go

 それからさらに3カ月が過ぎて、その間に僕は運営に入社した。


 事務所自体が深刻な人手不足だったのもあるけど、サロルが熱心に推薦してくれなかったら、さすがに事務所も未経験のやつを雇おうとは思わなかっただろう。


 それで先述の通り人手不足なのもあって、僕はサロルの専属マネージャーになった。他の売れてるVTuberは任せられないけど、サロルならこれ以上人気の落ちようがないからまあいいかってことらしい。


 ヒドい話だけど、そんな低評価を覆すのが今の僕に与えられたミッションだ。


 そして今夜の歌枠で、これまでの全てをひっくり返すための大勝負が始まる。


   †


『えっと、あの、こんばんは。丹頂サロルです』


 いつもの通り挙動不審なこと極まりない挨拶から始まって、1曲目は人気アーティストが歌って話題になったアニソンを可もなく不可もなく歌いきる。


 軽くMCがあった後で、急に黙りこむサロル。


 1分を超える沈黙に、チャットがザワつく。


「ん?」


「音声壊れたか」


 ここまでは打ち合わせの通り。ある程度ザワザワが続いたところで、サロルが一言。


『辞めた』


「え」


「卒業(※23)?」


 さらにザワつくチャットを無視して、サロルがいきなり叫んだ。


『アタシが歌いたいのはこんなキラキラした、陽キャどもが合コンの2次会で歌うような曲(※24)じゃなくて、もっとドロドロした葛湯みたいな曲なんだよ! 新曲だ、聞けオラ!』


 シャウトと同時にイントロが流れる。



♪賽の河原で石でも積んで ひとり崩して苦笑い

 明日はあると信じてずっと 流れ流れてワニ地獄


 サハラ砂漠に水を撒くより 意味のないこと

 それはすなわちサハラ砂漠に 砂を撒くこと


 サハラ砂漠に砂を撒け! サハラ砂漠に砂を撒け!

 石を積んでも地雷踏んでも 出口なんて見えません!


 サハラ砂漠に砂を撒け! サハラ砂漠に砂を撒け!

 どうせ意味などないのだから 風に吹かれて散る・ば・かり!


   †


 突然のキャラチェンジに、視聴者も戸惑ってるのがチャットから伝わってくる。


「何これ?」


「意味がわからん」


「けど……」


「なんかすげえ」


♪賽の河原で徳でも積んで 風に崩され泣いた夜

 明日はどっちと迷い迷って 北京ベルリンワニ地獄


 サハラ砂漠に井戸を掘るより 夢のないこと

 それは木彫りで鮭をくわえた クマを彫ること


 鮭をくわえたクマを彫れ! 鮭をくわえたクマを彫れ!

 徳を積んでも毒を吐いても 出口なんてありません!


 鮭をくわえたクマを彫れ! 鮭をくわえたクマを彫れ!

 どうせ明日などないのだから サメに食われてシル・ヴ・プレ!


   †


 最初は困惑してた視聴者たちも、2番までくるとぐいぐい引きこまれて、やがて熱狂に至る。


 チャットはもう文字が読み取れないくらい高速で流れてるし、同接の人数も深夜にしては異常なくらい増え続けてる。配信を見てる視聴者たちが、SNSで拡散しまくってるに違いない。


 まるで会場でのライブみたいに、膨れ上がる視聴者たちの熱狂を煽りながら、曲はラスサビ(※25)へと向かう。


♪サハラ砂漠に砂を撒け! サハラ砂漠に砂を撒け!

 石を積んでも徳を積んでも 出口なんて見えません!


 サハラ砂漠に砂を撒け! サハラ砂漠に砂を撒け!

 どうせ未来はないのだから 風に吹かれて散る・ば・かり!


   †


 僕とサロルが何度も話し合って決めた、現状を打開するための手段。それはこれまで無理して作ってきたキャラを捨てて、素の彼女をそのまま見せることだった。


 もちろんその結果、これまでのファンを失うリスクだってある。それでも現状の低空飛行を続けるよりはマシだって上層部を説得して、今回の歌枠にこぎつけた。


 その結果が、新曲が終わっても一向に減る様子のない同接の人数だ。


『まだまだ終わんねーぞ! オメーらアタシから目を離すな!』


 こうしてサロルは、今まで抱えてきた鬱屈を解き放つように歌い続けた。生涯を懸けて光に手を伸ばし続け、届かなかった先人たちの歌を。


   †


 歌枠とメンバー限定のアンコールを合わせて2時間近くを走り切って、ヘロヘロになったサロルとZoomで話した。


『うう、燃え尽きました』


 一目でわかるくらい憔悴しきった姿は、これまでと同じコミュ障の少女。さっきまで絶唱してたのと、どっちも偽りない素のサロルだ。


「のど大丈夫?」


『はい、なんとか』


 見るからに疲労困憊してるけど、同時に充実してるのもわかる。


『どうでした?』


「最高だったよ。同接も1000人超えてたし」


『えっ』


 歌枠で1000人は、VTuber全体から見たら少ないかもしれないけど、これからの彼女の行き先を示す大きな1歩だ。枠が終わっても増え続ける、アーカイブの再生回数がそれを証明してる。


 丹頂サロルはこれからも、コミュ障VTuberとして活動を続けていくのかもしれない。けど出口がないと歌いつつも、その視線は光り輝く未来へと向けられてる。


 僕のガチ恋は木っ端みじんに砕け散ったけど、おかげでそれ以上のものを手に入れた。


 だから今の僕にとっては彼女を未来へ導くことこそが、生きる場所と意味を与えてくれた鶴に対する恩返しなのだ。



  †††


※23:実在のアイドルはグループを卒業した後も芸能界に残れるけど、VTuberの場合キャラクターの権利は事務所にあるので、事実上の廃業になる。


※24:偏見です。


※25:1番最後のサビ。だいたい転調する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不人気底辺VTuberに僕だけがガチ恋してた 汐留ライス @ejurin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ