第10話 《悪食》とは
「美味しそうなお鍋ですね!これはなんの肉ですか?」
家に上がった静子は、猪鍋の匂いに釣られて勝手に居間へ上がっていく。
その様子を見た二人はすぐに姫華へ頭を下げようとしたが、すぐに姫華に止められる。
「丘イノシシの肉よ。よかったらお二人も食べます?お肉は余ってるので」
姫華はそう言って二人を居間へ案内すると、猪肉を取り出す。
「うわっ!こんなに大きな肉、久しぶりに見ました!」
「そう?あなた達なら何度も見てると思ってたけど…」
意外な反応をする静子を見て、姫華そんな事を呟く。
すると、仁が溜息をつく。
「『解放軍』を何だと思ってるんですか?いくらモンスターを狩ってるとはいえ、これ程大きい肉はそう見ませんよ?」
「へぇ〜?もう何年も自給自足生活をしているから、この程度の大きさの肉は見慣れてましたけど…意外と珍しいんですね」
「ええ。まあ、確かに肉屋に行けばこのくらいの大きさの肉はいくらでも売ってますけどね」
「それも、《鎖国結界》が出現する前とは比べ物にならないくらい、安い値段でな」
もちろん、肉屋で売っている肉は八年前までは牛や豚、鶏等の家畜から採れる肉を売っていたのだから、高いのは当然だ。
畜産農家が自身の生計を立てる事も考えながら、一匹一匹丁寧に育てている。
しかし、今売られている肉の大半はジビエだ。
もしくは食すことが可能なモンスターの肉。
少し山に入れば出会えるジビエや、そこら中に居るモンスターの肉と、畜産農家が丹精込めて育てた家畜の肉とではわけが違う。
安くなるのは当然だ。
「安いって事はジビエですよね?やっぱり、もう牛や豚は売ってないんですかねぇ…」
姫華がそう聞くと、二人は少し考え込んだ後、
「どうでしょう?少なくとも《第三居住域》では見てませんね」
「近くに牛舎とか養豚場がある場所なら、そこから連れ出してきた家畜を飼ってそうだが…まあ、この辺りには無いな」
牛や豚の肉は見ていない旨を伝えた。
「ま、このご時世でうまい飯なんてめったに食べられた物じゃないからな。お上の人ですら俺達とそう変わらない食生活を送ってるらしいし」
「なるほど…なら、肉も野菜も穀物もあるこの集落は、恵まれている方なんですかね」
姫華は、しみじみとそう言いながら鍋に味噌を入れる。
「だろうな。久しぶりに見たぜ?稲の植わった田んぼを」
「田んぼというと、大抵は収穫がしやすいジャガイモが植わってる事が多いんですよ。米を育ててる田んぼなんて、何年ぶりってくらいですよ?」
「そうなの?うちじゃ、毎年米を育ててるわよ?」
「羨ましいですね。《鎖国結界》が存在する日本で米を食べられるのは…私もお米を食べたい」
三人から羨望の視線を向けられた姫華は、なんとも言えない表情になる
「…私、田んぼの世話とか稲刈りの手伝いとか色々としてますけど、ここ数年は米を食べてないですよ?」
「「「あっ…」」」
三人は毎日のように米を食べている姫華の姿を想像したのかもしれないが、実際は違う。
何故なら、村八分状態の姫華は畑こそ持ってはいるが、田んぼがない。
そして、田んぼの仕事が忙しくなる時期には様々な家からお手伝いを頼まれるが、何かお礼をされる訳でもない。
稲刈り、脱穀、
全ての作業を手伝っているが、米の一粒貰った事はない。
そんな状況を察した三人は、言ってはいけない事を言ってしまったと顔を蒼くした。
そんな三人の緊張をほぐす為に、姫華はとあるスキルの話をする。
「お気になさらず。私は《悪食》のスキルを持っているので、食べるものには困ってないんですよ」
「「「……え?」」」
「うん…?」
《悪食》のスキルを持っているから安心してほしい。
そう言って場の雰囲気を良くしようと、姫華は何気なくスキルの話をした。
しかし、三人の様子はむしろ悪くなっている。
「あの……どうかされました?」
「あっ!いえ、その……」
「お、お気になさらず!」
「そ、そうだな!ただ、《悪食》を持ってるのが意外だっただけだ」
心配げに話しかけてくる姫華に、三人は分かりやすく誤魔化そうとする。
あからさま過ぎて、むしろ誤魔化すどころか答えを言ってしまっているようにも感じる。
(《悪食》のスキルってもしかてヤバイのかな?ちょっと調べてみるか)
姫華はこの三人の異変は《悪食》にあると考え、《悪食》を調べてみる。
『スキル:《悪食》
有機物であれば、それが何であれ食すことができるようになるスキル。
また、味覚を麻痺させ、本来食べることを拒否するような味を持つものでさえ食べられるようになり、毒や細菌、寄生虫の類に対して高い耐性を得る。
耐性スキルとは別に耐性を獲得するため、《食する場合》にのみ、通常よりも高い耐性を持つことができる。
取得条件: 本来、その生物が食するに適さないモノを長期間に渡って食し続け、それを糧に生き続けた場合にのみ取得可能』
(……つまり、《悪食》のスキルを持っている人は、相当壮絶な人生を歩んできた人ってこと?じゃあ、このなんとも言えない雰囲気は、同情してくれてるってことなのかな?)
「あー…別に、珍しいスキルでもないですよね?」
「え?いや…その……胡水さん」
「は、はい」
静子が非常に真剣な顔で名字を呼ぶので、姫華もかしこまってしまう。
「この絶望的な国では、食べるものに困り、変なものを食べて飢えを凌ぐ事は、確かに珍しくありません。しかし、それでも食べるものは選びます。例えば、毒のなさそうな野草とか、寄生虫がついてなさそうな魚とか……《悪食》のスキルは、そんなモノを食べた程度では取得できないんです」
「じゃあ…どんなモノを食べれば…?」
「そうですね……腐乱死体とか、毒虫とか、土とか、もうハエとかくらいしか食べないくらい腐ったモノとか…ですかね?」
それを聞いた姫華は、冷や汗を流してしまう。
なにせ、ほぼ全て食べたことがあるからだ。
「…もしかして、心当たりが?」
「えー…それはー…まあ…そうですね」
「あー…」
よりいっそう、三人の同情の視線が強くなる。
姫華の壮絶な過去を想像して、勝手に同情を強めているのだろう。
「確かに…あの時は狂ってましたね。毒のあるモノと無いもの区別がつかないので、《毒耐性》のスキルを獲得したあと、手当たり次第毒々しいモノを食べて下痢になったり、血反吐を吐いたりしながら耐性を強めたり。腐ったモノを気合で食べて、思いっきり体調を崩したり……まあ、あの時の私は何を血迷ったんだと問いただしたいですね…」
「…その過程で、人肉を食べたんですよね?」
「ええ。詳しくは思い出せませんが…道端で亡くなっていた人の食べ物?を拝借しようとして、何もなかったので代わりにその人の肉を…うっ!?」
その直後、姫華の頭にズキズキとした頭痛が起こる。
『…りぃ…これ……えや』
『………て…じ……よね?』
『せ……ら…かえ…れ……だ…』
『……わ……た』
頭痛の後に現れたのは、モヤの掛かった誰かと誰が話している姿だった。
(これは……私の記憶?なにか…忘れていたの?……いや、この感じは…)
「胡水さん!胡水さん!!」
「え?あっ、はい!」
突然現れた謎の記憶に戸惑いながらも、それが何かを理解しようとしていた姫華に静子が焦ったような様子で声をかけてくる。
姫華も慌てて声のする方を向くと、その方向は上だった。
本来なら、声をかけられて上を向くというのはあり得ない。
姫華はそこらの男性よりも背が高く、体格がいい。
故に、静子のほうを向くときは必然的に下を向く事になる。
にも関わらず、姫華は上を向いた。
その理由は…
「大丈夫ですか?急にふらついて、そのまま座り込んじゃって…どこか具合が良くないんですか?」
「…え?……あぁ、何でもないですよ。ちょっと目眩がしただけなので」
どうやら、あの頭痛と記憶のフラッシュバックの際に座り込んでしまっていたようだ。
今は特に頭痛がするわけでもないので、目眩がしたと言い訳をして平然と立ち上がる。
しかし、三人はすごく心配そうな目で姫華の顔色を伺っている。
「お気になさらず。さて、味噌の風味が飛ぶ前に猪鍋を食べてしまいましょう」
立ち上がって食器の用意をしていると、またもや静子が心配そうに声をかけてきた。
「……あの、具合が良くないのならすぐに言ってくださいね?」
「別にちょっと目眩がしただけですよ。良くあることです」
そう言って、三人分の橋とお椀を用意して、四人で鍋を囲んだ。
……なお、姫華は誰かが来ることを想定して猪鍋を作っていなかったので、毒物が鍋の中に混入していた。
《猛毒耐性》と《悪食》を持つ姫華は全く問題なかったが、《毒耐性》しか持たない三人は猛烈な腹痛に襲われる事になることを、四人はまだ知らない。
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