XX7:住人

 静かにじっとデスクに向かっていた小内は、首を傾げると急にあたふたと動きだした。

 小内はあちこち何かを探すようにひっくり返している。書類の下、デスクの戸の中、ペン立て、制服のポケット……あちらこちらに手を当てて、目をきょろきょろとさせている。

 俺は暫く見守っていたけれども、小内が一向に落ち着かないので手を止めて声を掛ける。


「小内、どうかしたか」

「いえ、あの……印鑑が見つからなくて」


 彼女は、少し恥ずかしそうに俯きながら言った。


「今さっきまで使っていた筈なのに、どこかにいってしまって」

「あー、わかるわかる。俺もよくやるよ。どっか変なところに置いちゃってたりするんだよな」


 小内は眉尻を下げて、困ったように息を吐いた。


「たぶん、そのうち出てくると思うのですけれど。ちゃんと決めたところに戻していなかった、私がいけないですね」


 そんな彼女の言葉に、俺はふと思い出したころがあった。


「そういえば、こういうとき、実家では”小人に持ってかれた”って言ってたな」

「小人……ですか?」

「うん。家にはこっそりと小さな人が住んでいて、俺たちの持ち物を持って行ってしまったり、いたずらをしかけてきたりするんだって。だから、持ち物がなくなったときは、小人さんが持って行っちゃったって言ったりして――」


 そこまで話して、俺ははっとした。小人さんって――我ながら、かなり発言がメルヘンすぎる。

 我に返ると一気に恥ずかしさがこみ上げてきた。だが、彼女に話したことは嘘でもなんでもなく、本当に外村家ではそういう言い方を昔からしていたのだ。誰もそれが本当にあることだと思っているわけではない。もはや、常套句として「ああ、小人のせいだわ」みたいな感じで使われている。

 だけれどそのニュアンスは伝わりづらい。いかにも、俺がメルヘンな思考のような発言になってはいやしないか。

 だが俺の心配はよそに、小内は関心したように言った。


「なんだか、かわいらしいですね」

「ま、まあ、子供だましだけどな」

「私は好きですよ、そういうの。日本でも海外でも、そういう類の伝説というか逸話は、多く残されているって聞いたことありますし。そういうことを考えると、決してただの作り話っていうわけでもないのかもしれないですね」


 考え込むように、こてんと首を傾けた。それから、ああ、と声をあげる。


「私も昔、似たような話を祖母から聞いたことあります」


 小内は思い出すように、宙を見上げて続けた。


「小さな頃、祖母の家に泊まりにいくと、たくさんお菓子を用意してくれていたんです。でも必ず私と、兄弟の分と、あともう一人分多く用意してあるんです。どうしてかって聞いたら祖母が言ったんです。”目には見えないけれど、この家にはもう一人子供がいるのよ。その子のご機嫌を損ねたら大変なことになるからね”って。きっと同じようなものですよね」


 ……それは何か、違うのではないだろうか。

 何が違うのかといわれると、はっきりと答えられないけれども。ぞぞっと俺の背筋に寒気が走る。その家には――小内の祖母宅には、何が住んでいるというのか。


「あっ、外村さん!印鑑見つかりました!まさかこんなところに転がっているなんて……何でさっき見つからなかったんだろう」


 暢気な小内の言葉に、俺はひきつった笑みを返した。


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僕と彼女と「怖い話」の話 藤あじさい @fjryo-9667

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