそのまま使っているのか、ガラスの割れた窓には板が貼り付けられ、入口は適当に作られた感満載のベニヤ板の扉が二枚。
壁には所々にヒビ割れがあり、謎のツタ植物が生い茂っていた。
「これでも他の建物に比べればマシな方ですよ?」
「マシって……他が酷いから相対的によく見えるって事ですよね?」
「……なんのことやら」
静子は姫華の指摘に目泳がせて適当な返事をする。
図星であることは火を見るよりも明らかであり、姫華も思わず溜息をついてしまう。
「とりあえず中に入りましょうよ。中はもっと酷いので」
「いや、駄目じゃん…」
「大丈夫ですよ。そのうち慣れるので」
「慣れたくないです…」
「そんなに悪い場所じゃないですよ?街よりかは安全なので」
「家の方が安全です…」
姫華はせっかく案内してくれた三人の為に、あまりキツくない言葉を選んで抵抗するが、『まぁまぁ』と静子に押されて中に入る。
建物の中はランタンのようなアーティファクトのお陰で思いの外明るく、やはり電気は通っていないが暗くはない。
そして、換気がしっかりしているのかあまり臭いが気にならない。
……ただし、雰囲気は最悪である。
「なんですか…この暴力団の事務所に来てしまったみたいな重苦しさは…」
「そのうち慣れますよ」
四人から十人ほどのグループに分かれて集まり、他のグループを寄せ付けない為か常に殺気立っている人々。
勝手に移動させているのか、乱雑に置かれた椅子や机。
放置されたままのゴミに、何故か血の付いた床。
少しでも目が合うと睨まれる。
姫華は気が重くなるのを感じ、あることを思い出す。
「…ここまで来てなんですけど、何するか考えてなかったんですよね……」
「えっ?」
「「え?」」
姫華は特に何か目的があるわけでもなく〈解放軍〉の支部へやって来ていた。
別に〈解放軍〉として活動するつもりは無く、〈解放軍〉に何かしてもらいたい訳でもない。
姫華の目的は、街を見に来ること。
その目的も、既にかなり悪い結果を得て達成した。
後は帰るだけなのだが…一応、三人の為にここまで来たはいいが、やることがない。
「……とりあえず、登録だけしますか?するだけして、殆ど活動してない人は山ほど居るので」
静子はとりあえず何かしようと、〈解放軍〉への登録を勧める。
姫華は少し考えた後、
「…お金が掛からないなら」
お金を使わないのならという条件で了承した。
「大丈夫ですよ。〈解放軍〉は万年人手不足ですので、お金は要りません」
「戦力になる人なら誰でもウェルカムだぜ?」
「…それなら大丈夫ですね。一応、登録だけします」
そう言って、姫華は静子の案内で受付まで向う。
そこには気だるそうに頬杖をつくやる気のない受付嬢が居た。
「ん?何のよう?」
「は?」
受付までやって来た姫華に、タメ口で適当な対応をする受付嬢。
姫華は受付嬢がこんなので大丈夫かと思ったが、これまで見てきた街の現状やこの建物の雰囲気を思い出し、納得する。
「登録をしたいの」
姫華がそう言うと、受付嬢はバッと起き上がって営業スマイルを見せる。
「入隊登録のお客様でしたか!登録方法ですが、こちらの書類にサインしていただくだけで結構です。お客様専用のタグを一、二分で作成致しますので少々お待ち下さい」
「あ、はい…」
ニコニコ笑顔に、ハキハキとした声でトントン拍子に話を進める受付嬢に流され、姫華は書類にサインをする。
そして、受付嬢はその書類を持って謎の機械?を操作する。
すると、機械?は魔力を消費して動き始め、何かを作り始めた。
「えー、登録に当たってお客様の血が一滴必要なのですがよろしいでしょうか?」
「え?血ですか?……別にいいですけど、どうやって…」
「指を一本出していただくだけで結構です。針を刺しますので少し痛みますが、ご了承ください」
“タグ”を作る上で血が必要なのか、受付嬢は手に針を持って姫華の前に戻ってくる。
針で刺されるくらい大した事ないと思った姫華は言われた通り指を出し、針を刺される。
チクリと痛みを感じたが、姫華からすれば気にならない程度の痛み。
特に表情を変えることなく、済ませる。
受付嬢は針に血が入った事を確認すると、謎の機械――おそらくアーティファクトに針を戻す。
どうやらあの針は中が空洞になっていて、毛細管現象を利用して血を吸い上げる仕掛けが施されているようだ。
「確認しました。タグが完成するまで少々お待ち下さい」
受付嬢はそう言って営業スマイルを見せたまま姫華を見つめる。
すると、後ろから静子がやって来て受付嬢に声をかける。
「先に魔石を換金いい?すぐに終わるから」
静子は袋を受付嬢に見せながらそう言う。
すると、受付嬢は営業スマイルをやめて対応する。
「ん。今計測する」
そう言って、今度は電子天秤のような見た目のアーティファクトを取り出すと、その上に袋を乗せる。
そして、何かを計測すると、魔石を受け取って引き出しから現金を取り出す。
「合計609Mで二万三千円ね。まあまあ稼いだわね」
「結構沢山仕留めてきたからね。でも、それでも二万円かぁ…」
「何狩ってきたか知らないけど、もっと大物狙ったら?雑魚をいくら狩っても大した金にならないわよ」
お互いタメ口で会話する二人を見て、姫華は目を丸くするが、この街ならおかしくないと自己暗示をかけて表情を戻す。
すると、奥から『チン』という、まるでオーブントースターの出すような音が聞こえてきた。
それを聞いた受付嬢は急いでアーティファクトの元へ向うと、蓋を開けて中から何かを取り出す。
「おまたせしました。えー、胡水姫華様の〈解放軍〉ドッグタグです」
そう言って受付嬢は、タグに紐を通すと姫華にタグを手渡す。
「ありがとうございます」
姫華はタグを受け取ると、すぐに踵を返して帰ろうとする。
その時、
「っ!?」
扉が開き、四人の男女が建物の中に入ってくる。
姫華は、その中の一人に対して警戒心を見せる。
(こいつ等は強い。…しかも、先頭の女はずば抜けてる。私と互角か?)
なんとなく嫌な予感がした姫華は、三人を手招きして受付カウンターから離れる。
「あの人って有名な人ですよね?」
そして、邪魔にならなさそうなところまで来ると、仁にそう質問する。
すると、仁は目を丸くした。
「よく分かりましたね?あの人は、関東地方に二人しか居ない《ネームド》の一人、《氷華》の二つ名を持つ女性。『
「《ネームド》……それであれ程強いのか」
姫華は悠に視線を向けると、悠も姫華を見ていた。
どうやら、姫華の実力を見抜かれたのが警戒している様子。
受付嬢と話している間も常に注意は姫華の方へ向いていた。
「あれが《ネームド》ですか……」
「すごいですよね?なんというか、私達とは格が違うって言うか、次元が違うって言うか…とにかくすごいんです!!」
静子は悠を見て目をキラキラさせている。
そんな静子の様子に二人は呆れているようだ。
「…帰りませんか?登録は終わりましたし、皆さんも換金が終わったんですよね?」
「え?…ええ、終わりましたけど」
「じゃあ帰りましょう。今す――「少しよろしいですか?」――遅かったか…」
逃げるように帰ろうとする姫華に、後ろから女性の声がかかる。
姫華は舌打ちしそうになるのを必死に堪え、振り返る。
そこには笑顔を見せながらも決して油断せず、警戒を崩さない悠の姿があった。
田舎住まいのカニバリさん カイン・フォーター @kurooaa
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