第5話  にゃんにゃん

◼️◼️◼️


「何なのですか?これは……」


 私は普段、穂花さんに服を選んで買ってもらっているのですが、どうやら今日新しい服を買ってきたみたいです。


 白いワンピース、デニムのズボン、とても短いスカート、などなど。


 こんな履いてるだけで下着が見えそうなミニスカートを買ってきた件も問いただしたい所なのですが……


 それ以上におかしなものを穂花さんは買ってきていたのです。


「パジャマです」

 

 穂花さんがにっこりしながら答えました。


 ……それは、分かっているのですけれど、私が聞きたいのは


「どうしてパジャマなんですか!?」


 確かに私は今着ているパジャマのサイズが合わなくなっている話をしましたが、どうしてねこみみの、もこもこパジャマを買ってくるのですか!?


 それに、もう春なのに、こんなもこもこだったら暑くなってしまいます。


 それに……こんなかわいらしい服装、私に似合うはずがありません。


「いぬみみのもありますよ!」


「いえ、そうではなくて……」


 そう言ってにっこにこでもう一着、似たようないぬみみのパジャマを取り出す穂花さん。


 もう、なんというか怒る気力が無くなってしまいました。


「さっ!早速着てみてください!」


「嫌です」


 プイッとそっぽをむきます。


 穂花さんがわざわざ買ってきてくれたものを一回も着ないというのはとても申し訳ないのですが、それ以上に穂花さんに調子を乗らせるのは良くないです。


 この前は、申し訳ないからと一度着てみたら、あれよあれよと色々な恥ずかしい服を着せられて写真をたくさん撮られてしまったりしました。


 今回こそは失敗するわけにはいけないのです。


「そんなこと言わないでくださいよ、葵様!きっと似合いますよ!」


「いいえ!今回は騙されません!着ないったら着ません!」


「むぅ……」


 うっ、そんなに残念そうな顔をしないでください。心が痛みます。


 ……いえ、そうじゃありません。こういう隙を突かれていつも穂花さんにやられてしまうのです。気をしっかりと持たなくてはいけません。


「葵様にとても似合うと思ったんですが……」


「お世辞は結構です!こんなにかわいらしいのは私には似合いません!」


 ふんっ!まったく、油断の隙もありません!


 けれど、ここまで嫌だと言えば穂花さんも無理には着せてはこないでしょう。


 今日こそは私の勝利なのです!


葵様には似合うと思ったんですが……」


「かわ……!?」


 い、今、穂花さんが、わ、私のこと、かっ、かわいい、って言ったのですか!?


 いや、だめです、ダメなのです、本郷葵!


 これはいつもみたいに、いじわるに、ふざけて言ってるだけなのです!なのに、こんな、顔を赤くしては……おっ、落ち着かなくては!

 

 し、深呼吸です、深呼吸……


「あぁ、こんなかわいい服を着た、かわいい葵様を見たら私、葵様のことになってしまうかも……」


「だっ……!?」


 




「きゃあ~~!!かわい~~~~!!かわいいですよ!葵様!!」


「くっ……写真はやめてください」


 なんで私はこう、いつも…………


「葵様!!こう、手を!手をねこの手にして、にゃあって言ってみてください!!あと、語尾もこれからはにゃあ、でお願いします!」


「……こ、こうですか?」


「はい!!良いですよ!!それで、『にゃあ』って甘える感じでお願いします!!」


「にゃあ……?」


「うにゃぁァァぁッッ!!!かわいい!!!可愛いです!!」


「………」


 穂花さんの大げさな反応を見ていると何だか恥ずかしくなってくるのです。


 そうです。私が今、顔が真っ赤になってしまっているのは、断じて『かわいい』って言われたからではありません。

 

「はぁ、はぁ、ハァ……!つっ、次は、四つん這いになって、にゃあ、で!!」


「……こうですか、にゃ?」


 言われた通りに床に足をついて、ねこの手のポーズを取ります。


 うぅ、やっぱり恥ずかしいのです。でも、それ以上に穂花さんに喜んでもらえて、胸がきゅーっとなるくらい嬉しくもあるのです。


 恥ずかしさと嬉しさとで身体が火照って、頭があつくなって、少しだけ、なんだか意識が、ぽっーとしてきました。


「はいっ!!最高ですっ!!じゃあ、そのままゴロんって寝っ転がってください!」

「あぁっ!良いです!良いですよ!!次はそのまま丸くなって昼寝している感じで!!」

「かわいいです!!!もっと、うにゃあって感じで!そう!!そんな感じです!!ちょっと半目開いてあくび、お願いします!!」

「うへっっ!!がっ、がわいいです!!うーーんって伸びしてください!!ねこみたいに!!」

「うはっ!もう!!最高ですっ!!!葵様、もう完全にねこになってますよ!!」


「そぉですか?にゃ?」


 ……んふふっ。穂花さんにいっっぱい褒められてとっても嬉しくなってきたのです。


 穂花さんはいっつも優しくって褒め上手でかわいくって、口にはあまり出さないけれど、いつもありがとうって思うのです。


「はいッッッッ!!!!もう、本当にッッ!!わ、私はもう今日死ぬのかもしれません!!」


 穂花さんのその言葉を聞いたとき、さっきまでぽかぽかしていた胸にいきなりズキリと痛いのが走ったみたいになりました。


「い、嫌です……いなくならないで……。穂花さんは、ずっと一緒に居て欲しいです、にゃぁ……」


「ぐはッ……!」


 ほ、穂花さんがとっ、突然咳き込みだしました…!そ、そんな……なんで……こんな病気なの隠して……


 私の頭にベットに横たわる母の姿が浮かび上がりました。


 青白い顔色をしながらも必死に元気に振る舞って私のことを心配させまいとした、あの衰弱した姿。


 その姿が頭の中で穂花さんに重なってしまいます。


「い、嫌っ!そんな……死なないで……私を置いていかないで……!」


「あっ、葵様!?だっ、大丈夫ですから!!さっ、さっきのは冗談ですから!!だっ、だからそんな、なっ、泣かないでください……!」

 

 もう、独りになるのは嫌です。


 また、あの時のような怖い思いは。


 それに、こんなに大好きな穂花さんがいなくなるなんて。


「……ひっく………ぐすっ……嫌…」


「葵様」


「、?」


 暗い思いで眩暈がするほど重たくなった頭に穂花さんがそっと手を回しました。


 すると突然、頭がぽふんっと柔らかいもの包まれました。


 見上げると穂花さんの顔がすぐそこにありました。


「私の胸の音、聞こえます?」


「………んぅ」


 上げた顔を手でゆっくりと戻され、優しく穂花さんの胸に再び抱きしめられました。


 穂花さんの胸の奥から、とくんとくん、と音が鳴るのが聞こえます。


 人の鼓動を聞くのは今まで経験がありませんでした。


 だけれど、穂花さんの身体のぬくもりの向こうから響く心音はとても優しく純んでいて、聞いていると頭の暗い思いが薄れていくのに、胸の奥がきゅっとなるのでした。

 

「きちんとしたリズムでなっていますよね?」


「…………そう、ですか……?」


「え?えっと、そのはずです!多分?大学のときの健康診断で健康すぎますねって言われたぐらいですから」


 慌てた様子と共に穂花さんの心音も一度、どくん、と大きく鳴りました。


 それもあって、心音を聞いたことのなかった私には穂花さんの心音が正しいものなのか判断がつきませんでした。


 けれど、何故か私には穂花さんの鼓動が悪いものだとは全く思い付かなかったのです。


「と、とにかく。そんな葵様に隠すほどの病気があるわけないです」


「……ほんと……?」


「はい。大丈夫ですよ。よしよし……。一緒に居ますから」


「……うん」


 一緒に居ますから。


 それを聞いたとき、ようやく心の底から安心して、私からも穂花さんをぎゅっと抱きしめました。


 そうするとすぐに穂花さんの心臓がバクバクし始めたけれど、いつもの穂花さんだ、と思えてとても嬉しくて少しだけ可笑しくて、少し笑ってしまったのでした。








「……落ち着いてきましたか?」


 どれくらい時間が経ったのでしょう。


 なんだか離れがたくて、とても長く抱き着いてしまった気がするのです。


 最後にもう一度ぎゅっとしてから離れました。


「はい……なんだかとても………?」


「どうしました?」


 熱に当てられて靄が掛かったようになっていた頭の中が急速に晴れ渡っていくのを感じました。


 そして同時に私がどんなことをしてしまったのかを知覚していき………

 

「っっ!!?えっ?」


「?」


 なっ、わ、私、これまでいったい何を……!?


 こ、こんな猫の着ぐるみみたいなパジャマを着て、あんな恥ずかしいポーズを撮られた挙げ句、冗談を真に受けて穂花さんに泣きついて


 し、しかも最後、あんな、私からも、ぎゅっうってハグをして……!!?


「きょっ、今日はもう、ね、寝ますね。ほ、穂花さん。戸締まりお願いします」


「え?まだ6時にもなってませんけど……」


「お、おやすみなさいっ!!」


「あ、葵様!?えっ?おやすみなさいっ!」


 あぁぁぁぁ……………!!!!!!


 私、なんてことを……!!!!!!


 も、もう穂花さんと次会ったら私、どんな顔をしたら……!!?











 翌朝、起きると私を心配してくれた穂花さんがベットで添い寝をしていたことに気付き、昨日のことの恥ずかしさで顔が真っ赤になって鼻血を出してしまう事件が発生してしまうのでした。

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私のメイドがえっちすぎる! 森野熊次郎 @KUMAGIRO23

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