アクマギレ

宮野 碧

春休み編

第1話地獄病

列車が急ブレーキをかまして思わず前のめりに鳴る。

「ヒスイ、着いたよ」

膝の上で寝ている犬とも猫とも兎とも言えない相棒を起こす。起き上がりピーンと身体を伸ばしたヒスイを抱えて列車を降りる。

「クルルッキュン」

じたばたして暴れたかと思うと地面に降り立つヒスイ。何処かに行くわけでも無いので好きにさせておく。

確か先生は駅から西に5分程で着くと言っていたっけ。

「ほら行くよ」

ヒスイに一声掛けてから歩く。それにしても、暑い。普段暮らしてるとこが涼しいのもあってか汗が止まらない。

たしか屋敷はこっち側に、

「あったあった」

滅茶苦茶立派な屋敷の前で立ち止まる。庭も綺麗だし流石は領主の家。

門へ近づき呼び鈴を鳴らす。こんな広いのに呼び鈴の音なんて聞こえない説もありそう。

「あら、やっと来たのね」

わざわざこんな南国まで呼び付けた本人が登場する。

「さっさとあがって頂戴」

相変わらず無愛想なワンピースの少女、ユナに言われるまま着いていく。

「さっすがフェンリル家。豪邸だね」

玄関へ向かう途中、話しかける。

「…」

無視か。まあ機嫌が悪いのも仕方ないのかも知れない。

「君がリン君かね?」

「そうです」

ユナの父親であろうその人に返事する。目元に隈があり相当疲れているようだ。

「わざわざ遠くからありがとう。疲れただろうから少し休憩するといい」

確かに疲れているけれど休むのを隣の少女が許してくれそうにない。

「父様、そんなことよりもはやく」

苛ついた様子でフェンリルさんを急かす。

「そうだな。リン君、ついてきてくれ」

言われるがまま後ろについていく。前来たときはもう少し元気なイメージがあったけど余裕が無いらしい。

扉の前で止まると何も言わずゆっくりと開く。

「すまないが少し待っていてくれ」

メイドの女性にそう言うと手で中に入るよう促される。

中にはベッドと椅子がいくつか用意された部屋。日当たりの良いはずの窓は閉ざされている。

「…私の妹のセラよ」

ベッドには苦しそうに寝ている金髪の少女が居た。

「5日前から急に熱が出て医者には治せないって」

「熱が出るちょっと前に魔獣に引っ掻かれたらしくて」

暗い声で呟く程の声が続ける。

「あんたなら何か分かる?」

縋るような目つきで僕を見る。こんな顔を見たのは初めてだ。

「病名なら分かるよ」

いつもと変わらないトーンで伝える。

「じゃ、じゃあ治せるの!?」

「病名は地獄病。地獄の業火のような熱が出ることが由来だよ」

「でも残念ながら自然に治癒はしない。薬を飲ませる必要がある」

「材料はなんだ?金に糸目は付けん、人手が必要ならいくらでも手を貸す」

焦ったような期待するような声でフェンリルさんが叫ぶ。

「一つはとても簡単ですよ。肉親の、つまり貴女達の血液です」

途端、静寂が広がる。さっきまでの鬼気迫る勢いは何処にも無い。

「血液といってもほんの少しです」

流石に致死量の血を飲ませたら妹さんが死ぬ。

「2つ目。上位悪魔の血、具体的に言えば角のある悪魔です」

この病気の特効薬は人間に広まっていない。それは何故か?悪魔なんて倒せないから試せない。だから作れない。

「…ねえ、角のある悪魔はどこにいるの?」

「それに関しては分かりません。人員が全てです」

悪魔領に行けば数匹いると思うが生きて帰る方が難しい。

「分かった。ありったけの人員を投入しよう」

希望が見えたおかげか少し活気が戻った気もする。

「リン君、本当にありがとう。今度こそ休んでいてくれ」

「了解です」

そういえばヒスイが居ない。まああいつのことだし庭で遊んでるのかなぁ。

来た道を戻り庭に出て辺りを見渡す。

「ヒスイー」

名前を呼んでもあいつは現れない。あんまり遠くには言ってないと良いけど。

適当に庭をうろいているとあいつを見つけた。

「日向ぼっことは呑気だな」

気持ち良さそうに寝ているヒスイを抱え上げて屋敷へと向かう。起こしたらどうなるか分かったもんじゃない。

前回来たときに与えられた部屋に運び込む。ふかふかのベッドにそっと置いて僕はソファーに座る。

上位悪魔の血。そんなもの用意出来るはずが無い。勝てる人間なんて、勇者かその類だ。

その勇者も2年前、姿を消した。元の世界に戻る、それが最後の言葉。

最近寝てなかったせいか眠いな。こっち側の空気が肌に合わないのも余計かも知れない。

でも、ユカの妹があんな状態なのに寝るわけに…は…


「痛っ」

そんな第一声で目を覚ます。寝ちゃったのか。

僕の指を噛んでいるヒスイを引き剥がして立ち上がる。

あれ、太陽の位置が東側に降りている。まさかとは思うが、

「やっと起きた?」

ガチャンと扉が開いたと同時にユナが顔を出す。

「一日中寝るなんて相当疲れてたのね。貴方らしくもない」

いつも通り一言余計だ。でも昨日よりかはずっといい。

「妹さんが熱を出したのって5日前だよね?」

「ええ、そうよ。それが?」

「妹さんの様子を見るに、持って後3日。それ以内に悪魔を見つけなくちゃ行けない」

タイムリミットはもう殆ど無い。寝ている余裕なんて無かった。

「…まだ3日あるわ」

そう言うとドアを乱暴に閉めてユナは出ていった。

僕も僕の役目を果たさないと。

妹さんの寝ている部屋に向かう。僕の役目は3日間確実に妹さんを持たせること。それが今の僕に出来る最大限。

ヒスイを連れて部屋に入る。

「頼むよ、ヒスイ」

ヒスイはベッドに飛び乗り妹さんの肌に身体を寄せる。氷の魔獣はやっぱり頼りになる。

「限界が来たら離れて僕と交代」

1時間程冷やしているとメイドさんが氷と水を持ってきた。水を飲ませて冷やしつづける。

「キュン!」

限界がきたらしくヒスイが氷水に飛び込む。その為ではないだろうけど好都合だ。

「あッ!」

つい。触れた途端熱がこちらに伝わる。その分熱を吸収してるということだ、前向きに考えていこう。

しばらく冷やし続け限界が来たところでヒスイと変わる、それを繰り返し続け夜になっていた。

フェンリルさん達と一緒に夕飯を食べる。誰もその口を開かず黙々と食べ続ける。

「…何か成果はありましたか?」

沈黙に耐えられず声を発する。

「悪魔を探しに行ったのはほんの一握りだったよ。大概の者が怖気付いたんだ」

それも、そうか。見つかって生きて帰れる保証なんて何処にも無い。

その後誰も喋ることなく夕食は終わり、僕は再び冷やしていた。

「ねえ」

椅子に座っていたユナが悲しそうな目で続ける。

「セラってね。元々心臓病だったの。ほんとは元気な子なのに病気のせいで遊べなくていつもお人形遊びをしていたわ」

そんな諦めたように語るユナに僕は、

「まだ2日ある。まだ希望は無いわけじゃない」

「そう、そうよね」

「…もう寝るわ」

そう言うと部屋から出ていくユナ、ヒスイもとっくに寝る時間なのを思い出した。

ヒスイをベッドに送り届けると冷やす作業を再開する。

そして日が昇り、なんの成果も出ないまま2日目が終わった。

病気の進行も抑えられなくなってきている。時間はあと少しだ。

最早誰も口を利かない状態で夕飯を食べる。状況は刻一刻と悪くなっていく。

…僕にはどうすることもできない。

最後の日。全員がベッドを囲んでいた。死んだような目をしている二人を見て僕は、

「一つだけ。今からでも救うことは出来ます」

誰かを見て言うわけでもなくそう呟いた。

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