第16話 魔獣狩り


 「……ハァ……ハァ……待って……。」

 

 栗色の髪を乱し、汗だくのイザベル・フィッツロイが走りながら叫ぶ。

 

 ギタの森。

 鬱蒼と生える草木の中を李 蓮花リー リェンファ、アウレ・マキシウスがもうスピードで駆けていた。

 

 『瞬歩』。

 それは練功術の独特な歩法である。

 身体に練り上げた魔力を足に溜め、一気に爆発させる。

 その加速力は魔力出力を上げれば上げるほど伸びていく。

 そして、もう一つ大事なのが、<魔力容量>で。

 こちらは持続する力、つまりスタミナだ。

 

 イザベルは二人の背中を捉えているが追いつけない。

 それどころか差は広がる一方であった。

 

(……蓮花の<魔力容量>は知っているけど、……問題はお嬢様のほうね……)

 

 蓮花の『瞬歩』に平気でついていく、そのアウレに驚愕した。

 

 蓮花曰く、<魔力容量>ならお嬢様のほうが上ということだったのだ。

 

 やがて、流れる木々の先。

 陽光の差し込む開けた場所が見えてくる。

 三人は予定より早く目的地に到着したのであった。

 

 

「ゴ――――ル!!!!」

 

 

 駆け抜けた蓮花が両手を上げ、高らかに一番乗りを叫ぶ。

 

 遅れてアウレ、更に……イザベルの順に到着したのであった。

 

 

「……ハァ……ハァ……ちょっと待って……。」

 

 

 前屈みに呼吸を整えるイザベル。服が垂れ、隙間から、谷間が見えている。

 

 アウレも同様に、呼吸を整える。

 さすがに蓮花のスピードはきつい。

 垂れてくる額の汗を手の甲で拭う二人の姿を見て、蓮花は言い放つ。

 

「二人とも情けないネ!顔を上げて見てみるアル!この景色を!」

 

 そう言われて、二人は顔を上げる。

 改めて周囲を見渡したのである。

 

 すると――。

 

 辺り一面、白い花が咲き誇る。

 木々の隙間から風が吹き込む度、微笑むかのよう揺れ躍った。

 

 デイン草の群生地。

 ここでは遮る物は何もない。空から光が直接降り注ぐ。

 それはとても気持ちの良い場所であった。

 

 「……綺麗ですね、必要分だけ摘んで持ち帰りましょうか。」

 

 そう呟くと、イザベルは栗色の髪を押さえながら、しゃがみこむ。

 そして、デイン草を一つ、丁寧に摘んだ。

 

 それは……全て摘んでしまうのはあまりにもったいない景色。

 

 少し残すことで来年、この場所にはまたデイン草の白い花が咲く。

 

 そう、期待しながら3人は作業を早々に終えた――。


 


 ――その時だった。

 

 「――!?」


 

 

 3人が同時に顔を上げる。


 陽光は雲に遮られ影を落とし、草木が不規則に揺れ、騒ぎ立ていた。

 

 それは……魔力を持った『複数の何か』。

 

 それが三人の元へ、猛スピードで迫ってくる。

 

 「――蓮花」

 

 「――気づいてるネ!この反応は<狂狼ワアルウルフ>っぽいアルよ……」

 

 そう、蓮花は好戦的な笑みで返す。

 

 アウレは『わあるうるふ?』と首を傾げつつ、二人と同じように警戒態勢をとる。

 たぶん、魔獣の名前であることは間違えないと思う。……が、イメージが湧かない。

 

 「お嬢様!<狂狼ワアルウルフ>は小型の魔獣ですが群れで襲い掛かってきます、ご注意を!」

 

 そうこう言っているうちに、その魔獣の反応は散らばり、3人を取り囲む。

 周囲に姿は無い……が荒い息使いと草木のざわめく音だけが聞こえる。

 

 獲物を見定めるかのよう、地面を這いずり回る殺気。

 

 (これは……久々の感覚だな……)

 

 その高揚にアウレは静かに染まっていた。

 

 束ねていた髪留めを外し……。

 金色の透き通る髪が風に舞う。

 

 そして、静かに剣を抜き、二人にこう告げた。

 

 

「ここは俺がやる、二人は手を出すな」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 久しぶりの実戦。命のやりとりに、体の温度が一気に上がる。

 

 体中の毛が逆立つ、この感じ……。

 

 アウレは長く息を吸う。

 それは身体中に巡る魔力と呼応していた。

 

 前世の自分と重なるような新しい感覚。

 

 その様子を見ていた蓮花は……。

 

「イザベル……、ここはおじょうに任せるアルね……」

 

 そう、無責任に言い放った。

 

 戸惑うイザベルは改めてアウレの顔を確認した。

 

 初めての外界でいきなりの戦闘である。

 

 普通の子供だったら、狼狽し、足が竦む――状況。

 

 

 しかし……。


 

 アウレは口角が吊り上がっていた。

 


 それも『歓喜』と『狂気』の混じった顔で。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 


 二人は足に『魔力』を溜め、高く跳躍する。

 太い木の上でアウレの戦闘を観戦することにしたのであった。

 

 「お嬢様ー、狂狼ワアルウルフは雷撃を放ってきますので気をつけてください!」

 

 「おお!わーってるよわかってるよ!」

 

 と言った瞬間――。

 

 ――紫電一閃、稲妻のような衝撃がアウレを直撃する。

 

 「――な、言ってるそばから!」

 

 イザベルは唖然。

 周囲に燻された薬草の匂いが漂う……。


 が……。

 

 ――そこには何事もないかのように平然と立つアウレ。


 その身体、周りは電気を帯びていた。

 

 

 『外功』による技『硬気』。それは魔力を身体に纏わせる練功術の基本防御法である。

 しかし、蓮花とアウレの使う『硬気』はちょっと違っていた。

 

 練功術の奥義。『流水』。

 

 それは『外功』で受けた魔術攻撃を、『内功』で魔力の流れを操作する。

 まさに受け流しの究極の防御法。


 

 木の上から見守る蓮花は、特訓の成果を冷静に見極める。

 

 (まー、『推手』訓練の段階でそよー素養はあったネ。これぐらいの攻撃だったら楽勝アル。)


 そう、アウレは知らず知らずの内にその『流水』を使えるようになっていたである。

 

 

 ――開幕の一撃を喰らったアウレの視界は、電撃の走った方をとらえる。

 

 足に魔力を溜めて……。


 ――爆発させる。

 

 踏み込んだ足元に土子埃が立ち、紫電が走り……。


 進む――後ろには白い花が一直線、螺旋上に舞い上る。

 

 そして……。

 

 「――!?角の生えた犬?いや、狼か!?」

 

 

 ――目下の魔獣<狂狼ワアルウルフ>を見据え、勢いそのままに斬り降ろす、一閃――。

 

 ――魔獣<狂狼ワアルウルフ>の首が空中に、回転しながら飛び上がる。

 

 

 更に、アウレは着地と同時にすぐさま方向を変え、次の獲物へと狙いを定める。

 いまだ、魔獣の姿は見えない……が……『魔力感知』で位置がわかっていた。

 

 『瞬歩』の連続運用。

 

 それは草木の間を滑るように高速で移動し、一瞬、残像のように消えては現れる。

 

 次の瞬間には魔獣が斬られ、辺りの緑が鮮血色へと変わっていくのだった。

 

 

 「余裕そうアルね!」

 

 

 木の上から退屈そうに蓮花が言う。

 

 イザベルは、そのアウレの動きを冷静に考察していた。

 確かにあの瞬歩の動きはさすがである。

 だが、それ以上に驚くべきはあの剣戟だ。


 一振り一振りの斬撃が目に映る。

 怪しくも光る刀身は閃光のように、いつまでも残っていた。

 

 イザベルは息を呑む。

 先程、渡した剣はもうアウレの一部となっていたからである。

 

 

 しばらくして……。


 辺りは静寂に包まれた。

 

 この周辺にあった無数の魔獣、気配、魔力は……感じない。

 

 「どうやら終わったようネ!」と蓮花が派手に降りる。

 一瞬、土煙が立ち、スリットスカートの隙間がまくり上がった瞬間、「白!」と、アウレは心の中で呟くのだった。

 

 続けて――イザベルも木から降り、一匹の死骸を前に立つ。

 

 

 「そういえば、魔石の取り方をまだ教えていなかったですよね」

 

 

 ――そう呟くと小さな鞄からナイフを取り出し、魔獣のお腹のほうを切り開いた。

 

 アウレは蒼い眼を凝らす。

 すると……やはり、お腹の下の場所に魔力の強い反応が視える。

 

 「魔獣は捨てるところないので覚えて下さいね」

 

 イザベルはそう言うと手際よく、魔石、肉、皮、骨に卸していく。

 アウレは解体された狼みたいな魔獣を見て、これも食べられるのかと思う。

 

 この世界では獣というと魔獣のことを指す。

 毎日、食卓に並ぶ肉も全て魔獣である。

 味は生前の世界と同じで、多少の癖はあるものの、どれも美味しく食べられるのであった。

 

 

 「集めて来たアルよ!」

 

 

 蓮花によって、辺りの魔獣の死体が一か所、山のように積まれる。

 

 「これを全部、解体するのか?」

 

 「いえ、残りは持ち帰って解体します」

 

 「んん!?どうやって?持ち帰るか?」とアウレが疑問に思っていると、イザベルは死体の山に近づき、手を翳す。

 

 ――深き淵 隔絶し異なる界へと繋げ、収納ベーリック――。

 

 瞬間――死体の山が消滅。

 

 「――⁉ それも魔術か?」

 

 「はい、『魔具』による魔術です。<狂狼ワアルウルフ>の死体をこの鞄の中へと収納しました。」


 イザベルは腰に付ける小さなポーチを指さす。

 

 「前も見たけど、鞄の中どうなっているの?」

 

 「そういえば、<異空間収納鞄>の説明、まだでしたよね。」

 

 そう言うと、イザベルは小さな鞄の中を開き、アウレに見せる。

 

 すると、中には1つの魔石が入っていた。

 

 「それは?」とアウレは首を傾げた。


 「これが核となる魔石で鞄自体は普通のものです。前にも魔石の授業で教えたと思いますが、これが< 特異魔石レリック >と言われる魔石です。この魔石はちょっと特殊で『古代魔術』の術式が組み込まれており、異空間に繋がっています。」

 

 アウレはふんふんと頷く。

 

 「この鞄は上級冒険者がよく使う『魔具』なので覚えておいてください」

 

 「分かった!……で、これはどうやって手に入れるの?」

 

 「そうですね、ダンジョンの強い魔獣からごく稀に手に入りますね。あとは、かなり値が張りますが、市場にもたまに出回りますね。ちなみに私はフォリツ海底で手に入れました。」

 

 「――私はアレフィスト山脈の22階層ネ!」

 

 そう言うと蓮花は、腰につけた小さな鞄<異空間収納鞄>を見せびらかす。

 アウレは聞いたことのない名前に、この世界には複数のダンジョンがあるのか……と感激するのであった。

 

 「そうかー、ダンジョンで手にいれたのかぁー」

 

 アウレはねだるよう憧れを込めて呟き、……イザベルをちらりと見た。

 イザベルは首を横に振る。

 それは無言のノーである。

 

 アウレは玩具を買ってくれない子供のように頬っぺたを膨らませ……拗ねる。

 そんな様子のアウレに対して、蓮花はこれ見よがしに自慢するかのよう、<異空間収納鞄>をみせてくるのであった。

 

 「もっとよく見せろー!」とじゃれ合い、喧嘩する二人。


 それを見ていたイザベルはひとつの違和感を覚えていた。

 

 ギタの森は普段、初心者冒険者が入りやすい森で、C級以上の冒険者で対処するワアルウルフの生息地はもっと奥である。

 

 イザベルは嫌な予感を覚える。

 

 もし、この<狂狼ワアルウルフ>が何かに襲われ、生息地を追われて逃げてきたとしていたら……と。


 

 ――その予感はすぐさま、的中することになる――。

 

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