最終話 二人のこれから
結局、菜穂を学校で捕まえることはできなかった。先に帰ってしまったみたいだ。
でも、俺たちは家が隣同士で、いつも夕飯を一緒に食べる。
だから、菜穂が俺を避けてもすぐに顔を合わせることになる。
その日は菜穂が夕飯に降りてこなかったので、二階の菜穂の部屋をノックした。
「菜穂?」
「今、公一には会いたくない」
扉越しに答えが返ってくる。例によって他の家族は家にいない。
「どうして?」
俺は静かに問いかけた。
「だって、公一と塩原さんが……キスしてた」
「あれは塩原さんに強引にされたんだよ」
「……美少女にキスされて、嬉しかったくせに」
「俺には菜穂しかいないよ」
「嘘つき。二人は付き合ったんでしょう?」
菜穂の言葉には責めるような響きがあった。俺ははじめて、菜穂に少し憤りを感じた。
俺は菜穂を何度も好きだと伝えている。なのに、菜穂はそのことをまったく理解してくれていない。
そして、菜穂が俺のことなんてどうでもいいなら、こんな嫉妬みたいな態度を取る理由はない。
塩原さんは、俺も強引にするべきだと言っていた。その助言に従ってもいいのかもしれない。
俺は部屋の扉を開けて、強引に中に入った。鍵はかかっていなかったのだ。
部屋着姿の菜穂が顔を赤らめる。肩出しのキャミソールにショートパンツというラフな格好だ。
菜穂はベッドに座っていて、枕を抱きしめていた。
「女の子の部屋に勝手に入るなんて、最低っ!」
「菜穂が俺を避けるからだよ」
「わたしは公一のことなんて大嫌いなの! だから放っておいてよ!」
「それが菜穂の本心?」
俺が静かに問うと、菜穂は「……っ!」と言葉に詰まった。
少しためらってから、俺は菜穂の隣に腰を下ろす。つまり、ベッドの上だ。
少し大胆かもしれない。
菜穂の部屋に入ったことは何度もあるけど、今回は緊張した。菜穂も身体を固くしている。
「塩原さんの告白は断ったよ」
「キスされたのに?」
「だって、俺は菜穂のことが好きだから」
そう言うと、菜穂はますます恥ずかしそうに、枕に顔を埋める。
これが俺の本心だ。
「……公一には、塩原さんがふさわしいよ。塩原さんは聖女様で、とってもかわいくて、優しくて、何でも持ってて……あんな子が公一のそばにいるなら、もう、わたしなんていらないよ」
「俺が必要なのは、俺が求めているものを持ってるのは、菜穂だよ」
「わたしなんて……意地っ張りで、わがままで、そんなに可愛くもなくて、いいところなんて一つもないよ。公一にはふさわしくない」
「菜穂は優しいし、可愛いし、いいところがたくさんあるよ。俺がつらかったとき、菜穂はいつもそばにいてくれた。映画を見る楽しさだって、菜穂が俺に教えてくれた。菜穂は俺とは違う考え方を持っていて、だからこそ、一緒にいるのが楽しいんだよ。ずっとそばにいてほしい」
「は、恥ずかしいことを言うの禁止!」
「俺は少しも恥ずかしいとは思ってないよ。だって本気だから」
「わたしはこんな嫌な子なのに、公一のことを酷い言葉で何度も振っているのに、わたしなんて公一に本気で想ってもらう価値なんてないのに、どうして公一は優しいの?」
「俺は菜穂をこの世で一番大事な存在だと思っているから。ねえ、菜穂。俺の告白を受け入れるかどうかは菜穂の自由だ。でもさ、卑屈にはならないでほしいな。菜穂は俺が好きになった女の子で……俺の大事な幼馴染なんだから」
「うん……ごめんなさい。公一に失礼だよね」
「というより、自信なさそうな菜穂を見るのが、つらいんだよ」
菜穂はうつむいてしまう。自分と他人を比較することは悪いことではないし、俺だってしてしまう。でも、菜穂は自分を聖女や他の女の子と比較して、俺に釣り合わないという。
そんなことする必要はないのに。俺の中での一番は菜穂なんだから。
菜穂はじっと俺を見つめた。
「有名な映画にね、『あなたのそばにいるために、私はもっと良い人間になろうと思う』っていうセリフがあるの」
「へえ……なんていう映画?」
「それは内緒。今度、一緒に見よう」
菜穂はふふっと笑う。
「楽しみにしてる」
「うん。わたしも楽しみ。あのね、わたしも公一のそばにいるために、もっと良い人間になりたいと思うの。そうすれば、きっと公一の気持ちを素直に受け入れられると思うから」
「それって、つまり、俺のこと嫌いじゃないの?」
「嫌いなわけないよ。公一はわたしのこの世で一番大事な幼馴染だもの。わたしも、公一のこと大好き」
菜穂はえへへと笑い、頬を赤くした。
俺は思わず、衝動的に菜穂を抱きしめてしまう。その温かくて柔らかい身体を感じて、俺も体温が上がるのを感じた。
「ちょっ、ちょっと、公一!?」
「ごめん。つい……」
「つい、で女の子を抱きしめるのはダメだよ」
「だって、菜穂が可愛かったから」
「そっか……。ねえ、わたし、聖女様より可愛い?」
「菜穂が一番可愛いよ」
「ありがと。ね、聖女様より、わたしとキスしたい?」
「菜穂が望んでくれるなら、もちろん」
俺は答えた。もっとも、それは仮に実現するとしても、遠い未来のことだと思っていた。
けれど、菜穂が俺に抱きしめられたまま、素早く俺に顔を近づける。
ちゅっ、と小さな音がしたのは、すぐ次の瞬間だった。
菜穂が俺にキスをしてくれた。そのことだけで、俺の頭は真っ白になる。
俺の存在を確かめるように、菜穂は俺の唇を離さなかった。
やがて菜穂はキスを終えると、ふふっと笑う。
「ファーストキス、だったんだからね?」
「えっと、その……」
「公一にとってはファーストキスではないのは残念だけど」
「……好きな女の子とのキスは初めてだよ」
「やっぱり、公一は恥ずかしいことばかり言う。でも、ありがと」
菜穂はくすくす笑う。そして、急に真剣な表情になる。
「わたしも変わらないとだよね。いつまでも公一を待たせるわけにもいかないって、思っちゃった」
「今のままでも、菜穂は十分に魅力的だよ?」
「わたしは……聖女でも女神でも天使なんでもないし、性格の悪い女の子だよ。そんなに可愛くもないし、わがままばっかり言っちゃう映画オタク。それでも、わたしのこと、好きでいてくれるって言ってくれて、嬉しかった。あのね、最初に告白されたときから、わたしは公一のこと、好きだったよ」
「なら、どうして?」
「公一の告白を受け入れたら、わたしは公一に依存しちゃうと思ったの。わたしには何もないから、わたしは本当に公一だけの存在になっちゃうと思って。でも、そんなことないよね。公一がわたしを求めてくれるなら、わたしの中にきっと大事なものがあるはず」
菜穂は胸に手を置いて、覚悟を決めたように俺を上目遣いに見つめた。
「公一の良いところはわたし、いっぱい知ってる。かっこよくて、頭も良くてスポーツもできて……誰よりも優しくて、わたしのことを理解してくれる。ね、こんなわたしでもよければ……わたしを公一の彼女にしてくれる?」
菜穂も俺を好きって言ってくれた。
そのことが俺にとってはとても嬉しかった。
「今日から俺たちは幼馴染なだけじゃなくて、彼氏彼女なんだ」
「うん。でも、やることは変わらないよね。一緒に映画を見て、ご飯を食べて……でも、彼女として公一のそばにいられたら、それがもっと楽しい時間になるって思うの」
「俺も、もっと菜穂を溺愛できるね」
「で、溺愛!?」
「しないほうがいい?」
「してくれたほうが嬉しいけど。だって、わたしは公一の彼女なんだもの」
菜穂はそう言って、照れたように目を伏せた。俺は思わず、菜穂を押し倒したくなり、でも、その衝動を抑えた。
代わりに俺は菜穂に言う。
「菜穂、目をつぶって」
「う、うん……」
菜穂はぎゅっと目をつぶり、頬を赤くした。大事なものが壊れてしまわないように、俺はそっと菜穂にキスをする。二回目のキスはとても穏やかで、心地よかった。
こんな優しい時間をこれからも菜穂と過ごせるんだ。そのことはとても幸せで嬉しいことだった。
☆
「へえ、それで、二人は付き合ってエッチをしちゃった、と」
映画研究部の部室に聖女様の声が綺麗に響いた。
塩原さんはジト目で俺と菜穂をにらんでいて、菜穂はわかりやすくうろたえていた。
「き、キスしかしていないから!」
「本当にー?」
「というか、どうして塩原さんがここにいるの?」
「だって、私も映画研究部の部員でしょう? たとえ公一くんと神宮寺さんが彼氏彼女になっても、私が追い出される理由はないよね?」
「そ、そうだけど……」
「それとも、私は二人のアツアツなイチャイチャを妨害するお邪魔虫かな? いなくなったほうがいい?」
からかうように塩原さんは言う。
俺は肩をすくめた。
「塩原さんに出て行けなんて言わないよ」
「でも、神宮寺さんとの二人きりの時間ではなくなってしまうけど、いい?」
今度は真面目な表情で塩原さんが聞く。
俺はこくりとうなずいた。
「まあ、ここは学校の部活だし。それに、菜穂とは家でいくらでも二人きりでイチャイチャできるから」
俺の言葉に、塩原さんは「ふうん」と面白そうに微笑み、菜穂は顔を真っ赤にする。
「こ、公一……恥ずかしいから、やめてよ」
「何も恥ずかしいことはないよ、俺は菜穂の彼氏だし、菜穂とイチャイチャするのは本当のことだし」
「……っ! やっぱり、公一のバカ! でも、大好き」
菜穂はそう言って幸せそうな、柔らかい笑みを浮かべた。 俺も恥ずかしくなってきて、照れ隠しのような、はにかんだ笑みを浮かべる。
そんな俺達を見て、塩原さんはくすりと笑った。
「それで今日は何の映画を見るの?」
塩原さんの問いに、菜穂はうなずく。
「えっとね、ミュージカル映画の『雨に唄えば』」
菜穂はそう言って、プロジェクターを使おうとした。俺もカーテンの窓を締める。
これからも俺と菜穂の日常は続いていく。それが幼馴染から彼氏彼女としての日常に変わるだけだ。
俺たちの日常は、映画で描かれる物語のような劇的なものじゃない。
だけど、俺にとっては菜穂が隣りにいることが、一番の幸せだった。
願わくば、この先も俺の物語が、菜穂の物語でもありますように。
<あとがき>
これにて公一と菜穂の物語は完結です! これからもイチャイチャしていてほしいですね……!
面白かった、菜穂たちが可愛かった、幼なじみ最高!と思っていただけましたら
・☆☆☆→★★★評価を↓のボタンから押していただければとても嬉しいです! 今後の作品執筆の励みになります。
また、私は他にも幼なじみ作品を書いてまして、完璧美少女だった幼なじみと大人になって再開したら、同棲生活が開始!?というものです。
タイトル:清楚完璧な美人のエリート警察官僚上司が、家では俺を大好きな甘デレ幼馴染だった
キャッチコピー:美人幼馴染(26)と同居したら愛が激重。恋人でないのに二人でお風呂!?
URL:https://kakuyomu.jp/works/16817139558995147434
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ハイスペックなイケメン主人公は、平凡なツンデレ幼馴染女子を溺愛する 軽井広💞キミの理想のメイドになる!12\ @karuihiroshi
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