第11話 過去2

今思えばそれからも俺には見えないようにいじめは続いていたんだと思う。


ただ、俺の前では木山達は大人しいふりをして、また翔太も俺には何も言わなかったのだ。だから俺は翔太が顔を晴らしてきたあの日以来平穏が帰って来たと思っていた。


いよいよ数日後に卒業を控えたある晩だった。翔太からの着信でスマホを耳に当てる。


「どうしたんだよ急に。珍しいな」


俺と翔太はメールでのやり取りは毎日の事だったが電話をする事はほとんど無かった。


「俺さ、お前と親友で本当に良かったよ。お前がいなかったらとっくに我慢の限界だったと思う。こんな俺のそばにずっと居てくれて本当にありがとな」


突然の電話は恐らく過去の木山達の一件を言っていたのだと思った。あんな辛い事をもう思い出したくも無いだろうと思った俺は冗談交じりに笑ってみせた。


「なに急に恥ずかしい事言ってんだよ。親友なんだし当たり前だろ?」

「そうだよな、恥ずかしいよな。急に悪かったな、それじゃあまた明日な」


笑いながら通話を切った翔太だったが、その日以降俺と翔太が会う事は二度と無かった。


翌日登校すると卒業を間近に控えた教室に突然の訃報がやって来た。

昨日の晩に翔太が自殺したのだ。


担任が教壇に立ち何やら話していたが俺は頭が真っ白になり何も耳には入って来なかった。


学校側は責任問題となりいじめがあったかどうかの事実確認が行われた。しかし、木山達はクラスの奴らに「もし、ばらしたら次はそいつを標的にしてやる」などと脅し結果は最悪な物になった。

クラス内の組織票を恐怖と暴力で操作し俺を犯人に仕立て上げたのだ。俺はもちろん先生に真実を告げたが俺一人の意見などまともに信じてはくれなかった。


そして俺は親友を奪われ、やってもいないいじめの犯人になったのだ。


俺は生きる事に絶望したが両親だけは俺を信じてくれていたのが唯一の救いだった。しかし、俺が高校に上がった頃、息子がクラスメイトを自殺に追いやったいじめの犯人だという話が会社に広まった父さんがリストラされた。ずっと仕事一筋だった父にはよほど辛かったのだろう。父さんはその晩に自室で首を吊り自殺した。


その日からだ、俺が高校に行かなくなったのは。


話し終えた俺は玲那の顔を見ると目は涙で赤くなり、初めて見る悲しげな表情を浮かべていた。


「辛い過去だったのね」

「あぁ……」

「でもそのお友達はきっとあなたの存在を誇らしく思ってるはずよ」

「……やめろ」

「けど今のあなたを見ても喜ばないと思うわ」

「やめろって言ってんだろ!!お前に何が分かるんだ!俺は友を失い、父さんも失った。俺は何も悪くないのに、悪いのは全部あいつらなのに!」


悔しさで溢れる涙が止まらない。ずっと自分の中にしまい込んでいた感情が爆発したようだった。こんな事を玲那に言っても過去が変わる訳でもないのに、しかし俺はそんな事を考えられるほどの余裕は全く無かった。


「分かるわよ!」


だが、叫ぶ俺に怯えず、怯むことも無く玲那の琥珀色の瞳は真っ直ぐに俺を見つめる。しかしさらに俺は声を荒げた。


「お前なんかに分かる訳ないだろ!」

「分かるのよ、私も不登校だったから……。辛い事が沢山あったのは痛い程分かる。でも、あなたはまだ生きてるじゃない。だから変わってほしいのよ。そしていつまでもそのお友達があなたの事を最高の親友だって誇れるようにいつづけるべきなのよ」


玲那は俺を宥めるように落ち着いた優しい笑みを浮かべた。その笑顔を見ると自分の中の爆発していたいろんな感情が一まとめになってふわっと空の彼方へ軽く飛んで行ってしまうような気持になった。落ち着きを取り戻しつつ玲那の目を真っ直ぐに見つめ返す。


「……どうしてそこまで俺のために」

「そのお友達と同じように私も佑真の人の良さを知る一人だからよ」

「なんだよ、それ」


変てこな理由に思わず呆れる。


「世の中ってさ、辛い事ばっかりで、でも楽しい事はちょっとしかなくて本当に嫌になるわよね」

「玲那もそんな風に考えるんだな」

「そりゃ思うわよ。でもね、それは案外悪い事じゃ無いって今は思うわ。だって辛い事ばかりでも諦めずに歩き続ければ楽しい事がきっとその先にあるって事じゃない。だったらがむしゃらでも歩き続けるしかないわよね。だから佑真はこれからも歩き続けるべきなのよ。そうすればきっと暗い絶望も悲しみも乗り越えて生きてて良かったって思える日が来るから」

「……玲那ありがとう、本当にありがとう」


俺は恥ずかしげも無く子供のように泣いてしまった。


だがこれは悲しみや怒りなどの感情からくる涙では無かった。人は嬉しいときにも涙を流すのだ。そんな当たり前のことを今ようやく実感した気がする。玲那の言葉は今まで俺が一人で背負ってきた苦しみを軽くしたのだ。


クラスメイトに裏切られ、友を失い、もう誰にもわかってもらえないと諦めていた苦しみが玲那には理解してもらえたのだと何故かすんなり思えてしまった。それはきっと俺と同じく不登校になった人間だからなのだろう。


俺はこの先の人生も歩き続けるという選択が、そんな当たり前の選択が一人では出来なかった。だから自らこんな所に来てしまったのだ。だが、同じ痛みを知りそれでもともに歩む仲間がいれば俺はまたこの先もきっと歩き続けられるのだ。たとえそれがどんなに辛い道であろうとも。俺達なら。


「玲那、俺はもう人生を諦めないし、絶望もしない。父さんの自慢の息子で、翔太の誇れる親友であり続けるために」

「うん、そうよ。それが一番いいわ」


玲那は髪を揺らしモデルのように小さな顔で笑顔を作ると満足そうに笑った。


そしてふとその星のように煌めく大きな瞳はどこに焦点を合わせるでもなく空間をただぼんやりと見つめるようにじっとした落ち着きを宿す。


「私はね、かつていじめのようなものを受けていたの。少し違うわね、あれはいじめだった。そして不登校になったの。でもね、この学校に来る少し前に私は変われたの。本当はもう高校にだって行けてたのよ。毎日友人とお弁当を食べたり、くだらないお喋りをしたりして、それはとても充実していたし、何より楽しかった。でも訳があってここに来たの」

「だから玲那はあの教室でどこか異質だったんだな」


すっかり落ち着いた俺は心は軽く玲那の話に耳を傾ける。


「えっ私馴染めてなかった!?」

「当たり前だろ。浮きまくりだっての」


そんな会話をしていると自然と笑みがこぼれていた。


「ところでなんで不登校じゃなくなったのにわざわざこんな教室に参加したんだよ」

「えっと、それはね、あれよあれ――」


急に焦り出す玲那をジト目で見ると捻り出したように


「まぁあれよ。簡単に言うとこの学校の不登校の生徒を私が変われたように変わる手助けをしたいみたいな」


胡散臭い思想を胸を反って口にした。だが俺はそんな思想をバカにする気など全く湧かなかった。


「ふーん。そっか」

「うん、そうそう」

「じゃあ明日からそれ俺にも手伝わせてくれよ」

「えっ!?」


大きな瞳を一際見開き驚く玲那。だから俺は理由を述べて聞かせてやる。


「玲那の言葉は俺を変えたんだ。もう他人と関わる事を拒絶したり、家に引き籠ったりするような事はしない。こんな俺も変われたんだから他のやつらも変われるだろ」


玲那を真っ直ぐ見て笑ってみせた。こんなに心が軽いと思えるのは何年ぶりだろうか。クラスの奴らも何かしらの理由があってここに来たのだ。だが、誰かの言葉で心が軽くなるのならそれを教えてやる人間が必要だろうと思った。


「佑真―!!」

「おいっ!離れろ、くっつくな!」


抱き着いてきた玲那を必死に引きはがそうとするが吸盤でもあるみたいに離れず玲那は嬉しそうな、本当に心から嬉しそうな笑顔だった。


「言ったわね!明日から頑張るわよ」


そうして俺達はただのクラスメイトからクラスメイトを変えるためのパートナーとなった。

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不登校だけを集めた教室に何故か一人完璧美少女がいる 緋色さくら @hiiro99

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