成人式の後、ラブホの鍵を砂場に埋めた

あじその

成人式の後、ラブホの鍵を砂場に埋めた

 灰色の少年時代

 僕は、メールアドレスをバンプオブチキンの曲名にしているような、どこにでもいる普通の子供だった。

 人間のことを汚いと思っていた。本当は今でも少し思っている。やっぱり僕は今もストレンジャー。

 友達なんかもそんなにおらず、放課後は、チャリを漕いで国道沿いのブックオフまで行って、立ち読みだけして帰ってるようなパッとしない少年。それが自分だった。


 そんな僕にも優しくしてくれる人が一人だけいた。……僕だけじゃなくてみんなに優しかったのだけれど。その人は生徒会長でもあった。


 生徒会長は、孤立している僕を見かねたのか、二人一組を組んでくれたり、たまに放課後TSUTAYAに付き合ってくれたり、まあ良くしてくれた。

 反抗期だった自分には、その優しさがくすぐったくもあり、「ありがとう」も素直に言えなかった。

 ……あの頃は、ありがとうございました。


 ――成人式の少し前


 生徒会長から、久しぶりにメールが届いた。

 「成人式、行くやろ?待ち合わせして一緒に行こか」てな内容の。

 それは忘れもしない、古本市場で萌え系四コマをディグってた時のことだった。ブレないな。

 反抗期が少し落ち着いた僕は「まぁ、行くかぁ」と思って、そういった旨の簡素な返信をした。


 ――成人式当日


 待ちあわせをして、会場である出身中学に向かった。「懐かしいなあ」なんてありふれた話をしながら。生徒会長は、おめかしをして垢抜けていた。

 僕は何の賛辞も贈れなかった。


 ――式はつつがなく終了

 正直、少しは緊張していたので、こんなものかと拍子抜けした。


 「田舎特有のアレ」こと「成人式で目立っていた人 大会」の優勝者は……

 伊藤くんという同級生だった。ヴィジュアル系バンドを始めてメイクを覚えたらしく、キメキメ。

 まるで月光花のようだった。そんな彼は僕を指差して「芋臭え~」って笑った。そんな冷たいこと言うなよ伊藤くん。一緒にベロリンガで寿司食うゲームやった仲じゃんよ。

 ……張り切っておめかしをしていたヤンキーグループが、居心地悪そうにしていて気持ち良かったです。ありがとう伊藤くん。


 

 ――成人式の後


 特にやりたいことも会いたい人もいなかった僕たちは、他の似たような境遇の冴えないヤツらと集まって、近所の公園で遊ぶことにした。コンビニで買い込んだ駄菓子や、百均で大人買いした、子供のおもちゃを持って。


 運動神経のないものだから、ラリーの続かないバトミントンをやったり、キレのないチャンバラをグダグダ遊んでいたら、もう、夕暮れる頃。

 さすがに少し疲れて、コンビニで買った遊戯王カードでも開封しちゃおうかなと思った時に――



 「――これ、なんやと思う?」



 生徒会長が、夕日に輝いて怪しく光る何かを持ってキメていた!

 その姿はまるで、切り札を引いた時の武藤遊戯のようだった!


 何を持っているんだろう……?

 長方形のアクリルキーホルダーのついた、ルームキー……?

 昭和レトロって感じの、深緑色のやつ。


 ――僕がポカーンとしている中、周囲のヤツらがにわかに色めき立つ……!


 「それって、国道沿いのラブホテルの鍵?」

 「行ったのかお前! すげえな……!」

 「……本物?」

 晴れ着姿にドヤ顔の生徒会長と、尊敬の眼差しを向ける冴えないヤツら!!

 遅れて意味を理解した僕は「ホァ~」だか「ホゲェ~」だか、まるで『日本むかしばなし』に出てくる赤ん坊のような声を漏らした。


 「そう、ラブホ。恋人と、行ったねん」

 これでもかというほどにドヤ顔の生徒会長!


 「おぉ~~~~!!!」「すげえや!」

 冴えないヤツらは大喝采!


 僕はなんだか、後ろ倒しにしていた”大人になるための痛み”を一度にぶつけられたような気がして、少し胸が痛かった。



 「……でも、それ、持って帰っていいやつなん?」

 喝采をあげていた中の一人、清野が言った。清野は、この中では一番の頭が良い子だった。


 「……アカンかったの?? 記念やと思って持って帰っちゃったよ……」

 ドヤ顔が一気にしおれていく生徒会長。なんかちょっと泣きそうになっている。


 

「……アカンかも」「清野が言うならそうなのかも……頭良いし……」

 夏の野外のフェスティバルが台風で中止になるように、皆の顔も曇っていった。

 日も落ちていて寒かった。


 「……埋めるか!」

 何かを決心したような顔で、生徒会長が言った。

 卒業まで一度も先生に怒られたことのなかった生徒会長がマジで情けないことを言った!

 僕はなんだか、その、人間臭さが嬉しかった。


 「最悪のタイムカプセルやな……」「私たちの人生ってなんなんだろう……」

 百均で調達したおもちゃのスコップで砂場を掘って、鍵を埋めていく。

 みんなの晴れ着も砂をかぶって灰色に汚れていった。


 ――なんとか埋め終わった時、誰ともなしに解散した。

 帰り道、僕は、この先の人生も、多分ずっとこんな感じなんだろうなと悟った。

 ヘラヘラと切なくなって、でもなんだか少し大人になれた気がした。


 あの時の連中とは、今もまだ再会していない。もう会うことも無いんだろうな。

 我ながら、最悪のスタンド・バイ・ミーだと思った。


 まあ、みんなどっかでヘラヘラ楽しくやってるといいな。知らんけど。


 それじゃ、また、来世で。


 了




 (追伸)

 後日、生徒会長から届いたメールには――


 ・あの日の夜中、罪悪感に駆られて、鍵を掘り返しに行った。

 ・その翌日、ホテルまで鍵を返しに行った。

 ・恋人とはなんか知らんけど別れた。

 といった旨のことが書かれていた。

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