第9話 休日

この学校も土日休みという五日間の疲れをわずか二日ぽっちで癒せなどというアホらしい全く無理難題なシステムを導入している。


これはもう現代に残る我が国の悪しき風習としか言えないだろう。加えてだ、土日は平日に比べ驚くほどに体感時間が早く瞬く間に明くる月曜へと時間をすっ飛ばしてしまう。


俺は思うね、休日をもっと増やせば働く意欲は上昇し生産効率は上がって国民幸福度は間違いなく世界一位になるだろうと。今すぐ日本は休日を増やすべきなんだよ。久しぶりに学校に行って改めて思ったね。あとあれな、ゴールデンウィークとか言うけどさぁ、たった五日間でゴールデンは厚かましいよな。あれ、百歩譲ってもブロンズくらいだろ。なんならメッキの可能性まである。まぁ、今年のゴールデンウィークは家に引き籠ってたし俺には全く関係なかったんだけどな。


とにかくだ、今日は二日しかない貴重な土日休みの一日である。


太陽は既に天高く上り、土臭い地面をじわじわと焼き尽くさんばかりに照っている。こんな日に外にいようものならたった数分で不快指数は計測可能範囲を突破するに違いない。


しかし、一部の天才によって生み出された文明の英知はこんな暑さなどものともしない、自由快適としか表現できない室内を作り出したのだ。不登校の俺達には勿体ない設備が整えられているこの部屋では一日寮から出ずともそれなりに充実した一日が過ごせるのだ。


俺は自宅から持ってきていた一枚のDVDディスクを取り出すと思わず口元が緩む。


これは俺が普段読んでいるホラー小説が映画化したものだ。今日はこれを見るとずっと前から決めていたのだ。原作のあの名シーンが映像で見られる日が来るとは感動のあまり思わず男泣きをしそうなくらいに心が躍る。


そうやって映画視聴の準備を着々と進めている時だった。インターホンと共に聞きなれた大声が普段は左隣の席だが今日に限っては玄関のすぐ外から聞こえてきた。聞こえてしまった……。


「おーい!磯野ー、野球しようぜー!」


玄関の外にいるのは男なら誰でもひょいひょいと軽い足取りで出迎えたくなるような美少女面だろう。だが、アホだ。アホで面倒だ。つまり、俺の取る行動は無視である。


しかし、しばらくそうしていても残念なことにアホに無視は通じないらしく「おーい!」とインターホンを交互に繰り返し耳障りな二重奏を奏でるのだった。こいつ、どんだけ磯野と野球してぇんだよ。


仕方なく俺は立ち上がるが、しかし野球をする気はミジンコの全長ほども無い訳で玄関の扉を数センチだけ開ける。


「あっやっと気が付いたのね。さっ野球しに行くわよ」


グローブを頭にかぶりバットを肩にかけた男らしい立ち振る舞いの玲那がぱっと表情を明るくする。


「野球はしないし、それから俺は磯野じゃねぇ」

「野球しないならサッカーとか?こんな天気良いんだからそれもありね」

「いやどっちもしねぇから。俺は忙しいんだよ」

「忙しいってなによ?勉強なら教えてあげるわよ」


小首を傾げ提案する玲那に俺はそれでも数センチのドアの隙間から必死の抵抗をする。


「何でもいいだろ、とにかく自分の部屋にとっとと帰れよ」

「ははーん。そんなに隠すって事は何か面白い事があるに違いないわね。ちょっと中にお邪魔するわよ」


ニヤリと笑うと言うが早いか玲那は力強くドアを開けようとするがもちろん俺は抵抗するで、拳で!


「いやだ!なんで部屋に上げなきゃいけないんだよ」

「いいから開けなさいよ。力で私に勝てると思ってるの?」

「逆に力でしか勝てないと思ってるよ」

「あんたが私に勝ってるのは身長ぐらいなもんよ!」


そんな言葉に一瞬落ち込み脱力した隙を玲那は見逃さなかった。


「あっしまっ――うわっっ!」


目一杯の力で扉を開くと俺はその勢いのまま玄関先に放り投げられる。


「よーし!侵入成功ね」


そして玲那は笑顔満開で俺と入れ替わるように「お邪魔しまーす」と口にすると無遠慮にずかずかと部屋へ入って行った。くそっ、今のは力では勝ってたんだ。インチキだと、俺は冷たいコンクリの地面を叩き悔しさをぶつけた。


「あーこれ見るんでしょ!私ホラー映画ってあんまり見ないのよね。わー緊張してきたわ」


俺が部屋に戻ると一つしか無い座椅子に堂々と腰を下ろしあっさり見つかってしまったDVDディスクを手に取りながら瞳をきらきらと輝かせ淡い桜色の唇を動かす。どうやら完全に二人で見るつもりらしい。


「あーもう分かったから落ち着け」

「あっ飲み物は炭酸ね!超強いやつ!」


コンパクトに膝を抱えて座り手元にあったクッションを抱え込む玲那はもう自分は動かないんだというアピールなのだろうか。


「はいはい」


軽く返事をして望み通り炭酸飲料を紙コップに注いでやる。このホラー映画にビビり散らかしてさっさと撤退しやがれとそう思いを込めて注いでやった。


仕方なく映画は二人で見る事になったのだが、まぁ映画なら二人で見ると言っても始まってしまえば会話をする事もないし流石の玲那も大人しくなるだろう。


……しかし、そんな考えは甘かった。甘すぎたのだ。


息を呑み鳥肌が立つような神がかった演出の一つ一つに俺は感動しているのにその横で玲那は「きゃぁぁーー!!!!」とヒロインの絶叫を掻き消すような叫び声をあげ、ヒロインが暗い夜道を頼りない懐中電灯の明かり一つで恐る恐る歩くシーンでは「これ来るわよね?あの木陰から来るわよね?……あれ?来ないじゃん。って来た!きゃぁぁぁーーーー!!!!」と悲鳴。


最終的にはこの映画一番の見どころの狭い小屋の中でヒロインが殺人鬼に追いつめられるシーンで「ちょっとこれ佑磨やばいんじゃ……あぁ無理!無理!」と叫びながら俺にチョークスリーパーを極める。


「おい、死ぬ!ヒロインじゃなくて俺が死ぬ!」


甘い香りに包まれながらも鬼の形相で必死にタップしてギブを訴えるが


「いや、無理!もう無理!!」


目を瞑りながら極める玲那のチョークスリーパーは一層力が込められる。


「俺が…無理…」


遠くなっていく意識の中で俺は強く思った。何でこいつホラー映画見たがったんだよ……。


そんなこんなで異常な恐怖と共に二時間弱の臨死体験付きホラー映画視聴は命だけは無事に終了を迎えた。

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