第5話 8年越しの…

「千鶴、浮いてる浮いてるっ!」

「あっ…ごめん、ありがと」


 イインチョこと星野千鶴と俺が付き合い始めるのに、それほど時間はかからなかった。

 ショッピングモールの一件以来、俺の頭の中はもうイインチョの事でいっぱいになってしまい、思い切って交際を申し込んだら、あっさり受け入れられたのだ。

 既に、満月の光を浴びた俺の姿は見られてしまっているから、『バケモノ』と呼ばれる恐れは無かったけれど、これを理由に断られるかも、とは思っていたのだが。



 成功の秘訣は、なんだろうか。

 お互いに秘密を抱えている絆?的な?


 ただ、よくはわからんが、千鶴はどうやら前から俺のことが好きだったらしい。

 いつからなのかは、聞いても教えてくれないけど。



「親父さん、帰ってこられそうか?」

「どうかな?この間月の近くまでは来たらしいんだけど、どこをどう間違ったのか、今土星の近くらしくて。お父さんの方向音痴にも、困ったものね」


 聞けば千鶴の親父さんは、なんと宇宙人。コントロールは可能だが、重力を無視して浮かぶことができるらしい。

 千鶴は人間のお袋さんと宇宙人の親父さんとのハーフだから、興奮すると宙に浮いてしまうのは、親父さん譲りなのだろう。

 そして今、その親父さんはビザ切れとのことで、一旦故郷の星に帰ってビザを更新してきたものの、方向音痴が祟ってなかなか戻って来られない状況なのだとか。


「千鶴の方向音痴も、親父さん似か?」

「失礼ね、私は方向音痴じゃありません」

「あーそうですか、それじゃ今、俺たちどこに向かってんだよ?」

「どこって、さっき買いそびれたTシャツ買う為に戻って」

「その店なら、反対側だ」

「・・・・ちょっと間違えただけじゃない」


 俺たちが生まれる少し前まで。

 世界中で、少子化により人口が減少の一途を辿っていた。

 妊娠率が世界中で一斉に激減したのだ。

 体外受精、人工授精で子を授かることができるのは、対価を支払うことができる比較的余裕のある家庭のみ。

 このままでは、いずれ『人間』という生物は絶滅するかもしれない。

 そんな危機的状況が世界中を覆い始めた時。

 ある打開策が発表された。

 人外生物(DNAの配列が人間と近い人型に限る)との婚姻の推奨だ。

 専門家曰く、人間のみでの種の保存は既に限界を迎えていたとのこと。そこで、人外生物の生殖能力に賭けたという訳だ。

 人外生物と婚姻した家庭は、政府からかなりの保証を受ける事ができる。加えて、子を成した家庭は更なる手厚い保証を受けることができる。

 そりゃそうだろう。

 人外生物は、人間の世界で普通に生きて金を稼ぐことがなかなか難しい世の中だからな。

 俺の親父なんて、満月の夜に故郷の森に里帰りしてのんびりと散歩していたところを、誤ってハンターに射殺されてしまったくらいだ。

 政府からの保証金が無ければ、母さんだけでは俺を育てることは、きっと難しかったに違いない。


 俺達の両親世代は、ちょうど法律が施行された頃に結婚適齢期を迎えた世代。

 今ではそう珍しくもない人外生物との婚姻だが、当時はまだ相当珍しかったんじゃないかと思う。

 その両親たちから生まれた子供、つまり俺たちは、人外の能力を持って生まれた奴が多く、それが理由のイジメも多かったと聞く。


 …俺のように、イジメを受けずとも、心に傷を負ってしまう子供も。


「正人くんさぁ、いつになったら思い出してくれるのかなぁ?」


 繋いだ手の指で俺の手の甲を小刻みに撫でながら、千鶴が小さくつぶやく。


「えっ?なにを?」


 俺の前では表情豊かになってくれた千鶴も、学校では未だに無表情なイインチョの顔。

 キッチリ三つ編みでデコ丸出し、黒ぶち眼鏡のザ・学級委員長の顔だ。

 思春期を迎えた中学生頃から、千鶴は時々体が浮くようになり、いきなり宙に浮いてしまった事をクラスメイトに揶揄われたり妬まれたりし、随分と嫌な思いをしたらしい。

 だから、興奮しないように、もし興奮して浮いてしまっても誰にも見られないように、極力人との接触を断ってきたのだとか。

 独り静かに過ごしてさえいれば、興奮することも無いだろうからと。


「仕方ないか…あの時きっと、ものすごく傷つけちゃったもんね、私。正人くんのこと」

「だから、何の話だよ?」

「ねぇ、前みたいに呼んでよ、私のこと」

「お前、さっきから何言って」

「『チイちゃん』て」


 チイちゃん。

 俺の、初恋の人。

 そして。

 俺を『バケモノ』と呼んで、幼かった俺を傷つけた張本人。


 そうだ。

 そうだった。

 なんで忘れてたんだろ、俺。

 チイちゃんの名前は確か…


「う…そ…」


 呆然としながらも、俺はフワフワと浮きそうになっている千鶴の手を、強く握りしめ続けていた。

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