第11話街への道中

「うぅ…まだちょっとお腹痛い…」

「すいません…まさか普段何気なく食べてたキノコが毒キノコだったなんて…」


姫華は、道端にしゃがみ込んでお腹を擦る静子の背中を撫でる。

昨夜、三人に振る舞った猪鍋の中に入れていたキノコ。

そのいくつかが毒キノコだったのだ。

食べるともれなく死ぬようなものでもなく、三人が《毒耐性》のスキルを持っていた為惨事は免れたが…三人の腹は大惨事になっていた。


「あれを毎日のように食べてると考えると……《悪食》って本当にヤバイスキルだな…」

「あぁ。流石は人が食するに適さないモノを食べて生活することで得られるスキルだ。完全に、別方向に食生活がバグってるな」


少し前のめりになりながら腹を擦る、仁と守。

確かに毒はあったものの、味や匂いでは見分けられず、鍋自体はとても美味しかった為に、食べきってしまった事も腹痛の原因になっているだろう。


「毒キノコの鍋を普段から食べるなんて…胡水さんって魔女か何かなんですか?」

「えっ…」


魔女という単語に反応し、硬直する姫華。

それを見た仁がすかさず静子を叱る。


「ちょっ!?静子お前!」

「あっ!ご、ごめんなさい!」


流石に魔女呼ばわりは良くないと考え直した静子がすぐに頭を下げる。

仁と守は冷や汗を流しながら姫華の顔色を伺っている。


「いえいえ。お気になさらず。カニバリズムをどうこう言われるよりはマシですよ」


姫華はすぐにそれに気付き、あまりフォローにならない返事をする。

姫華がそんな返事をするものなので、三人もなんと答えるべき分からず、愛想笑いを浮かべた。

四人の間になんとも言えない空気が流れ、気不味さで息苦しさを感じた。

そんな空気を払拭しようと、守が口を開いた。


「ところで胡水さん。戸締まりとかは大丈夫ですか?」

「え?あぁ、大丈夫ですよ」


意図を察した姫華は守に話を合わせる。

家の戸締まりはしっかりしており、不死鳥の卵も気付かれないように隠してある。

もちろん、ネズミに齧られないようにする対策も万全だ。


「準備は万端なので、後は皆さんに付いていくだけです。……まあ、昨日の鍋が響いているみたいですけど…」

「そうですね…一応、《毒消し薬》は飲んでいるので、そのうち効果が出てくると思います」

「《毒消し薬》?…《石柱》から出たものですか?」

「いえ、薬師が調合した魔法薬の一種です。いつどこで毒を受けるか分からないので、私達〈解放軍〉には必須の道具なんですよ」


〈解放軍〉

正式名称は、〈日本抗魔解放軍〉

自衛隊壊滅後、政府と大企業が協力て作り上げた組織であり、『軍』とついているが日本の軍隊というわけではなく、どちらかというと傭兵に近い。

ライトノベル風に言うのであれば、〈冒険者〉〈探索者〉〈シーカー〉と呼ばれるモノだ。

ランク制度も存在し、E〜Sで分けられる。

〈解放軍〉事は、昔出会った〈解放軍〉所属の人物から聞いているため、姫華も知っていた。


「〈解放軍〉ですか…そう言えば、皆さんのランクはどれくらいなんですか?」

「俺達は全員Cランクです」

「Cランク…それってどれくらいの強さなんですか?」


仁たちのランクはCだということが分かった。

しかし、姫華が話を聞いたのは何年も前。

今がどうなのかは分からない。

すると静子が立ち上がって饒舌に話し始めた。


「今の〈解放軍〉のランク分けの指標は総合戦闘力で判断するんですよ?戦闘力2万以下はEランク。5万以下はDランク。10万以下がCランク。15万未満がBランクです。そして、15万以上、25万以下がAランクになります」

「それ以上がSランクと?」

「はい!ちなみに、私の知る限りで一番強い人は、戦闘力54万らしいですよ?」


それを聞いた姫華は、一気に顔色を悪くする。

姫華の戦闘力は52万だ。

彼らの知る最強の人物とほぼ互角であり、自己評価がいかに過小評価であったかを理解したのだ。


(最強の人物が私と2万しか変わらないの?というか、四捨五入すると53万だから、実質1万しか変わらない。あれ?私って相当強い?)


「えっと…その最強の人って《ネームド》?」

「はい。あの人は《ネームド》ですよ?…よく分かりましたね?」

「あー…前に、《ネームドモンスター》は戦闘力50万くらいあるって聞いた事があって、もしかしたら…って思ったの」

「なるほど!それで《ネームド》だって分かったんですね!」


なんとか言い逃れをすることに成功した姫華。

更に、その最強の人物が《ネームド》であることを特定し、戦闘力が大幅に上昇したのは自分だけではない事をしり、少し安心した――のもつかの間。


「胡水さんの戦闘力ってどれくらいなんですか?」


静子が、姫華の戦闘力がいくらか質問してきたのだ。


「それな。俺も気になってたんだよ。確実に俺達よりも強いのは分かるけど…実際どれくらいなんだ?」

「おい守。口調が戻ってるぞ」

「ん…?…あぁ、確かに」


静子に続いて二人も姫華の戦闘力について聞いてくる。


『私の戦闘力は53万です』


なんて、どこかの帝王のようなセリフを言えるはずもなく。

姫華は、なんと言うべきか考えた後、


「まあ…Aランクになれるくらいとだけ…」


流石にSランクになれますとは言えないので、そのひとつ下のAランクにした。

すると、三人は目を見開いて更に質問をしてきた。


「Aランクって事は、最低でも15万以上だよな!?10万以上差があるのかよ…」

「Aランクですか……やっぱり、一人で集落をモンスターの脅威から守っている人物は違いますね」

「最低でも15万…流石は胡水さんです〜!」


それぞれ違った反応を見せる三人。

意外に驚かれているのを見て、姫華はもう少し弱く言っても良かったと後悔した。

しかし、言ってしまったモノは取り消せない。

それに、本当の戦闘力を明かすよりはマシだろう。

そう自分を納得させると、もう一度家の周りに誰も居ないか確認しする。


「大丈夫そうね……皆さんの方はどうですか?…特にお腹の調子は」

「大丈夫ですよ。どうやら《毒消し薬》の効果が現れだしたみたいなので」

「それは良かった…じゃあ、行きましょうか」

「はい!」


《毒消し薬》の効果が出てきたという事で、四人は集落を出発した。

途中、余所者と異端者が一緒に歩いているのを見た集落の人間が、奇妙なモノを見る視線を向けてきたが、四人はそれを無視。

雑談をしながら近くの街――《東京第三居住域》へ向かった。






二時間後


「着きましたよ。ここが《東京第三居住域》です」


二時間かけて歩いてきた場所は、放棄された街の中に、工事現場から持ってきたであろう仮囲いに有刺鉄線がつけられた壁だった。


「これは、モンスターの侵入を防ぐための壁ですか?なんというか…すごく脆そうですけど」

「まあ…気休め程度でしかないですね」


街を守る壁はあまりにも貧弱だった。

仮囲いを使用している為に壁の厚さは薄く、有刺鉄線も数年間風雨にさらされたためか錆びている。

壁の奥に瓦礫の山があり、それも壁の役割を果たしているのかもしれないが、とても効果的とは思えない。

仮囲いの壁が倒れないようにするにはいいかもしれないが、モンスターの力を持ってすれば、厚さ数センチの壁なんて無いに等しい。

なんとも貧弱な壁だ。


「まあ、壁は有って無いようなものとでも考えておいてください。誰も期待していませんので」

「は、はぁ…」


誰も期待していない壁など、壁としてどうなのだろうか。

姫華はそんな事を考えながら気の抜けた返事をする。


「じゃあ、街の中に入りますよ?」

「お願いします」


仁は扉らしき場所へ行くと、設置されていた呼び鈴を鳴らす。


「扉を開けてくれ!街に入りたい!」


呼び鈴を鳴らした後、中に居る人に聞こえるように大きな声で呼びかける仁。

万が一、モンスターがなにかの拍子に呼び鈴を押したとき、人間かどうかを判断する為に大声で門番を呼ぶことが義務付けられている。

すると、中から男性の声が聞こえてきた。


「今開ける!少し待て!」


すると、壁の向こうに動く気配を感じた。

その気配は扉に近付くと、人力で扉を開ける。


「ん?なんだやっぱりお前達か。見慣れない女を連れているが…どこかの村で見つけてきたやつか?」


出てきた男性は、三人のことを知っているらしく、親しげに話しかけてくる。

そして、姫華が新入りだと勘違いしているようだ。


「違う違う。彼女は今の街がどうなっているのか知りたくて、一時的に村から出てきただけだ。俺等は道案内をしただけだよ」

「道案内?……確かにそうみたいだな。アンタ、只者じゃないな。どこでそんな力を身に着けた?」

 

門番の男性は、姫華の只者でない気配を感じ取り、警戒心を顕にする。


「一応、気配は誤魔化していたつもりだったんだけど…やっぱり気付かれるのね」

「そりゃあ、隠しきれてないからな。アンタ、隠密は苦手だろ?」

「そうね。一応、《下級隠密》のスキルを持っているんだけど…あまり使わないもの」


隠密が苦手と言われ、《下級隠密》を持っている事を明かすと、門番はもちろん、三人も目を見開いた。


「ちょっ!?おまっ!」

「だ、誰も居ませんよね?」

「おそらくな……それで、アンタ。今の話は本当か?」

「え?はい。本当ですけど…なにか?」


何故下級隠密でこの四人が慌てているのかが分からず、姫華は首を傾げる。

確かに《下級隠密》は《潜伏》と呼ばれるスキルの上位スキルだ。

しかし、それでも下級。

とても驚くようなスキルではないと姫華は考えていた。


「もう一度聞くぞ?アンタ、隠密は苦手なんだよな?」

「そうね。狩りのときに野生動物に気付かれないようにするために使うくらいだけど…それが何か?」


もう一度同じ質問をされた姫華は、なんとなく《下級隠密》がすごいスキルなのでは?と思い始めた。

しかし、《下級隠密》自体は別に珍しいスキルでもない。

四人が焦っていた理由というのは…


「……あのな、隠密を専門としてる訳でもないのに《下級隠密》を得ようと思うと、かなりのレベルが必要なんだ。それこそ、Sランクの〈解放軍〉と同等の、な」

「下級でSランクと同等?…でも、私は狩りで隠密を多用してたわよ?」

「この場合の『隠密』ってのは、気配探知に長けたやつら相手に、だ。そこらの野生動物相手とは訳が違う」

「なるほど……じゃあ、私のレベルって〈解放軍〉と比べても相当高いのね…」


姫華は改めて自分の規格外さを理解し、下手にステータスの事を喋らない方がいいと学んだ。

 

「ステータスの詮索はマナー違反だからこれ以上は聞かないが、今の社会常識を知らないのなら、あまりステータスの事を話さない方がいいぞ」

「そうね。今回の件で身にしみて学んだわ」


門番の男性は姫華がなにかの拍子に爆弾発言をしないか心配してくれているようだ。 

姫華もその事を理解し、細心の注意をはらうようにするつもりだ。


「まあ、アンタは悪い人じゃななさそうだし、通って良いぞ。あと、勧誘には気を付けろよ?その強さじゃ、色んな所から勧誘されるだろうからな」

「心遣いありがとうございます。ちゃんと断りますので、ご心配なく」


姫華はそう言って街の中へ入る。

三人もそれに続いて中に入ったとき、門番の男性が仁に耳打ちをする。


(お前が見張っておけよ。多分、あの人は都会慣れしてない)

(分かってるさ。最悪、俺達のパーティーメンバーって事にして追い払うつもりだ)

(ならいい。彼女は底知れない力を持ってる。悪用されないように気を付けるんだぞ?)

(あぁ。任せてくれ)


《五感強化》のスキルの影響で、耳をすませば普通に聞こえるのだが、姫華は聞こえないフリをした。

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