第6話 どうなる?!俺たち…
目の前で、千鶴がゆっくりと目を閉じる。
綺麗な黒髪を風にサラサラと遊ばせながら。
薄く開かれた唇に、俺も目を閉じながらゆっくりと近づき…
「ちょっ、千鶴?!浮きすぎだからっ!」
これは最近気づいた事だが、千鶴が浮き上がる高さは、興奮の度合いに比例しているらしい。
今、俺の目の前にあるのは、千鶴の腹あたり。
慌てて千鶴を引き下ろそうと体ごと抱きしめると、ちょうど俺の手が千鶴のケツに触ってしまった。
「ちょっ、正人くんのバカッ!エッチ!」
離してよっ!
とポカポカと頭を叩かれるが、千鶴の体はますます浮き上がろうとするし、とても離すことなんてできやしない。
「イテッ、落ち着けって!千鶴っ!俺まで浮くって!」
なんとか手の位置だけは千鶴のケツからずらすと、千鶴はやっと落ち着いてくれた。
満月が輝く夜空の下。
千鶴が体毛に覆われ大きく尖った俺の耳を、愛おしそうにサワサワと撫でる。
「カッコいいよね、この耳。この手も爪も」
千鶴が『どうしても見たい』とせがむから、俺はわざわざ千鶴と満月の登る夜空の下で待ち合わせたのだ。
「『バケモノ』って、逃げないんだな」
「…イジワル言わないで」
泣きそうな顔の千鶴を、そっと抱きしめる。
あの日。
大好きだったチイちゃんに傷つけられた俺の心は、今、すっかり大きくなった大好きなチイちゃんに全ての傷を癒やされた。
仕方なかったのだ、あの時の千鶴の反応は。
何も知らない子供の反応としては、当然の反応だったのだろうと今では分かる。
もし、チイちゃんと皆既月食を見に行く事を事前に俺が母さんに相談していたならば、もしかしたら結果は違っていたかもしれないし。
・・・・もし、なんて考えるだけ無駄だけど、な。
「服脱いだら、もっと凄いぞ?それでも大丈夫か?」
「なっ…なにをいきなりっ?!こんな外で服なんて脱がないでしょ、普通っ!」
何を想像したのだか、千鶴は顔を赤くしながら、再びフワフワと浮かびだす。
俺、心配だから念の為に聞いてみただけなんだけど、な?
満月の光を浴びて濃くなる体毛は、手だけじゃなくて全身だし。
変な下心とか、別に無かったんだけど、な?
「だから、浮かび過ぎだってば」
浮かび続ける千鶴の腕を強く引いて引き戻し、俺はその体をギュゥッと抱きしめた。
多分俺、今ものすごく獣臭もしてると思う。
父さんも、そうだったし。
それでも千鶴は、俺を受け入れてくれるだろうか…
「なんか…匂いもワイルドでカッコいい…」
千鶴の言葉に、俺はホッと胸をなでおろした。
と同時に、千鶴に対する愛おしさが増したような気がする。
堪らず、千鶴の顔を上向けてキスをしようとしたのだが…
えっ…まさかの、俺まで浮いてね?!
足元から地面が離れゆく感覚に、俺は慌てて必死に千鶴の頬をペチペチと叩いた。
「落ち着けっ、落ち着いてくれ千鶴っ!」
何を隠そう、俺は重度の高所恐怖症。
足が地面につかないとか、アリエナイからっ!
「あっ…ごめん」
恥ずかしそうに笑う千鶴は可愛いけど、地面に足がしっかり付くまで、俺は生きた心地がしなかった。
あーあ。
俺、いつになったら千鶴とキスとか…あんなこととかこんなこと、できるんだろうか?
もしかして。
…一生無理とかっ?!
そんな絶望的な想像をする俺の顔をがフイに温かな両手に包まれて。
「正人くん、大好きだよ」
千鶴の唇がそっと、俺の唇に重なった。
その後のことは、ご想像の通り。
月まで浮かぶつもりかと思うほどの勢いで浮き始めた千鶴の体を、俺は必死になって地面に繋ぎ止めたのだった…
まったく、ファーストキスの余韻も何も、あったもんじゃねぇ。
マジでどうなるんだろうな、俺たち。
【終】
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