第2話(B氏の投稿続き)

 自分は時折りビルの屋上を確認しながら迷路のような街の区画を歩いて行った。

 信号を渡り、歩道橋をくぐり、駐車場の脇を通りかかると手前にはTの字の交差点が見えてくる。駅から徒歩約5分の所にある歩行者用の商店通りだ。あまり活気に溢れているといった様子では無いものの、人通りもそれなりにあるし、アパレル店や各種飲食チェーン店、小型スーパー、時計屋、iPhone修理屋、カフェ、パン屋、飲み屋などが揃っていて、建物の二階にはエステ店や私塾の看板を出しているところもある。道の中央には幅広のベンチや観葉樹が設置してあり、要所要所にテーブル、日除けのパラソル等も設けられていてパブリックスペースの扱いになっているらしい。

 他にも、ゲームセンターやドラッグストア、蔦屋や、通りの脇道にはスナック(まだ営業時間外だが)があったりした。

 ところで──狙撃者スナイパーのいるビルはどこにあるかというと、この通りに対しておよそ30°ほどの角度に位置しており、通路の片側半分以上の領域は向こうから目視できるだろう。

 銃口はこのあたりの方角に向けられていたはずである。

 最初自分は、なんとなく流れに身を乗せるようにビルとは反対の通りの方向に進んでいった。それが、銃口を向けられていることに対する本能的な回避行動だったのか、それとも単なる時の偶然でそうなったのだったかはわからないが、しかしともかくそちらの方へ歩いて行った。だが、そうなると、今度はどうしても振り向くことができないのだ。という危惧があるだけで、足はまるでセグウェイの速度に固定されたように直進方向を変えることはできない。気付かれたらどうしようという解釈的な意味ではなく、じっさいにその場の感覚としてそれ以外の行動を取ることができないのだ。もっとも、自分が狙われていない以上、気付かれても何らの問題もなかったかもしれないのだが。しかしそれでは、相手のしごとに何か差し支えがあるのではなかろうか?しかし何の?それなら自分は、見ず知らずのスナイパーのことを思慮おもんばかっていたのだろうか?それとも彼が今にも誰かを撃ち殺そうと狙っている現象自体に無視できない行動因のようなものを感じていたのだろうか?しかしこんなにも不特定多数の人間の流れの中にあってどうすればいいのだろう?俺は自分の胸の中に乱れた磁気のような女性的な混乱を感じ、張りつめた意識の中でひたすらどうすればいいか考えつづけた。誰かが殺されるのを黙って見ているのは自分を殺すことと相違ないように思えた。むろん、彼が本当に街の誰かを狙っているのかもわからなかったし、もしかしたら何かの撮影をしていたりするのかもしれない。かといって、こちらが何か協力しなければいけない義理などないのだが、しかしだからといって無視し切ることもできそうになかった。無視し去ったとしても彼があそこにいるのには変わりない。この場合彼らの存在からが邪魔だった。

 そのまま何かに押されるように通りの反対側まで来てしまった。建物の影に身を寄せた。すると身体的な拘束は解かれたようだった。」

 その後、B氏は通りを引き返しなんとか銃口がこちらの通りに向いていることを確認したという。その際には、彼は庇を被ったように目を上げずらかったと書いてている。しかしその直後、彼はまたも衝撃的な場面を目撃したのだ。

 「狙撃の目標が通りへ向けられていることを確認してから自分は建物の影に身をひそめながら歩いた。向こうからは見えない場所にいることで、自分はその場で起きたことの責任からは逃れられると思ったのだ。──少し話が飛ぶが、自分が昼間見た面白い出来事とはここからのことなのである。それはこうして自分が自分の記憶を辿ってここに作文を投稿していることとも無関係ではないのだ。

 自分は前を歩いている男がさっきいちど反対側に行ったときにもすれ違った人物であることに気がついた。彼は自分が中央のベンチの横を通り過ぎようとしたとき、前方も見ずにいきなりそこから立ち上がろうとしてきたのであわよくばぶつかりそうになったのだ。彼は何か隠すようにスマホをポケットにしまい込んだのでその印象が残っていたのだろう。自分は友人を街中で見かけたときくらいの感じで特に意識するまでもなく彼がさっきの人物であることを察したのだ。

 彼はいま緩慢に歩いていた。ながら見をしている人は点字ブロックなどに沿って歩きやすくなるそうだが、彼は店舗前と通り中央のタイル床の溝を目印に歩いていた。自分はすれ違いざまに彼の手元の端末を覗き込んでやった。」

 むろん、彼の手前を歩いていたのはA氏に他ならない。B氏は、そういえば自分以外の人がカクヨムを画面で開いているのは見たことが無かった。だから意外といえば意外といった感を受けた。あれはA氏の端末で、自分の端末は今ポケットに入っている。端末と端末には何のつながりもなく、切り離れて存在しているらしい。現に存在しているこのカクヨムというサービスも抽象的な事物の一つではなく、彼が見たり、私が見たりできる、各人間の目の前に表示される画面情報であるにすぎないらしいのだ。だから……そう、何か端末を介したつながりがあるのではなく……人々の方が、端末を使用しているにすぎないのではないか……

 それからの経過はB氏自身が書いてくれている。

 「そう、そして自分は彼のことを観察していた。こうしてあたかも、スマホで撮影した動画を眺めるかのように、一場面ずつ思い出すことが出来る。自分はいまここで彼のことを撮影した映像を見ながら写しているのである。

 『彼はスマホを見ながら歩いている……いや、いちどこちらを気にするようなそぶりをしたあとでベンチに腰掛け……そしてまたなにか指を動かすのだ……少し悩むようなしぐさを見せて、また画面に向かう……あれはやはり何かを書いているのだろうか?……そして再び立ち上がると、画面が揺ら付く、──なぜか?そのとき自分は思わずよそ見して驚いたのだが……周りにいる人の多くまでがなぜか彼のことを撮っているのである……道の両側には列状になったひとが並んでいてカメラを構え出す、間接的に自分も撮られているだろう、すると映像は通りの前方を映す、ボールが転がってきたのだ、撮影者はそのまま前に進みながら彼とボールを微妙な角度で一つの画面の中に納める……他の通行人とおなじく彼もまた通り過ぎていった、と、彼は突然立ち止まるとすでに道の中央で止まったボールのもとへ引き返す、撮られていることはあまり気にしていないらしい、その瞬間銃撃が飛んでくると彼はそれをかわしながらボールを拾い上げた、そして、一度気がついたように周りを見渡すと、ボールを近くの観葉樹の傍に置いていった。』

 画面から目を離すと自分は部屋の中にいる。あの場面を撮影してから自分は自分の部屋に帰ってきたのだ。そうしてこの文章を書きあげた。自分が通りにいようと部屋にいようとスマホの画面は同じ映像を記録し、再生する。この辺りが、A氏が夜でも昼でもどっちでも構わないと言うだけの理由なのだろう。個人が社会の単位である概念構造において社会的な連絡ツールとしての役目を与えられた情報端末が、つまり、他者と、自分の生存行為の足掛けとして導入された背後的な掟、あるいはその帰結としての一つの具体化物がスマホなら、すでに人間の生活環境には昼も夜も、また歩いていける場所もないのだろう。

 画面にとって、自分のいる場所はどこでも構わないのなら、画面を通して現実化した街中の諸関係は、いってみれば画面的世界の内部にあるのだろう。

 だが……今自分がこうして書いている場所は……

 ともかく、もう少しつづけてみる必要がありそうだ。」

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カクヨムバトル レスポンド @mitishita

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