他ジャンル転移!〜格ゲーキャラ乙女向けゲームの世界で傍観者に徹します〜

夏野YOU霊

他ジャンル転移!〜格ゲーキャラ女性向けゲームの世界で傍観者を目指します〜



 ここは対戦型格闘ゲーム「終末ラスト輪舞曲ロンドⅡ〜創生そうせいからの備忘録びぼうろく〜」、略して「ラスロンⅡ」の世界。


 最古の時代に大きな争いを繰り広げ、終戦と共に長き封印についた悪魔、天使、勇者、聖女、魔女、様々な十二人。彼らが「創造主」と言われる存在によって現代へ蘇り、時代の覇権を賭けて一対一の決闘を行う……そういった物語あらすじだ。

 蘇った十二人は現代を生きる人の肉体を譲り受け、案内役となる「万能の書」により導かれ、のどかな世界の裏側で三千年ぶりの戦いは行われる────はずだった。



「どこじゃここは」



 万能の書である私は今、最古に封印された最凶最悪の悪魔──「カラスノヌレハ」様と共にのどかな草原の中、道の真ん中に立っている。





 肩のあたりで揺れる艷やかな黒髪、長いまつげに縁取られる凛としたツリ目、つんとすました桃色の唇。白磁の肌に華奢な四肢、裾の膨らんだ黒のドレス。うら若き姫君の体をした悪魔・・は、私の体──分厚い表紙を鷲掴みにした。


「おう本よ、どうなっておる。儂を戦わせるのではなかったか? 早く儂に血を見せよ、肉を裂かせよ。なんとか申せ本ふぜいが!!」

「落ち着いてくださいませカラスノヌレハ様。私もただいま情報を整理中でございます」


 三千年前の戦争、その際に悪虐の限りを尽くした悪魔、「カラスノヌレハ」。長きに渡る封印を解いた病弱な姫君の体を譲り受け、現代ではその姿で戦いに挑む……という「設定」の「操作キャラクター」だ。



 万能の書、私という存在にはあらゆる知識が送り込まれ、私に知り得ぬことはない。例えば我々のいる世界はとある会社が築き上げたゲームであり、それをプレイする人間がおり、我々はあくまでキャラクターである。そんなことまで知っている。

 十二人のキャラクターに付き従う十二体の万能の書。私達は無数の個体であるが、ひとつの存在でもある。全ての情報は別個体の私にも同機され、今この瞬間にも様々な知識と情報を得ることが可能なのだ。


 私はこの光景をたしかに知っていた。だが理解はできない。「未知の既知」、とでも言うべきか。


 のどかな平原、続く小道のど真ん中。透き通るような青空、遠くに見える町並み。大きな城に似た建物、打ち上がる花火。楽器の演奏。





 この世界は「終末の輪舞曲Ⅱ〜創生からの備忘録〜」と同じ会社が作る、女性向け恋愛シミュレーションゲーム──通称「乙女ゲー」である「トワのキラめき〜School・Story〜」、略して「トワキス」の世界だ。






「ふむ、とりあえずこの世界を破壊すれば良いのだな?」

「この場合に思いつく策の中で何故最悪のものを?」


 こうなった原因も万能である私には理解できる。プレイヤーが「ラスロンⅡ」を起動し、その周囲で誰かが「トワキス」をプレイ中。刹那落雷が起き周囲一体が停電、停電はすぐに復旧したもののその衝撃で私達はラスロンⅡの世界を飛び出し……今に至るという訳らしい。

 現状の説明を終えるとうむ、と頷きカラスノヌレハ様は先のような言葉を述べた。


「我が獄炎波ごくえんはも変わりなし。どうやらこの世界には魔力が満ちているらしいな」

「さようでございますか」


 魔法と礼節を学ぶ「国立アルティカレシア学院」に入学することになった辺境令嬢の主人公。彼女が周囲からの様々な非難に耐えつつ、入学している国の王子や先輩後輩ら、さらには国家転覆を目論むテロリスト組織の長に好かれながら学園生活を送る……というのがこのゲームのあらすじだ。

 魔法の存在する世界である以上、カラスノヌレハ様が技を放てるのも納得はいく。だが乙女ゲーこの世界の魔法と格ゲー元の世界の魔法は世界観が違い過ぎる。


「貴様、万能なぞと名乗るからには勿論戻る方法もわかっておるだろうな?」

「わかっていますともカラスノヌレハ様。万能の名は伊達ではありませぬ」

「ならば良い。早く申せ」


 カラスノヌレハ様はその整った顔を歪め笑う。正しく悪魔の形相で。


「早く我を元の世界へ戻せ! 一刻も早く儂を封じた憎き英雄気取り、ニュウハクの首を刈らねば気がすまん!」

「落ち着いてくださいませ。戻る方法はひとつ……この世界がクリア・・・されることでございます」


 私の言葉にカラスノヌレハ様は「はァ?」と一言口にする。私の言葉、私の知識に間違いはない。この世界はクリアすれば元に戻る。つまり、主人公ヒロインがイケメンと結ばれ、エンディングを迎えれば良いのだ。


「……貴様の説明はわかった。それで? クリアとやらのためにはどうすれば良い。その王子やセンパイ? らをことごとく焼き尽くせばよいのか?」

「いけませんカラスノヌレハ様。我々はあくまで乙女ゲー世界この世界にねじ込まれた異物、正当な主人公プレイヤーがクリアしなければ意味がないのです。つまり我々は下手に動けません」


 ちゃんと主人公がこの世界に存在するのが救いだ。カラスノヌレハ様が主人公となりクリアを目指せと言われれば、その時点で我々は詰みだった。



 私の知識があったとしても最凶と名高き悪魔に「トワの煌めき〜School・Story〜」をクリアさせることは不可能だろう。……ちなみに前作に「Castle・Story」や「Magic・Story」もある。何故我々ラスロンよりシリーズが出ているのか、万能たる私でも理解しかねる。




 今我々がこうしている間にも、主人公達の物語は始まろうとしている。遠くに見える街の騒がしさからして、今は物語が始まったところ……入学の式典を行っている最中だろう。このまま我々が何もしなければ、無事エンディングを迎えるだろう。……だが。


「何故儂が小娘の甘ったるい夢物語の恋愛を何もせず見届けなくてはならんのだ? かつて世界の七割を灰燼かいじんしたこのカラスノヌレハ様が!!」

「しかし下手に干渉すればクリアされない可能性がありますので……それに、物語の恋愛を楽しむのは『姫様』の望みでもあるでしょう」

「……!!」


 私の出した言葉にカラスノヌレハ様は大きく目を見開いた。



 カラスノヌレハ様の肉体は、部屋から出ることが叶わなかった病弱な姫君のものだ。書に封じられた悪魔を偶然解き放った彼女は、悪魔に肉体を譲ることを承諾し身を委ねた。その際に交わした約束──「物語みたいな世界を自分で見たい」。

 悪魔はその約束を受け入れた。そして悪魔は姫の願いを叶えるために世界を蹂躙し、それを特等席で見せると決めたのだ。いやかなり方向性は間違っていると思うが。

 単純に見た目の良さ、意外と情に厚いところ、愛らしい外見から繰り出される悪辣な言動がもたらすギャップ、彼女いや彼? は性能だけでなく内面からも愛されるキャラクターだ。



 姫の話題を出せばカラスノヌレハ様は怯む。自分を解き放ってくれた姫に対しての恩はあるのだろう。このままうまく丸め込めればいいのだが……。


「ええいクソ! しかし大人しくと言われても……!!」

「金銭面の工面は私の知識でどうにかしましょう。カラスノヌレハ様はどうにか魔法を放たず、目立たず、頑張りましょう」


 未だ唸り声をあげるカラスノヌレハ様。さてこれからどうするか。今はオープニングイベント、入学式の最中。主人公は他のクラスメイト……自身より上流階級の令嬢令息達に囲まれて移動している。

 舞台となる学院を目指し街の大通りを皆で歩き、学院を目指すのが入学式だ。その中で周りの令嬢達からひやかしや嘲笑を受ける、というのがその後のイベントに繋げるための前振りである。


「平原の方が逆に目立ちますね。街へ向かいましょう」

「ふん、弱い民衆が儂におののかなければ良いがな」

「それとカラスノヌレハ様……という呼び名は不便ですので、偽名を名乗りましょう」

「む」


 この世界観にはあまりにも似合わない名前。それは良くない。私は万能と呼ばれる知識を総動員し、この世界に相応しい名前を探す。カラスノヌレハ様も偽名に対しては不満ではないらしい。


「……元の名から取り、『ラスハ』と言うのは如何でしょう」

「万能たる知識を使って尚それか。まあいい、儂は寛大だ」


 何故少々不満げなのだろう。万能たる私でも理解しかねる。



 カラスノヌレハ様……いや、ラスハ様は気まぐれと苛立ちで世界を破壊することが可能な存在である。ラスロンⅡのキャラクターの中では最強と名高い。プレイヤーに好かれているのは内面や外見だけでなく、性能も理由にある。


 そんなラスハ様がこの世界で暴れまわれば……元の世界の土を踏むことは二度と叶わないだろう。この世界線データは完全に破壊される。

 そういえば、私達の存在が抜けたラスロンⅡの世界はどうなっているのだろう。他の書と同機を計るが、現在混線中らしくノイズが多く混ざっていた。


「ではまあ、街に向かうか」

「ご案内いたしますラスハ様」


 街に向かおうとしたその時だった。馬が地面を蹴る音、車輪が大地に跡を刻む音が近づく。我々は振り返った──と言っても私に顔などないので表紙を向けたのだが──。



「何者だ、お前達」



 金属や歯車、機械で出来た馬に馬車を引かせ、同じような無数の兵隊を侍らせる一行がこちらに近づいていた。ラスハ様が怪訝けげんそうな顔をすると同時に、馬車の中からこちらへ向けられた声。この声、この一団、間違いない。


「聞きたいのはこちらじゃ。人に問うなら先に名乗れ」


 地の底から響くような低音でラスハ様が言う。まずい、止めねば、あの馬車に乗るのは──



「この国の王子に向かって随分と大胆な態度だな」



 そんな言葉とともに馬車から現れたのは、長い紫がかった銀髪を青のリボンで束ね、そろいの色をした瞳を持つ美丈夫。豪奢な礼服、腰に携えたのは無数の宝飾で彩られたレイピア。その整った顔立ちに細身の立ち姿。間違いなく、今作「トワキス」におけるメインイケメン、舞台となる国の王子「リヒルデ・ヴォン=デヴォルテ」だ。


「何故この私が名乗らねばならない。女、お前が先に名乗るべきであろう」


 彼もまた主人公の通う学院に入学する生徒だ。彼の持つ優れた魔法の才、また王子という地位故に学院では神格化というレベルで尊敬と好意を集めることになる。彼が今従える馬車も兵士も、彼の魔法の力により操られるゴーレムであった。

 彼は誰にも頼らず王城より自身の力のみでここまで来たのである。他の令嬢令息らは、多くの護衛に守らせた馬車で移動したにもかかわらず、だ。


「答えろ女、貴様は何者だ。その風貌からしてどこぞの令嬢か? だがなぜこんな場所に?」


 傲慢ごうまんちきな態度に、ラスハ様は体の後ろで拳を構える。私が見つかると厄介だ。ラスハ様の影に隠れ、小声でささやく。


「お怒りになられぬよう、ラスハ様。奴は我々のことなど存じ上げませぬ。我らの百分の一も生きておらぬ小僧に憤ることなどありません」

「うむ、わかっておるわ」

「おい、無視とはいい度胸だな」


 何も知らない王子様は随分不機嫌な様子。我々が立つのは道の真ん中、普通の人ならば王族の馬車が見えた途端道端に避け跪くはずだ、と思っているのだろう。流石に轢く訳にはいかない。


「私を見ても誰かわからないとなると、相当な田舎者か。行く宛がないのなら、私の召使いとして学園までついてきてもいいが」


 彼は幼き頃に母親を亡くし、次期王子という負担を背負わされ生きてきた。誰も頼る人がおらず、誰にも弱みを見られないように生きてきた彼は自身を守るため傲慢になるしかなかった。たとえ皆から嫌われたとしても。

 この後遅れて合流する式典にて起こる「あるトラブル」で主人公と出会い、王子としてひれ伏す皆の中、唯一王子へ対等に接した主人公に惚れ込み、主人公に対してのみ態度が甘くなる……というまあよくいる王子様キャラだ。


「おいあやつ消炭にして良いか」

「無視して大人しく道を外れましょう。そうすれば奴は去りますゆえ」


 怒り心頭なラスハ様をなだめ、道の端へ誘う。大人しく背を向け道を外れる我々を見、リヒルデ王子はふんと鼻を鳴らした。


「まあ、私の側につくならばもう少し小綺麗で淑やかな娘でなくてはな。貴様のような辺境生まれ丸出しの娘を側に置いては王国の程度が知れる」


 ぶつり、を超えてばちん、と言う音がした。ラスハ様は向けた背をくるりと反転。王子の馬車に向かって一、二、三歩。王子もむ、と馬車の上からラスハ様を見下ろす。ラスハ様は無言で手を突き出した。



獄炎波ごくえんは



 その手から吹き出したのは魔界から引きずり出された黒の炎。馬車からそれを取り囲むゴーレムからすべてを炎は飲み込んだ。

 ラスハ様にとって外見の侮辱は恩人の侮辱と同義。つまりド地雷である。




 ──────




 眼下に広がるのは賑やかな祭りの様子。入学の式典は街中を上げて大盛りあがり。きらびやかな装飾で飾り立てた令嬢令息が背筋を伸ばし道を歩く。我々はそんな彼ら彼女らを見下ろし、屋根の上を飛び回っていた。


「何故この儂が人命救助なぞ……!」

「仕方ありませぬラスハ様。王子がいなければ主人公達はここで死んでしまいます!」


 主人公も参加する式典の最中、魔法で優劣が決まる現体制に不満を持つ、魔法を使えない民衆によるテロリスト集団「赤ずきん」が襲ってくる。


 そして命の危機に陥った主人公の元に、遅れてやってきた王子が現れ助ける──というのがオープニングの山場。だが今回、ラスハ様が怒りに任せ王子を焼き飛ばしてしまった。これでは間に合うことができず、主人公が死んで物語は終了だ。そんなことになっては我々も困る。ので、今こうして主人公を守るべく私達は街にやってきた。


「羽根を使えたのは大きいな!」

「細かな位置は私にお任せを。ラスハ様、なるべく魔法は使わず、破壊はせずでお願いいたします」

「ふん、儂に命令するでないわ!!」


 ラスハ様の固有技「肉体変転」。魔力により体を弄る技。それにより生やした黒の羽根で空から様子をうかがう。

 テロリスト達の潜伏場所も、万能たる私は知っている。すべての情報を把握している。


「ラスハ様。右下の路地裏、右斜め後方の煙突の影」

「任せよ。この悪魔カラスノヌレハに倒せぬ敵は無い!」


 ラスハ様は羽根を解除し、空中に手をかざす。広げた手の中、黒々とした闇が収縮し、形を成した。顕現するのは長尺の獲物。ラスロンⅡ内でも扱う「極天ごくてん」と呼ばれる、鎌のような刃と槍の刃先を兼ね備えた武器。リーチも長いため魔力を使わず、建物を破壊せず敵を仕留めるには最適だ。



 テロリストの作戦はこうだ。

 路地裏に潜む連中が一斉に発砲、その音で学生達が気を取られた隙に、屋根の上に潜む連中が護衛のゴーレムを暴走させ、襲わせる……といった簡素で誰でも思いつきそうな策。

 彼らにとっては「こういうことをする奴らがいる」ということを知らしめたいだけであり、何人仕留めるかなどは考えてもいない。ひとりでも殺せば目的達成だ。

 私のような万能の存在からしたら不思議でならない。何故完璧の策がありながら、人はそれに辿り着けないのだろう。



 ラスハ様は屋根板を踏み込み、後方に飛ぶ。空中で回転しながら、煙突の影に隠れたテロリストの背後を取った。私は上空からそれらを伺う。数は五名、その横にゴーレムの暴走に用いるのであろう装置が置かれていた。


「なんだお前!」


 そう叫んでこちらへ拳銃を向けてくる。魔法だ馬車だと言いながら、コルト・パターソン型の拳銃という現代兵器が出てくるあたり今作は設定が「ガバ」だな。

 銃弾の速度、そんなものはラスハ様には届かない。すっと軽く首を反らし、極天を握った手を揺らすだけでかわした。距離を詰め、テロリスト達が被ったフードを掴み、走る。

 圧倒的な力と蹴り上げで、屋根板を巻き上げテロリスト五人を引きずりながらラスハ様は駆ける。そのまま、他のテロリスト達が潜む路地裏に叩き込んだ。


 薄暗い眼下に叩きつけられる三名、既に意識はない。突然気絶した仲間が降ってきて驚く連中、ラスハ様はそのまま真下へ落下した。

 突然の襲撃に驚く彼らは三人、すぐさまラスハ様は極天を振るった。長い柄の部分がまとめて連中の腹を薙ぐ。壁に叩きつけ、それからラスハ様は広げた手を突き出した。


烈鎖打尽れっさだじん!」


 その手から出現したのは黒の炎を編んだ鎖。一同をまとめて縛り上げ、壁に拘束した。ラスハ様の強みでもある縛り技。ラスロンⅡ内では一瞬動きを止める技だがこの世界ではそうはいかない。テロリスト達は一瞬のことに対応しきれずもがくだけ。

 にぃ、とあくどい笑みを浮かべながらラスハ様は再び飛んだ。


「他はおらぬか!」

「あとはボスひとりでございます。ですがそのボスは逃さなくてはなりません」


 テロリスト集団のリーダーは、魔法を使えず皆に見下されてきた狩人の少年だ。幼き日に、傷ついた心を主人公に救われた過去を持つ。そしてこの事件の最中に主人公と再会し……ここでは割愛するがとにかく彼もまた攻略対象のイケメンだ。


「他の連中が逮捕されるのはシナリオ歴史道理なのでご安心を」

「心配などしておらんわ! 殺さぬようにする方が大変だな!」


 また屋根に上り、街並みを見渡す。しかし待て、作中では主人公がリーダーと一瞬すれ違い、その直後にゴーレムの暴走が起き、そこで王子が来る。今ゴーレムの暴走を起こす人材は皆縛り上げてしまった。この場合は────


 突如響いた発砲音。方角は先の路地裏、縛られたテロリスト達が必死にもがき発砲したらしい。その音で学生達の歩みが止まる。


「ラスハ様!」

「わかっておるわ!!」


 屋根の上、赤いフードを被った影。奴がリーダー、手に下げるのは無数の爆弾。なるほど、こうやって「テロが起こった」という事象は保たれるのか。だがここで死人を出すわけにはいけない。それは歴史シナリオに反することとなる!


 主人公の歩く列、その上空に撒き散らされた爆弾。発砲音に気を取られた彼ら彼女らは気づかない。先程すれ違った主人公に、かつて自身を支えてくれた少女の面影を見た気がしたテロリストは────それを忘れるように笑った。

 私は人前に姿を表すことができないため、屋根の上に潜みラスハ様を見守る。まあ見守ると言っても、ラスハ様にとってこのようなこと造作もないだろうが。



 導火線が距離を詰める。それが辿り着く刹那、黒の影が主人公と爆弾の間に滑り込んだ。影で覆われた視界に気づき、ようやく主人公が顔を上げる。

 爆弾へ手をかざす。艶めかしい黒髪の隙間から覗く凶悪な光を宿した金の瞳が輝いた。



獄炎波ごくえんはァ!!」



 黒の炎が爆弾を包み込んだ。瞬きの後爆弾は凄まじい音を立てて破裂する。しかし黒の炎が壁となり、爆炎が主人公を始めとする生徒達を焼くことはなかった。地上の人が生み出す炎が、世界を無に帰すほどの魔界の炎に勝るはずがない。

 呆気にとられる生徒達、ラスハ様は空中でくるりと向きを変え、腰を抜かした主人公を見下ろす。


「大事ないか」


 淡々とした確認作業。目立たないという案は失敗したが、すぐにこの場を立ち去ろう。私は生徒達の死角を縫ってラスハ様の側へ飛ぶ。その瞬間、だった。


「────さい」

「む?」


 何を言った? 万能たる私の耳にも聞こえなかった。刹那、私の情報にノイズが走る。これは新たな情報? 同一個体からの同機がようやく可能になったか。



「命を救ってくださりありがとうございます! 一目惚れしました私と結婚してください!!」

「はァ?」

「は??」



 私とラスハ様は同時に声を上げた。私に刻まれた情報、それは。



 ──先の停電により、私達「ラスロンⅡ」のキャラクターは皆、周囲で起動されていたゲームの世界に転移してしまった。私達は皆バラバラの十二のゲームに転移してしまったのである。

 そして転移先のゲームをプレイ中だったプレイヤー達は皆、各自がプレイしていたゲームの主人公に転生・・してしまった──




「名前を、名前を教えてくれません!? 貴女みたいなキャラ初めて見た! ド好み超好き! あっやべ主人公ロール忘れたまあいっか! え〜これなにこれ裏モード的な?」

「あ、おい……おい、待て、どうにかせよ!!」


 ……情報を整理しよう。私達は格闘ゲーム「ラスロンⅡ」の世界から女性向け恋愛シミュレーションゲーム「トワキス」の世界に転移した。そして「トワキス」をプレイ中だったプレイヤーは主人公に転生した。私達は主人公がゲームのエンディングを迎えるまで元の世界に戻れない。今主人公たる「元プレイヤー」は、命を救われたラスハ様に一目惚れした。


「ラスハ様」

「うおーッ!! あれなに隠し要素的な??」


 路地から姿を現した私に驚く主人公を無視し、私はラスハ様を呼ぶ。世紀の悪魔は本編では見せない顔二次創作のような顔をしながら私を見た。


「逃げましょう」

「従おう」


 しがみつく主人公を振り払い、私達は空に飛ぶ。見下ろした視界、目を輝かせてラスハ様を見る主人公と呆気にとられ動けない生徒達。まずい、どうするか。ラスハ様に惚れ込んだ彼女はイケメン達とエンディングを迎えられるのか? いっそ彼女にエンディングを迎えれば元の世界に帰れると言えば……いや、元の世界に帰りたくないなどと言いだす可能性もある。


 頭を抱える──頭などないが──私を引っ張り、ラスハ様は街の入口から離れた小道へ着地した。ラスハ様も困惑しておられる様子。事情を説明しようと思った矢先。


「……! 貴様!!」


 響いた声に顔を上げる。そこにいたのは苦々しい顔をしたイケメン王子。先程ラスハ様の地雷を踏み、獄炎波で黒焦げにされたイケメン王子だ。ようやくここまで来たらしい。


「よくも私の顔に泥を塗ってくれたな!」

「どうするまた焼くか」

「やめましょう。今度こそ無視です」


 彼は随分ご立腹な様子で、焼け跡の残る馬車から降りてくる。


「王子たる私に臆しもせず! 敬いもせず! あまつさえ得体のしれぬ凄まじい技で私を襲い……」


 王子はずかずかとラスハ様に近寄り──膝をついた。


「あまりにも圧倒的で……美しかった」


 そのままラスハ様の手を取る。恭しく、大切なものを包むように。




「このような胸の高ぶりは初めてだ……。とうか私の妻になって欲しい、名も知らぬ姫君」




 そうだ、この王子は最初の選択肢で「ビンタする」を選ぶと、俗に言う「おもしれー女」で好感度が上昇しキャラクターだった。

 ラスハ様は無言で重ねられた手に向かってもう片方の手を伸ばし──通過し、王子の眼前へ掌を向けた。




六道灰燼波りくどうかいじんは




 濁流のように押し寄せた暗黒の炎が背後の馬車ごと王子を焼いた。うむ、これはあの王子が悪い。仕方ない。だがまあなんとなく、死んではいないだろうという自信がある。乙女ゲームの序盤で死人は出まい。



「おい本」

「はいラスハ様」



 燃え盛る炎の照り返しを受けながら、ラスハ様は真顔で私に問う。



「これからどうする」

「どうしましょうねぇ……」



 私達は無事元の世界に戻ることができるのだろうか? 格闘ゲームのキャラクターが、恋愛シミュレーションゲームの世界で「なにもせず」過ごせるのだろうか?

 とにかくわかること、それは。



「もう目立たないというのは不可能ですね」

「うむ」



 万能の書、その記述に刻もう。「他ジャンルに転移するとロクなことにならない」と。


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