第2話地獄病➁

「…もうどんな方法だって構わない。私の命で救えるのなら喜んで差し出そう」

意を決したフェンリルさんは言う。

「今から材料を揃えるんですよ。幸いこの部屋に材料は全て揃ってる」

必要な者は肉親の血と、上位悪魔の血。

感づいたのかユナが息を呑む。

「誰にも言わないでくださいね」

そう言ってからコップを机に置く。立ち上がり手を真っすぐ伸ばす。

「ま、まさか!君はっ!」

手首を反らす、関節の限界など関係無く反らし続ける。

骨が砕ける音と共に手首の皮膚が裂ける。

血がタラタラ垂れ、コップに注がれていく。

「後は一滴、残りの材料を入れるだけです」

再生を始めた手首を隠しながらそう言う。

ユナさんが手を伸ばし指先をナイフで切る、そしてコップに血が滴り落ちる。

「あとは飲ましてあげるだけです」

無事再生を終えた手首でコップを差し出す。

「…信じるわよ」

ユナがコップを掴みゆっくりと妹さんの口に注いでいく。コップが空になり妹さんの様子を見守る。

「明日には起き上がれるようになっていますよ」

「君は何者なんだ?」

固まっていたフェンリルさんが動く。

「リン・セレス。上位悪魔であり学生です」

二人共僕をじっと見て何も言わない。

「…少し一人にしてくれ」

それは僕に出ていけと言う意味だろう。

部屋を出て扉にもたれ掛かる。盗み聞きは良くないけど内容によっては逃げる準備も必要になる。

『盗み聞きしているのは分かってる。入ってきてくれ』

バレたか。少し警戒しながら扉を開ける。

「リン君、ありがとう」

予想していなかった言葉が飛び出す。

「君が悪魔であろうと娘を救ってくれた事に変わりはない。だから安心してくれ、君を売るなんてことはしない」

長年この地を治めてきた領主の顔がそこにあった。疲れ果ててしわがれていた昨日までとは大違いだ。

出ていけだとか言われると思っていたが故にばつが悪くなり僕は部屋をあとにした。

さあ、どうしよう。一度バラしてしまえば心にバレても構わないという余裕が生まれる。

誰もがフェンリル家の様に受け入れてくれるとは限らない。あんまり長居するのはやめておこう。

「ねえ」

折角逃げ出してきたのに追ってきたであろう空気の読めないのはやっぱりあいつらしい。

「翼ってあるの?」

こんな素っ頓狂な質問もこいつらしいのかも知れない。

「あるよ」

一言だけ返す。

「何ていうか空を飛ぶって憧れるじゃない?人類の目標というか夢というか」

「だからちょっと見せて欲しいのよ」

分かるようで分からないそんなことを言うのだった。

「まあいいけど」

上着を脱いで長袖のシャツ一枚になる。背中にふっと力を込める。

「…なんか思ってたのと違う。もういいわよ」

「天使の翼を期待したようだけど生憎悪魔なんでね」

コウモリのような翼を仕舞い込み上着を着る。暑くてたまらないがシャツ一枚も何となく嫌だ。

「ユナ!セラが!セラが!」

慌てた様子でフェンリルさんがユナを呼ぶ。

「父様どうかしましたか?」

取って付けた様な敬語でユナが答える。

「とりあえず病室に来い!」

まさか薬の配合に失敗したか?いやでも分量なんて関係無いはずだ。

僕にも焦りが伝染し冷や汗が垂れる。病気が独り歩きして変異した?僕の血にはもう悪魔の効力は残ってなかったのか?

フェンリルさんを先頭に扉を開く。そこには、

「お姉様そんなに慌ててどうしたの?」

起き上がりリンゴを食べている妹さんがいた。安堵の溜め息が漏れる。

「セラ、身体は大丈夫なの?苦しくない?」

どうやら僕は邪魔者のようだ。起き上がれる程まで回復したことだし帰る準備を始めよう。

「僕は失礼させて貰いますね」

一言断ってからヒスイの居る部屋に向かう。あいつも頑張ったことだし新しい玩具でも買ってあげるか。

ヒスイはもう起きていたようで退屈そうにあくびしていた。

「ヒスイ、玩具かお菓子どっちが欲しい?」

「キュルル!」

この鳴き声はきっと玩具だろう。退屈過ぎて刺激をご所望らしい。

着替を鞄に詰め込み相棒にボールを渡す。多少の暇潰しにはなるだろう。

ヒスイは華麗にドリブルしながら僕の後ろをついてくる。無邪気に遊んでいるようでかわいい。

病室の前を通り掛かり挨拶だけしていこうと思ったがまだお取り込み中らしい。

「悪魔は人知れずクールに去る…フッ」

「厨二病なんて救いようが無いわね」

驚いて後ろを見ると毒舌のあいつが居た。やばい、恥ずかしすぎて死ぬ。

「貴方のことだからこんなことだろうと思ったわ」

まるで僕のことは知り尽くしているように言う。

「それより言うのを忘れていたわね」

「妹を救ってくれて、ありがとう」

頭を下げていることろは初めて見るかも知れない。

「らしくもないね」

「そこは素直にどういたしましてよ」

君の毒舌が感染ったんだよ。少し談笑してから改めて向き直る。

「じゃあまたね。次の休みにまた来るよ」

「ええ、さようなら」

背を向けて歩き出す。これで僕の正体を知っているのは五人目、増えることはあっても、減ることはないだろう。

ヒスイのボールを取り上げ鞄に仕舞う。抗議するかのように威嚇するヒスイを宥めながら駅に向かった。

30分程待つとすぐ列車が来た。ヒスイは列車嫌いらしく抱き上げて連れて行く。

そういえば、地獄病のルーツについて話していなかった。

僕が何故熟知していたのかもにも繋がることだ。

大昔、といっても1000年前。悪魔は人間に歩み寄ろうとした。

人間は病に苦しみ、治療する手段をまだ持ち合わせてはいなかった。

そこで創り出されたのが地獄病、本来の名前は天国病である。人を苦しめるだけじゃないかと思うのは少し待ってほしい。

天国病は、どんな病気でも神の如く治すことから悪魔が命名した。

悪魔は人間界の体外の病気に耐性があり、それを人間に与えようという発想の元作られた。

地獄病とは、端的に言うと悪魔の血に耐えられるように身体を一時的に強化している状態だ。だから何も食べなくても生命活動は止まらない。

悪魔の血に肉親の血を混ぜるのは、血に適応出来るようにするためである。

耐性を与えるだけなら、血を飲ますだけでいい。でも身体が耐えられない。その問題を解決したのが地獄病。

しかしそれは人間に対して受け入れ難いもので、悪魔が疫病を振り撒いたとして伝えられた。

悪魔と人間は分かり合えない。そんな皮肉の効いたルーツがあるのだ。

きっとあの子の心臓病も治るだろう。彼女を襲った魔獣も、その病気を治すためだったのかも知れない。

…そんなわけないか。窓の外を眺めると見覚えのある景色で、もうそろそろ王都だ。

帰ったらのんびり寝よう。3日も寝ずの番をしていたせいで疲れた。

指に痛みが迸る、そうだった。

ヒスイの玩具を買ってやらないとな。

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アクマギレ 宮野 碧 @1329285476

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