第10話

赤い土。そこから、飛び立つぷっくりとした腹の小鳥たち。風には青い色がついているみたいだ。おれは窓の外を眺めていた。すぐ近くには橋がある。100人くらいの人夫たちが、鞭でぶっ叩かれながら作ったという。大昔の話だ。あんまりサボると、ひどい時には首をはねられたらしい。血液の染み込んだ橋。歴史は常に残酷なのだ。

おれは、家政婦の焼いたベーコンと目玉焼きを食べる。ベーコンは塩辛い。フォークで

目玉焼きを切り裂き、どっぷりとした黄身を口に運んだ。粘りつく味。こいつが成長したら、あの生命力いっぱいのヒヨコになるなんて信じられん。黄身は、生命力の粘液だ。窓

から外の風景を見つめ、ベーコンと目玉焼きを食べながらこうしたことをひたすら考える。

自分の気持ちを落ち着かせようとするおれ。

どうしてか?


おれのベッドの上には、父親が座っていたのだ。あぐらをかき、新聞を読んでいる。そして、時折、おれの顔を見たりする。

ちら、ちら、と監視している。

おれは、隣の街の娘と結婚することになった。父親は反対していた。たぶん、ひとり息子のおれが、自分の手から離れるのが我慢できないのだ。父親は、おれを愛していた。おれはそれを感じるたびに、重苦しい気分になる。おれは、そんな時には恋人の姿を思い浮かべようとするが、上手くいかないものだ。

親不孝者。

おれの心のなかで、誰かが呟く。

おれは、親不孝者かも知れない。あんなに父親に世話になったのに、父親を捨てて結婚しようとしているのだから。

おやふこうもの。

また、声が聞こえた。喉の奥で、卵の黄身が粘りつく感覚がする。いやな感じ。自分のしていることが、すべて悪いことのような気がしてきた。

どこへいくんだ?という父親の声を振り切って、おれは橋までやってきた。風が冷たい。

すると、鞭を持った男がやってきて、おれをびしっ、びしっ、と叩いた。一発一発、憎しみと力が込められていた。血が滲む。やがて、血液が乾いて、おれは、赤黒い芋虫になってしまった。

父親を裏切った、汚ならしい、赤黒い芋虫にになってしまった。

汚ならしい芋虫には、生きている資格はない。やがておれは、酒臭い息をはいている男に踏み潰された。青い液体が、体から飛び散る。おれは、虫けらだ。父親を裏切った虫けらだ。人間以下だ。こうなったほうがよかったのだ。

酒臭い息をはいている男は、よく見ると、おれの父親だった。息子がいなくなるのが寂しくて酒を飲んでいたのだ。

風が吹いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

散文詩 @that-52912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る