バイトのシフトをいつでも入れられる超能力
常世田健人
バイトのシフトをいつでも入れられる超能力
「店長すみません、明日の夕方シフトって入ること出来ますか?」
このセリフを言った後の展開は、決まっている。
店長は考える素振りも見せずに、こう言った。
「本当かい? ちょうど一人欲しいなと思っていたんだよ」
「良かったです! 明日よろしくお願いします!」
こうして俺は、明日のコンビニバイトを確保することができた。元々明日はライブがあったのだが、ボーカルが体調不良になってしまったとのことで急遽出演キャンセルになった。こうなった時に、バンドとしてまだ売れておらず収入が不安定な俺にとっては、突発的にバイトに入れること以上にありがたいことはない。
しかも、俺がこういったお願いをする時には、決まってシフトに空きが発生している。
これまで何十回と同様のお願いを店長にしたか――もう数え切れないが――とにもかくにも俺にはそう言った幸運に恵まれているようだった。
「どうせ幸運になるならバンド売れさせて欲しいってもんだ」
「幸運って何のことですか?」
コンビニ裏の休憩スペースでスマホをいじりながら出勤時刻を待っていると、もう一人、休憩スペースに入ってきた。一ヶ月前にバイトに入ってきた新人だ。声優になりたいとかで、俺と同様にフリーター生活を過ごしているらしい。年齢も二十代前半で俺と近く、お互い夢を追う身なので割と話があう上に、小動物系の可愛らしさを兼ね備えている女性のため、同じシフトになるとかなりテンションが上がる。
「おお、今日も早いな。お疲れ」
「お疲れ様です。で、幸運って何のことですか?」
「そんな大層な話じゃねえんだけどよ」
「聞かせてくださいよ。シフトまでまだ十五分あるんで暇潰しがてら教えてください」
「そこまで言われたら教えざるを得ねえなあ」
「いえ、そこまででは無いので言いたく無いなら大丈夫です」
「ここまで来たら言わせてくれよ!」
「はぁー。仕方がないですね、わかりましたよ。とっとと教えてください」
ニヤニヤしながら軽口を叩いてくるが、そういう様子がやけに可愛く見えてしまうから強く指摘できない。美人は得するというのはこのことだろう。
「バイトのシフトってさ、急遽明日入りたいって言っても普通は無理じゃんか」
「そうですねぇ、一週間後とかならまだしも、明日は無理ですね。というかその要求をすること事態が私にとっては無理ですね。そういう要求を店長にしないっていう項目が、付き合いたい男性の最低条件に今入るくらい無理です」
「この話はもう終わりだ」
「早っ! まだ何も幸運要素聞いてませんよ!」
「……例えば、そういう要求をする男性が、間違いなく入れるだろうっていう確信を持っているとしたら、どう思う?」
「どう思うって……そんな場面があるのかがわかりませんが……まあ、まだマシですかね」
「付き合いたい男性の最低条件は越えられるか」
「何ですかその確認。まあ、マシ程度なので何ともですが、検討はさせていただきたいですね」
「じゃあ、この話は終わりだ」
「結局終わり!」
一応満足した俺の横で後輩がグダグダ言ってくるので、言葉を濁しながらも事の顛末を話した。
すると、後輩は呆気に取られた表情を浮かべた後、再びニヤついてきた。
「……何だよ」
「私と逆ですね、先輩」
「逆って、何が」
「先輩は売れないバンドマンじゃないですか」
「おい何だ喧嘩売ってんのか」
「まあまあ話は最後まで聞いてください。それで、一方で私は、バイト生活を続けているものの最近は事務所にも所属してアニメのネームドキャラの声も入れる売れかけ声優です」
「やっぱり喧嘩売ってるよな」
「まあまあ話は最後まで聞いてください。売れてない先輩と、売れている私。こうすると、逆の事象が発生するわけです」
「これ最後まで待ったら本当に喧嘩にならないよな?」
淡々と述べられると泣きたくなるんだけど。
後輩が声優として出ているアニメは全て観ているし、一話限りのゲスト出演が多いものの割と重要な立ち位置のキャラクターを演じることも多い。だから今更何を思うわけでもないのだが、現実というものは突き付けられるほどしんどいものだなと改めて実感した。
「大丈夫ですよ。いつか私が主演するアニメのオープニングテーマに、先輩が入っているバンドを起用しますから」
「主演声優でもそこまでの権限は無いだろうが」
「アハハハハハハ。まあ私が関与しなくても先輩は絶対に売れますよ。またライブ行かせてください」
「いつもありがとうな!」
「どういたしましてー」
おあつらえ向けのおべんちゃらを聞かされるだけで嬉しくなってしまう自分が情けないと思いながら、後輩の話の続きを聞く。
「ですからね、私は先輩と逆で、急にシフトに入れなくなってしまうことが多いんです。本当に申し訳ないなと店長に思いながらいつも電話しているのですが、いつも店長はこう言ってくれるんです。『ちょうど一人、シフト増やしたいっていう人がいたから助かったよ』って――」
「お前それ、マジか」
「まじです」
後輩の話に嘘偽りがないのであれば、後輩も俺と同様――もしかしたらそれ以上の――幸運に恵まれているのかもしれない。
俺の場合はシフトの追加故、断られたとしても金銭面以外には問題が無い。
一方で後輩の場合は、その要望が通らないと後輩としてもコンビニとしても致命的な状況になる。
「すげえな……俺なんかじゃ歯が立たねえ……」
「……うーん、というよりかは……」
後輩は腕を組み唸り始めた。頭の中で状況を整理しているように見える。何を考えることがあるのだろうと思って俺も同様に腕を組んでみたが何も思い浮かばない。
「二人とも、ちょっと早くて申し訳ないんだけど今から入れたりする?」
そこで声をかけてきたのは店長だった。
何か引っかかるものを感じながらも、「入れますよ」と言おうとしたその瞬間に――
「ああ、そうか。わかりました」
後輩が満足気な表情でこう言った。
「もしかしなくても、これ、店長が凄い話なんじゃ無いですか?」
「……どういうことだ?」
「先輩のシフト追加の話も、私のシフト変更の話も、本質的には同じ話です。その両方に関わっているのは、店長しかいませんよ」
「何言ってるんだ。俺の時は『一人欲しかったから助かったよ』って言ってくれてるんだぞ」
「だからそれも、店長が言っているだけですよね? 本当は明日一人欲しい予定なんてないんじゃ無いですか?」
まさかそんなことある筈が無いだろうと思いながら目線を横に動かすと、物凄くバツが悪そうな表情をしている店長がそこに居た。
どうやら後輩の言う通りらしい。
ということは――俺の時も後輩の時も店長が頑張って調整してくれていたと言うことか――!
「「店長、すみませんでした!」」
気付けば同時に謝っていた。
人生においてこれほど誠心誠意謝ったことは他に無いだろう。
「いやいや、良いんだよ。僕は君たちのように夢を追う若者を応援したいだけなんだから。これからも、シフト変更に関してはバンバン言ってね。いつでも良いからね」
「でも……!」
「大丈夫だよ。実際、これまでも何とかしてきただろう?」
「店長……ッ!」
尊敬と感謝の意をもって、店長に思い切り抱きついた。
ただ何故か抱きつきにくいなと思って右を見ると――後輩も同様の行動をしている様子が視界に入った。
後輩もこちらをみていたため、かなりの至近距離でお互い見つめ合う形となった。
ほぼ同時に勢いよく離れた。
危ない……あの後輩と見つめあったらこちらの心臓がもたない……。
シフトが被った時に話せれば良い。
それ以上を望んでも仕方がないだろう。
そう思っていると――ふと、一つの考えがよぎった――。
そういえば最近、後輩とシフトが被る頻度が多い気がする――
「もうちょっと押せばいけると思うよ」
そう呟いてきたのは店長だった。
店長は、何かの超能力を本当に持っているのかもしれない。
バイトのシフトをいつでも入れられる超能力 常世田健人 @urikado
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