第10話 過去
「いやー怖かったけど結構楽しかったわね」
流れるエンドロールを見ながらどこか誇らしげに腕を組み、細く鼻筋の取った鼻からふんっと息を漏らす。
「どこがだよ!チョークスリーパー極められて内容なんか全く頭に入ってないぞ。こりゃまた別日に見直しだな」
「また同じの見るの?私は別の映画が良いんだけどな」
「お前とは見ねぇよ!次こそ一人で見るんだ。というか、映画も終わったんだからとっとと帰れよな」
「こんな可愛い女の子に帰れだなんて信じらんない。どうやって育ったらそんな発言が出来るのかしらね」
玲那はアメリカ人みたいにオーバーなジェスチャーで首を振る。
「どうせお前みたいな何の悩みも無さそうなやつには分かんねぇよ。そして帰れ」
「佑真はどうしてそんなに人と関わる事を拒絶するの?」
途端に普段より3トーンあまりも落ち着いた声でそう問われる。
「……別にそんなのどうでも良いだろ」
琥珀色の瞳がゆったりと落ち着き払って俺をじっと見つめる。だから俺も冗談を言って誤魔化したりする気分にはなれず小さくそう答えた。
「私で良ければ話を聞いてあげるわよ!どんな悩みも立ち所に解決よ!」
「何が悲しくて玲那にそんな話をしなきゃならないんだよ。いいからとっとと帰れよ」
素っ気なく手を払い帰れ、帰れとアピールするが
「じゃあ佑真が人と関わる事を嫌う理由を聞いたら帰るわ」
何がそんなに気になるのか梃子でも動かまいと地蔵のように居座るのだ。
「いやだね。聞かなくても帰れ」
「佑真の意気地なし、根性なし、ヘタレ大根!」
玲那は不満そうに低く唸ると小学生じみた悪口三連発を発射する。
「分かった、分かったよ。聞かせてやるよ、俺の過去に何があったのかを」
もういい、面倒だが何でも話してやる。そうすりゃ流石のこいつ大人しくなるに違いないさ。そんでもって誰と関わらなくて済む平穏な世界を取り戻してやる。
そうして俺は語り出した。かつて学校が大好きだった俺が不登校になり人と関わらなくなったきっかけを。
佐々木佑真、中学三年生の冬。進学する高校も決まり残り少ない中学校生活は最後を華やかに飾りつけるように楽しいものになるはずだった。
「翔太、そろそろ帰ろうぜ」
帰り支度を整えた俺は小学校からの親友、
「あぁ、今行くよ」
翔太も鞄を肩にかけると二人で下駄箱へと向かう。俺が上履きから外履きに履き替え翔太の方を見ると下駄箱を開けたまま靴を履き替えることなくなぜか翔太は立ち尽くしていた。
「どうしたんだよ?」
「いや、別に何でもないよ」
やけに表情が暗い翔太が気になり、俺は開けっ放しの下駄箱を覗く。
「お前靴どうしたんだよ?」
そこにあるはずの翔太の外履きがなぜか無かった。翔太は黙り込んでいたが俺は嫌な予感がしていた。翔太自身もしていたはずだ。
と言うのも翔太から聞いていた話があったのだ。今日の昼休みに生徒会役員でもある翔太は校内の美化活動を行っていた。そんな時、校舎裏で煙草を吸うクラスメイトの
「まぁどっかにあるよ。ちょっと探してくるから先に帰っていてくれ」
翔太の作る笑顔が痛々しく
「何言ってんだよ、俺も一緒に探すに決まってんだろ」
そう言って背中を叩いた。
それから校内をあちこち探し翔太の靴は校舎裏でボロボロに刻まれた状態で見つかった。
「木山の奴絶対に許せねぇ!!」
校舎裏に生えた雑草を蹴散らしながら俺は叫ぶが翔太が俺を宥めるように
「まぁまだ犯人が誰かも分からないんだから落ち着けよ」
俺の肩をぽんぽんと優しく叩くのだった。
「そんなの木山に決まってるだろ!」
「良いんだよ、明日になったらあいつも忘れてるさ」
「お前が良くても――」
「佑真、良いんだよ。ありがとうな」
翔太は俺の言葉を遮り悲しげに笑ってみせた。初めて見る親友の表情に俺はかける言葉が見つからず、またこの話をこれ以上したくないようだった。だから俺もこれ以上この話はしなかった。職員室で適当な理由を付けて外履きを借り、普段通り流行りの番組や好きな音楽について語りながら家に帰った。
しかし、翌日からも木山の嫌がらせが無くなる事は無かった。
それどころか、翔太のロッカーが水浸しにされていたり、鞄の中身がゴミ箱に捨てられていたりと事態はますます悪化していったのだ。俺と翔太が一緒に片付けている様を見てクスクスと教室の隅で笑う木山とその取り巻き二人が視界に入り我慢の限界を迎えた俺は翔太には内緒で木山達を放課後の校舎裏へと呼び出した。
「お前らだろ、翔太にガキみてぇなことしてんのは」
敵意を剥き出しにし吐き捨てるように問う。
「はぁ?俺らがやった証拠はあんのかよ、なぁお前ら?」
しかし木山は全く動じることなくクスクスと嘲笑する。
「あぁ俺達はそんな事する程暇じゃねぇんだよ」
「そうそう。分かったらとっとと帰れ」
確かに確実な証拠など一切なかった。だが、俺はこいつらだと確信していたのだ。だからもうこの感情を自分でコントロールする事は出来なかった。
「お前ら許さねぇ……」
俺は唇を強く噛みしめじわっと広がる鉄の味を感じながら拳を握り怒りに満ちた視線を木山達にぶつけた。
「だったらどうするんだよ?」
木山がそう言ったのとほとんど同時だったと思う。自分でもいつ動き出したのか曖昧なほどに感情は怒りに支配され言葉を返す余裕なんか無かった。俺の振り上げたこぶしは木山を力の限り殴り倒していた。
「てめぇ!!」
木山はもちろん起き上がり殴り返してきたが運動神経の良かった俺は木山に負けることは無かった。しかし、俺が数発木山を殴ると背後から木山の取り巻きに押さえつけられ俺はその後しばらく起き上がれなくなるほど殴られた。だが、痛みはそれほど無かった。それよりこれで明日から木山達も翔太に変な因縁を付けて嫌がらせをする事は無くなるだろうとそう思っていた。
しかし、事態がさらに急変したのはその翌日からだった。
登校してきた翔太が顔面にあざを何個も作り目の上は目がはっきりと開かないくらい大きく腫れ上がっていた。
「おい、翔太どうしたんだよ!?」
「佑真ありがとな、昨日俺のために木山達を殴ってくれたんだろ?」
何でお前がそんな目にと言いかけた口を紡ぎ、理解した。木山は俺への腹いせを翔太に対し行ったのだと。
だったら俺はどうすればよかったのだ。俺はただ翔太を助けたかったのだ。しかし、自責の念は十五歳の人間を深い闇の中へ簡単に叩き落とした。目の前が真っ暗になり、呼吸の仕方を忘れたように息苦しくなる。
「いや、俺は……」
謝って済む話ではない。それでもとにかく謝らなくてはいけないと思ったのに震える声では言葉もまともに喋れず、翔太の顔を見る事も出来なかった。
クラスメイトも翔太の異変には流石に気付きざわついたが恐らく木山達と揉めたのだと察すると誰も話しかけては来なかった。
「でもよ、もう良いんだ。俺のためを思うならあいつらに何もしないでくれ。お前の気持ちだけで俺は嬉しいからよ」
「でもそれじゃあお前は――」
「佑真、お願いだからもうなにもしないでくれ」
腫れ上がった目で真っ直ぐ見つめる翔太にかつての笑顔など無く俺はただ無言で立ち尽くす事しか出来なかった。
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