第9話街から来た人達
ネームド討伐から二週間後
「はあッ!!」
「プギャァ!?」
少し遠くまで来ていた姫華は、放棄された街に住んでいた巨大なイノシシを狩っていた。
「さて…これは集落の人間にも食わせられるね」
イノシシは大型トラック程の大きさがあり、とても一人で食べ切れる量ではない肉が取れる。
コイツは丘イノシシという種類のモンスターで、名前の通りの丘のような大きさにまで成長することがある事から、その名が付いたとされている。
つまり、このトラック程の大きさのあるイノシシは、まだウリ坊なのである。
「今日は猪鍋かなぁ。キノコと山菜を採って帰らないと…」
久しぶりに人間らしい食事をすることにした姫華。
幸い、山菜もキノコも山でいくらでも採れる。
味付けは物々交換で貰った味噌を使えばいい。
一人で食べるには充分な量の猪鍋が食べられる事だろう。
「それはさておき…この体にも慣れてきたし、そろそろ街に出てみようかな?」
姫華は《ネームド》になった際、戦闘力が倍以上に跳ね上がった。
その影響で、《ネームド》になった直後は力のコントロールに苦労していた。
少しでも強く力を入れると異常なほど力が入り、失敗してしまう事が頻発した。
野菜を収穫しようと足腰に力を入れた結果、明らかにオーバーな力が入り、尻もちをついたり。
雑草を抜こうと草を握ったら、力が入り過ぎて草を握り潰してしまったり。
薪割り用の斧を握ったら、柄の部分がメキメキと音を立ててヒビが入ったり。
とにかく余剰な力が入ることで、生活に支障をきたすまでに至っていた。
しかし、二週間掛けて修行することで力のコントロールをマスターした。
「流石に戦闘力50万以上なら、馬鹿にされる事はないでしょ?」
《国家封鎖結界》が出現してから姫華は多くの時間を田舎や放棄された街で過ごしてきた。
更に、以前のようにネットが使えるわけでもなければ、そもそも電気の供給自体が貴重なため、ネットや電話で情報を得ることができない。
更には、そこら中にモンスターが生息しているため、少し街や集落から離れるだけで、そこは魔境と化す。
故に人の往来が少なく、今の都会がどうなっているのか知るすべが少ないのだ。
結果として、平均的な戦闘力や都会での常識が分からず、50万という馬鹿げた戦闘力になるまで姫華は街へ行こうとしなかった。
「一番近い街というと…やっぱり《東京第三居住域》だよね」
モンスターの出現により、多くの街を放棄することになった日本。
モンスターによる被害から逃れるためというのはもちろん、家族や友人、近所に住む人達を失った多くの人々が一箇所に集まり、いくつかの街を作った。
その一つが《東京第三居住域》だ。
姫華の住む集落から最も近く、集落にやって来る外部の人間は大抵そこから来ている。
姫華もそのことは知っているので、『行くならここ』と前々から決めていた街だ。
「さて…数年ぶりの街はどうなっているんだろう」
異空間へ丘イノシシを入れると、姫華は集落へ向かって走り出した。
夕方
「よし!猪鍋の準備はバッチリ!」
鍋の準備を整え、後は具材が煮詰まるのを待つだけ。
もちろん、味噌は風味を残すために最後に入れる。
そのへんに生えている雑草を食べたり、生きたヘビをそのまま食い千切ったりしている姫華たが、料理の腕には自信がある。
しかし、《悪食》のスキルを得て以来、何でも食べられるようになり、ほとんど料理をする事がなくなったが、それでも料理の腕には自信がある。
実際、鍋を覗き込むと、具材別にきれいに並べられていて、とても美味しそうに見える。
一切味付けされていないので、姫華以外が食べても不味いだけだが…
「まだ火が通るまでは時間がかかりそうだね…筋トレでもして時間を――誰か来たな」
山菜や野菜に火が通りきっていない事を確認すると、姫華は時間を潰す為に筋トレをしようと体勢を変える。
その瞬間、不死鳥の卵を盗まれないようにするために、常時発動していた探知に複数の人の気配が入ってくる。
「集落の人間じゃないね…強過ぎる」
探知でおおよその強さを推し量った姫華は、こちらへ向かって来ている人物達が集落の人間ではない事を見抜く。
探知で捉えた人物達の実力は、集落で最強と呼ばれる人物よりも遥かに強く、動きから経験が豊富であるということが見て取れる。
いくつもの修羅場を越え、この国で八年間戦い抜いてきた姫華のそれは本物だ。
念の為、いつでもハルバードを取り出せるように構えつつ、姫華はその人物達がここへ来るのを待つ。
そして、その人物達が玄関の前にやって来ると、ゆっくりと立ち上がり、呼ばれるのを待つ。
「すいませーん!」
男性の声で、姫華を呼ぶ声が聞こえてくる。
待っていましたと言わんばかりに玄関へ向かうと、すぐに扉を開ける。
そこには、男2女1の武装した三人組が立っていた。
「どちら様ですか?集落の人ではないみたいですけど」
姫華は警戒心を見せた喋り方をして相手の出方を伺う。
すると、姫華の警戒を察知した三人組はにこやかに、敵意を感じさせないようにしながら返事をする。
「モンスターを狩りにこの集落の近くまで来たんですけど、もうこんな時間になっちゃって…街に戻るには遠いので、この集落で泊めてもらおうと思って来ました」
女性が一歩前に出て事情を説明する。
態度や口調、表情から嘘をついているとは考え辛い。
姫華はその説明を本当の事と断定すると、警戒心を解き、表情も柔らかくする。
「そうでしたか。もしかして、たらい回しにされる形でここまで来ましたか?」
なんとなく、集落の人間ならそれをしかねないと思った姫華は、遠回しな発言や柔らかい言い方などせず直接そう聞く。
すると、女性は顔を引つらせる。
「え、えぇ……確かにたらい回しでしたけど、それ以外の理由でもここに来てますよ?」
やはりたらい回しにされていたようで、誰かに姫華の家を勧められたのだろう。
しかし、姫華はそれ以外の理由という言葉が気になった。
「それ以外……噂を聞いて興味が湧いたとかですか?」
「おお!よく分かりましたね!」
今の今まで話していなかった男性が驚いたような、感心したような声でそう言ってくる。
「あまり気に入らない噂が広まっていますし、この集落では私は村八分を受けているようなものです。勧められるなら、まず間違いなく尾ひれの付いた噂を聞かされていると思いましたので」
集落の人間が私の事を勧める時に、何も言わないはずがない。
絶対に何かしらの良くない話をしてから送り出すだろう。
姫華はこの集落でとことん嫌われているのだから。
「確かに、『あの人は人肉を食べたことがある』とか、『人を殺して、その肉を食らうヤバイ奴だ』とか聞かされましたよ。まあ、俺としてはそんな事言われても、なんとも思いませんけど」
最初に姫華の事を読んだ男性がフォローを入れる。
姫華が、その噂を気にしているのではないかと、気遣いをしてのフォロー。
そこは、『気にしていませんよ』とか、『噂なんかに流されません』とかの方が良いのだろうが、姫華自身特に噂は気にしていないので、要らない気遣いだった。
「そうですか…それで?他にここへ来た理由はあるのですか?」
噂にはあまり興味がないという態度で他に理由が無いか尋ねる姫華。
すると、女性が目をキラキラさせながら姫華に近づく。
「山の主すら倒し、集落の近くにモンスターを寄せ付けなかった女性の強さを見てみたくて来ました!!えっと、私『
「そ、そうですか…」
あまりにも食い気味に話す女性――もとい、静子の興奮度合いに身体をのけぞらせ、引いてしまう姫華。
それを見た男性二人が溜息をついて静子を引き剥がす。
「すいません、うちのメンバーが暴走してしまって……《鎖国結界》が出現して以来、男尊女卑の思想が再燃しだした影響で、強い女性を見つけて、男尊女卑してくる連中を見返すって言ってまして…」
「静子は強い女性を見かけるとすぐに興奮する癖があるんです。…あの、静子に悪気はないので、どうか許していただけないでしょうか?」
二人が揃って頭を下げてきたので、姫華ももう仕分けない気分になる。
何故なら、姫華は全く怒っていないから。
「別に怒ってませんが……まあ、気にする事でもありませんよ。それよりも、私としては御二方のお名前のほうが気になりますね」
二人はまだ名乗っておらず、姫華はその事のほうが気になっていた。
『名前くらい教えてくれてもいいじゃない。早く名乗れ』と、催促するように名前を聞く。
「俺は『
「『
二人は名乗った後、持ち武器を見せて役割を教えてくる。
もちろん、見れば大体の役割は分かるが、教えてもらった方が確実だ。
「大森さんと細川さんですか…後衛は由乃さんでいいですか?」
「はい!私は魔法使いです!風魔法が一番得意で、その次が炎魔法ですね!」
「そ、そうなんですか…私はハルバードを持って近接戦闘をするタイプなので、魔法はちょっと分からないんですよね……」
かなり元気いっぱいの静子に押され、少し声が小さくなる姫華。
人と話すのが苦手という訳では無いが、ここまで勢いよく来られると流石に困る。
同類でもなければ、誰だって静子の勢いを前には押されてしまうだろう。
「えっと…多分名前は知っていると思いますけど、私は『胡水姫華』と申します。数年前にこの集落に定住することにした、ただの《同族喰らい》ですよ」
姫華が悲壮感を出しながら自己紹介をすると、仁が『そんな事ない』と言いたげな表情で《同族喰らい》という言葉に反応する。
「《同族喰らい》……人の肉を食べないと生きていけない状態になったんですよね?この変わってしまった日本では珍しい話でも無いですよ」
カニバリズムを珍しくないという仁。
人間の肉を食うことが珍しくない国なんて印象は最悪ではあるが、少し前の日本ではそうも言えない。
何故なら、ただでさえ食料自給率が低い日本で、モンスターの出現により多くの農地が使えなくなったうえに、農業従事者の減少やモンスターによる食害なども相まって、国民全員の充分な食料がない時期が続いた事があった。
その時は、多くの人が『とにかく食べられるものであれば何でも食べる』という状態だった。
それが、モンスターの肉や野草であったとしても。
「例えあの時期であったとしても、人肉を食べた人は少ないと思いますよ?肉なら他にも沢山あるんですから」
わざわざ人肉を食べなくとも、弱いモンスターや野生動物は沢山いる。
近くにいるカラスでも捕まえて焼き鳥にすればいいし、本当に食べ物がないならペットの犬猫を食べればいい。
現代日本人に犬猫を食えというのは酷な事かもしれないが、背に腹は変えられない。
餓死寸前までくれば、そのような決断をすべき時が来るだろう。
人肉に比べれば、犬猫の肉の方がマシなはずだ。
…中には人肉を食ってでも犬猫の肉は食べたくないという変人も居るかもしれないが。
「ま、あなた方が私の冒した禁忌にあまり触れないというのであれば、私も特に気になりませんので。悲壮感を演出してましたけど、私はそれほど弱くはありませんよ」
態度を一変させると、ケロッとした感じに軽く演技をしていた事をバラす姫華。
もちろん、全く気にしていない訳では無いが、《同族喰らい》よりも更にヤバイ称号を手に入れてしまった以上、そっちを知られる事の方が、姫華にとっては恐ろしい事だ。
そんな姫華を見て、三人は目を丸くしている。
「え?…あっ!あれは演技だったんですか?」
「そうですよ?もう何年もその事を集落の人間から言われてますので。流石に慣れてますよ」
胸を張ってそう答えると、静子が俯いて震えだした。
それに気付いた二人はすぐに警戒態勢を取り、いつでも静子を止められるように待機する。
「……もしかして、不快な思いをさせてしまいました?」
これには流石に姫華も不安になって、心配そうにそう問いかける。
すると、静子は姫華の目の前まで歩いてくると、姫華の手を両手で握る。
「えっと…由乃さん?」
何故か手を握られ、困惑する姫華。
名前を呼んでも返事がなく、手を握ったまま微動だにしない。
突然の奇行に二人も何がなんだか分からず、困惑したまま立ち尽くしている。
そして、数秒ほど微妙な空気が流れた後、静子が勢いよく顔を上げた。
「うわっ…」
静子の顔を一番に見た姫華は、失礼を承知で思わず良くない言葉を口に出してしまった。
しかし、それ程までに静子の顔は歪んでいたのだ。
「しゅごいでしゅ!にゃん年もむりゃの人の嫌がりゃせを耐えてきちぇ!!こしゅいしゃんはしゅごいでしゅ!!」
『感極まった』
そう表現するのが最も適切だろう。
だが、静子の場合極まりすぎて顔が涙と鼻水で大変な事になっている。
何より、滑舌がおかしくなり、何を言っているのか聞き取りづらく、強化された聴力と魔力で思考を加速させた姫華は意味を理解できたものの、二人は静子が何を言っているのか理解できなかったようだ。
「あー…う〜ん、その泣きながら喋るの良くないと思うわ。なんかすごく変に聞こえるもの…」
「う〜…」
「ああ!今すぐ直せとは言わないわ!それよりも、ずっと玄関先で話すのもなんですし、よかったら上がってください」
姫華はそう言って家の扉を開けると、三人を家へ招き入れた。
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