第一章 亜米利加 2
いち早く梅雨が明けていた沖縄の空はこれまで見た何処の空よりも濃い青で、屹立する入道雲の白さを際立たせていた。まだ昼前だというのに太陽はアスファルトを焦がし、気温はすでに三十度を超えている。
そんな炎天下に用意されていたレンタカーに増渕は面喰った。刀根の趣味なのだろう、イギリスの高級SUV〈レンジローバーイヴォーク〉のコンバーチブルだ。四駆の巨体にオレンジ色を纏うオープンカーだった。
増渕は、刀根から渡されたメモに書かれている住所をナビゲーションに打ち込んで出発した。
熱風が頭上を掠めていく。
ナビゲーションの案内通りに国道五八号線を走り海底トンネルを抜けた。道路の両サイドに赤瓦の建物が見えてくる。本土とは違う風景に沖縄に来たという実感が湧いてきた。左手には海が広がっていた。透明度の高い遠浅の海が、降り注ぐ太陽光を分解してエメラルドグリーンに輝いている。
一時間近く走っていると、鼻の頭と頬が陽に焼かれてちりちりと痛み始めた。それでも気持ちの良いドライブだった。この車を選んだ刀根に少し感謝し始めていたその時、腹の底を揺さぶる轟音が響いた。
驚いて見上げると、頭のすぐ上を二機の戦闘機が飛んでいた。ジェットエンジンから噴き出す熱気で周囲の空間を陽炎のように歪めながら、海の方へ向かっていく。車を停めてナビゲーションを確認した。
画面には〈米国空軍
もう一度戦闘機を見ようと顔を上げた。すでに肉眼では捉えられなかった。
気を取り直して再び走り始める。ナビゲーションが一分もせずに「まもなく左折です。その先目的地です」と案内を終えてしまった。いつも不思議に思う。なぜナビゲーションはいつも肝心なところで案内をやめるのか。
位置測位に使うGPS衛星はアインシュタインの相対性理論を使って、僅かな〈ずれ〉まで修正して位置と時間を割り出している。宇宙空間を飛ぶ衛星と地表では重力の影響が違うのだ。重力は時空を歪ませて時間の進み方を変える。重力の影響が小さい宇宙空間では時間が早く進む。そのずれは一日にして三十八万分の一秒。そこまで修正しているのに、なぜ目的地までちゃんと案内しないのだろう。まだまだ改良の余地がある機械ではないのか、と思いながら指示通りに曲がる。
目の前に、解放されてはいるが金網が張られたゲートと監視小屋があった。
「ほら見ろ、此処は米軍基地じゃないか」
ナビゲーションに悪態をついて、増渕はレンジローバーをバックさせた。曲がり角にあった看板を確認する。
そこには英語で〈カデナマリーナ 第一八部隊支援飛行隊〉と書いてあった。米軍施設のようだけれど、日本語で〈いらっしゃいませ〉とも書いてある。
恐る恐るゲートに近付いて監視小屋を窺う。
……中には誰もいないようだ。
ほっとしてゲートを越え、〈シーサイドリストランテ〉と看板を掲げたレストハウスの駐車場に滑り込んだ。
レストハウスの脇には小さなビーチがあって、外国人の母子たちが遊んでいる。きっと米軍の関係者なのだろう。突き出した桟橋では、日本人の女性を連れた米兵らしき男たちが楽しそうにモーターボートへ乗り込もうとしていた。
約束の時間まではまだ三十分ほどあった。車を降りてぶらぶらとレストハウスに向かっていくと、陸揚げされたプレジャーボートが並んだ先にもうひとつの桟橋が見えた。ちょうど一隻のクルーザーが戻ってきたところだった。
デッキでは迷彩柄のタンクトップを着た二人の屈強な男が、ロープを出して着岸の準備をしている。漫然と見ていると、キャビンから出てきた女に釘付けになった。まるで蝶が蛹から脱皮するように、ウエットスーツから上半身を羽化させた、真っ赤なビキニ姿の刀根だった。鍛えているのだろうか、腹筋の割れた引き締まった躰だ。
桟橋にクルーザーが舫われて、刀根がすらりと飛び降りた。何やら指示を飛ばしている。男たちは敬礼して、タンクやフィンなどの機材を降ろし始めた。
刀根は此処でも主従関係を構築しているようだ。指示に従う厳つい男たちが可愛く見えて少し嬉しくなった。
機材を降ろし終えて、男のひとりが刀根にトートバッグを手渡した。刀根はそこからTシャツとショートパンツを取り出すと、ウエットスーツを脱ぎ捨ててビキニの上から身に着けた。濡れた肌にTシャツがぴったりと張り付いて、赤いビキニのラインがくっきりと透けている。
敬礼する男たちに見送られて、刀根がこちらにやって来る。軽く手を上げて会釈した。刀根はそれには応えず、つかつかと傍まで来て顔すら見ずに言った。
「あんた、つけられたわね」
刀根の視線の先に目をやると、駐車場の隅に軽自動車の白いアルトが停まっていた。この暑さの中で、黒いスーツを着た三人の男たちが窮屈そうに乗っている。こちらをじっと睨み付けて隠れる素振りも見せない。
「あの人たちは何者なんですか」
刀根は相変わらず質問には答えず、ようやくこちらを見て言い放った。
「少しは焼けたようね、生白くて不健康そうだったからちょうどいいわ」
またやり込められそうになる。それでも今回の疑問には答えてもらいたかった。この仕事は本当に危ない橋なのかも知れない。精一杯食い下がる。
「誰なんです、あの人たちは? スマホのメーカーの人たちですか」
「
初めて聞く名前だった。
「外国のメーカーですか」
思い詰めた顔が余程面白かったのか、刀根が吹き出した。
「秘密結社、八咫烏」
想像もしていなかった答えに混乱して言葉を失った。
「まあいいわ。この先にはついて来られないから」
刀根は自分を納得させるようにそう言って、レストハウスに入っていった。
アルトからは黒尽くめの男たちがまだ睨み付けている。そのひとりが車を降りそうになった。怖くなって慌てて刀根の跡を追う。
レストハウスはやはり米軍基地の施設なのか、日本語の表記は一切なかった。天井の高い広々とした空間には英語が飛び交い、恰幅のいい外国人たちが巨大なステーキ肉や山盛りのサラダを頬張っている。
「こっちよ」
聞こえてきた日本語の出所を探すと、声の主は入り江に迫り出したテラス席にいた。きらきらと輝く海を背景に刀根が手を挙げている。まるで青年誌のグラビアのようだ。見入りそうになるのを振り切って、米軍や秘密結社など聞き質したいことを整理しながらテラスに出た。
「刀根さん、この仕事は……」
言葉を継ごうとした矢先、こちらのふた回りも大きな男が「ヘイ、マリ」と、人懐こい笑みを浮かべて刀根との間に割って入った。クルーザーに乗っていた男だ。どうやら次の指示を仰ぎに来たようだ。太い二の腕に〈侍魂〉と漢字のタトゥが彫られている。
男を見上げていたら肩に激痛が走った。万力で締め上げられているような痛みだ。振り返るとクルーザーに居たもうひとりの男が肩を掴んでいた。
「ナイスミーチュー」男は掴んでいた手を離して満面の笑みで握手を求めてきた。
どうなるのかは分かっていたけれど握手に応え、案の定その手を締め上げられた。痛みに耐えて笑顔を作っていると、刀根が「車の鍵を渡しなさい」と命じてきた。
「ソーリー」男の手を引き剥がしてポケットから鍵を取り出す。
「プットオン、オレンジカー」
刀根の指示を受け、〈侍魂〉の男は増渕から鍵を奪い取って出ていった。
「此処からはあんたの車で移動するから、荷物を載せてもらうわね」
増渕が頷くのを見て、手を締め上げた男は隣の席に座りビールを二つ注文した。
「刀根さん、この仕事は……」
改めて切り出した言葉が轟音にかき消される。背中に巨大な円盤を背負った偵察機が離陸していった。二度も話の出鼻を挫かれて言葉を詰まらせていると、その隙に刀根がさらに命じた。
「ハンバーガーを頼んでおいたから食べなさい。腹が減っては戦が出来ぬって言うでしょ」
「戦うんですか。米軍と? 秘密結社と?」
「戦わないわよ」刀根が呆れたように言う。
「じゃあ、あの何とかっていう秘密結社は何なんですか」
刀根は少し考えて、珍しく質問に応えた。
「八咫烏は簡単に言うと歴史を守る組織よ。この国をこの国たらしめる歴史の」
「歴史の改竄を阻止するという意味ですか」
「違うわ。歴史の取捨選択をすると言えば近いかなあ」
よくは分からなかったけれど、
「危険な組織なんですか」
「あんたは大丈夫よ。問題はあんたの依頼主。でも米軍相手じゃ何も出来ないわ」
「この仕事は米軍の依頼なんですか、ライバル会社じゃなくて?」
「私、ライバル会社なんて一言も言ってないわよ。言ってないわよね」刀根が畳み掛ける。
「はい、言ってません」
勢いを削がれて次の質問は自ずと小声になった。
「スマホのデータ救済と歴史に何の関係があるんですか」
「まだ分からない。でも、データの中に歴史を変える大スクープがあるかも知れないのよ」
どういう意味だ? そんなことに米軍は大金を投じるのか。
増渕が訝しがっているのを感じてか、刀根が言葉を続ける。
「米軍は日本の歴史になんて興味はないわ。欲しがっているのは別のデータよ」
「話が見えな過ぎて、ついていけません」
そう言いながら、この仕事が坂本への復讐にはならない状況に半分はがっかりしながら、半分はほっと胸を撫で下ろしていた。刀根が見透かしたように言う。
「そんなに悪い仕事じゃないわ」
絶妙のタイミングでハンバーガーが運ばれてきた。高さが三十センチ近くある。それにうんざりするほどのフライドポテトの山が添えられていた。
隣の席から囃し立てるような声がした。クルーザーに乗っていた二人が「食え! 食え!」とジェスチャーをしている。
また爆音を轟かせて二機の戦闘機が飛び立っていった。
増渕がハンバーガーだけを無理矢理に胃へ押し込むと、刀根がスタッフを呼んでドルで支払い、テーブルにチップを置いた。
「支払いはドルなんですね」
「此処はね、アメリカなのよ」刀根はいつになく低いトーンで答えた。
レストハウスを出ると、駐車場で伸びや屈伸をしていた八咫烏たちがこちらに気付いて、慌てたようにアルトに乗り込んだ。刀根が腰に手を当てて仁王立ちで寸刻それを睨め付け、レンジローバーの助手席に乱暴に滑り込んでくる。
「熱っ!」
刀根が跳ね上がって再び外に飛び出した。ショートパンツからはみ出している太腿が真っ赤だ。
「幌を閉めてなかったの?」
その魅力的な太腿を摩りながら刀根が怒鳴る。座席が火傷するほどに熱かった。沖縄の猛烈な陽射しが座面を焼いていたのだ。増渕はジーンズを履いていたので気付かなかった。
「なんでオープンカーなのよ! トランク開けて!」
「はい、すみません」慌てて指示に従う。
……この車を用意したのは刀根ではないのか。
刀根はバスタオルを出して座面に敷き、「あとで薬を塗りなさいよ」と助手席に収まった。
そんな所に薬? ぎょっとして太腿から視線を上げると、顎で次の指示が飛んだ。
「出して。案内するから」
命じられたままに車を出す。八咫烏のアルトがぴったりと後ろに付いた。
「いいんですか、こんなに大胆に尾行されてますよ」
「いいわよ、どうせ何も出来ないんだから。その信号を右」
さっき走ってきた国道五八号線を那覇に戻る方向だ。滑走路の誘導灯が道路を横断して海まで並んでいる。来る時には気付かなかった。
また何か離陸しないかと期待して基地を覗き込もうとすると、刀根が話し始めた。
「嘉手納はね、米軍の極東最大の空軍基地よ。そこに何があろうと日本には手が出せない」
そう聞いたら基地を覗くのが躊躇われて、視線を前方に戻した。
「意味深なこと言いますね。どういうことですか」
刀根は相変わらず質問を無視して言葉を続ける。
「増渕くんは、今の日本がどうやって出来たのか知ってる?」
「まあ教科書に載っているくらいは。……古事記でしたっけ。日本書紀だったかな」
「二つとも日本最古の歴史書だけど、奈良時代に編纂された物語よ。天皇家の権威付けのために神々からの系譜を作ったの。私が訊いているのはそういう物語じゃなくて、大昔に日本各地にいた支配者たちの中から、なぜ天皇家がこの国を治めるようになったのかということよ」
えぇ? それは……覚えていない。否、知らない。
「そんなこと学校で習いましたかね」
「習うわけがないわ。だって分からないから。いくつかの古墳が数少ない手掛かりなの。だけど、その調査を宮内庁が禁止している」
「へえ、そうなんですか。でも女王の、何でしたっけ、あっ卑弥呼! 卑弥呼は教科書に載ってましたよ。卑弥呼が天皇家の祖先なんじゃないですか」
刀根はネイルアートが剥がれていないか確認しながら、平然と応える。
「卑弥呼は、まだ日本が小さな国の集まりだった弥生時代に、その国々を一つにまとめた邪馬台国の女王よ。
刀根の言葉に圧倒された。善くもまあ、そんなややこしい名前をすらすらと……。
「じゃあ邪馬台国が何処にあったかは習った?」
「奈良だったかな。いや九州か」
「みんな知らないわ。まだ見付かっていないから」
「やだなあ、そんな引っ掛け問題のようなことばかり言って」
「そこ、左の側道に入って」
刀根が突然いつもの高飛車な口調に戻ったので、驚いて急ハンドルを切った。側道は大きく左に曲がっていて、尾行していた八咫烏のアルトがタイヤを鳴らして後ろに続く。どうやら嘉手納基地の外周に沿って走っているようだ。
「ジャーナリストって、そんなことも調べているんですね」
「私はやりたいことをやっているだけ。歴史ってロマンを感じるから」
「僕はそんな大昔のことには興味ないなあ。だって真実かどうか確かめようがないじゃないですか」
「そうね。地面に埋まっている状況証拠を積み上げていくしかない。あんたには米軍がやろうとしていることのほうが興味あるかもね」
刀根は延々と続く左手のフェンスを見ながら、「まだヒリヒリするわ」と会話を断ち切るように太腿を撫でた。
「米軍は壊れたスマホで何をしようとしているんですか」
「そんなの自分で訊けば」
素っ気ない刀根の態度に黙るしかなかった。
気まずい時間だけが流れていく。いつの間にか街中を走っていた。ナビゲーションには〈
何か話さなければと焦っていた。こんな状況を立て直す能力は持ち合わせていない。居た堪れない時間を終わらせるにはもう素直に訊くしかなかった。
「僕が間違ったのは、どの言葉だったんでしょう?」
刀根は少し驚いた表情を見せたあと、声を出して笑った。
「いいのよ。もしかしたら私たち良いコンビかも知れないわね。私も物理の法則なんて、これっぽっちもロマンを感じないもの」
刀根の機嫌は直ったようだ。なぜ笑ったのかは分からなかった。
「髭を剃って来たのね。少しはマシになったわ」
刀根がこちらを見て顎を指さす。
「血の跡が付いているけどね」
顎を撫でると、固まっていた血が剥がれて掌に大量の赤黒い粉が付いた。
「これ、ずっと付いていたんですか」
「そうよ」
刀根は楽しげにけらけらと笑った。
いつもの高飛車な態度とのギャップにどぎまぎした。
左側に再び嘉手納基地が見えてきた。街を抜けて外周道路に戻ったのだ。隣接する街よりも巨大な基地……呆気にとられていたら、いつもの調子で指示が出された。
「もうすぐよ。左の道に入って」
ガソリンスタンドの手前から脇道に入る。フェンスと藪に囲まれた細い道だった。少し進むと大きな道に突き当たった。
「此処を左」
刀根がショートパンツのポケットから身分証明書のようなカードを出す。
言われたままに左折すると自動車道の高架の先に基地のゲートが見えた。反射的にブレーキを踏んだ。
「そのまま行って」刀根が促す。
基地の入口には〈ゲート2〉と書かれた看板があり、その奥に赤瓦の建物が並んでいる。米軍が自らの違和感を力尽くで沖縄の文化に合わせようとしているような光景だった。
衛兵の詰所前に恐る恐るレンジローバーを停めた。自動小銃を肩に掛けた米兵が険しい眼付きで近付いてくる。緊張で固まっていると、刀根が免許証を出せと言うので、慌てて米兵に差し出した。
増渕と顔写真を見比べている米兵に、刀根が先ほど出した身分証を提示して事情を説明する。流暢な英語だ。ジョークも交えて話しているようで米兵が笑顔になる。
少し気持ちの余裕が出来たので、振り返って八咫烏を探した。白いアルトは五十メートルほど後ろの高架下で、ハザードランプを点けて停まっていた。いくら危険な組織だとしても、流石にこのゲートを突破するのは難しいだろう。
「行くわよ」刀根から声を掛けられ、レンジローバーを基地の中へ進めた。
アメリカの田舎町のようだった。ゲートを越えてすぐ右手には平屋の邸宅、左手には五階建ての集合住宅が並んでいる。視界は開けているのだけれど、広すぎて滑走路が何処にあるのか見当もつかない。
あまり走らないうちに、刀根が「此処よ」と左手の建物を顎で指した。
エントランスの庇にローマ字で〈SHOGUN INN〉と切文字看板がある。基地内にホテルがあるなんて知らなかった。入口に一番近い駐車スペースに車を停めると、刀根は「荷物よろしく」と命じ、車を降りてさっさと行ってしまった。
「はい」……またしても反射的に答えていた。
エントランスに向かう刀根を横目にトランクを開けた。ウエットスーツやフィンなどの潜水道具を収めた米軍のトランクカーゴと、書類が詰まったトートバッグが入っている。どうやって一人で持てばいいのか暫し考えて、トランクカーゴの上に自分のバッグを置き、その上に刀根のトートバッグを重ねて持ち上げた。
殆ど前が見えない状態でよろよろとホテルに入る。身体を捩ってロビーを見渡した。豪華なソファセットが並んだ奥に、それとは不釣り合いなほど簡素なフロントがあり、刀根が迷彩服姿の受付嬢と話し込んでいる。
身体を戻すと刀根のトートバッグの中が視界に入った。書類の隙間から一枚の写真が滑り出しそうになっている。グレーのブレザーを着た女学生と、古い写真機を持った高齢の男性が洋館の中庭に座っている写真だ。こちらを向いて仲よさそうに微笑んでいる。女学生は刀根だ。綺麗な眉が今と変わらない。高齢の男性は刀根の祖父だろうか。
「墓石。その頃の私のあだ名」
写真に見入っているうちに、刀根がすぐ横に来ていた。
「灰色の制服を着て、勉強ばかりしていた堅物だったから墓石よ。黒歴史というやつね。勝手に人のバッグの中なんて見るものじゃないわ」
「見ようと思って見たわけでは……」
取り繕おうとした矢先、刀根が身分証のようなものを突き出してきた。パスナンバーや名前が書かれていて、いつの間に撮ったのか、先ほどマリーナで食事をしていた時の増渕の写真が貼られている。
「ビジターカードよ、此処にいる間は身に着けておいて」
トートバッグの上にカードと免許証を置いて、刀根はソファに腰掛けた。増渕は荷物を脇に降ろし、カードと免許証を財布に仕舞って刀根の隣に収まる。
その直後、ロビーにいたホテルのスタッフが全員直立して、エントランスに向かって敬礼をした。
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