第15話 冒険者ギルドと悪名『猛虎』


 「おお、すげぇ!」


 アウレ・マキシウスは、初めて見る光景に走り出したいほど浮かれていた。

 

 極東都市リセレポーセの城下町。

 ダンジョンの宿場町と言われるこの街は多くの人で賑わいを見せていた。

 

 都市の中心地小高い丘の上、マキシウス家の城から出て、大通りをずっと降りていくと宿場、酒屋などの繁華街がある。

 

 焼けたパンの匂いと孤児達のはしゃぐ声。

 市場に並んだ野菜は露に濡れ、朝陽の元、鮮やかに輝く。

 噴水広場の前では、二日酔いの吟遊詩人が聞くに堪えない演奏を続けていた。

 

 この陽気な雰囲気に、アウレの蒼い瞳はより一層輝き出す。

 

 

 「お嬢ーは、下町に来るの初めてアルか?」

 

 

 黒い団子髪の後ろで手を組み、吞気に歩く――李 蓮花が尋ねる。

 今回、魔術訓練の一環で魔獣狩りに同行する保護者の一人である。

 

 そして、その隣……。

 もう一人の保護者が、蓮花に小声で話かける。


 「こら、蓮花!レウスでしょ!レ・ウ・ス!」

 

 ごめん、忘れてたアル!という顔をする蓮花を、不機嫌そうに注意する若い眼鏡姿の女性。

 栗色のミディアムヘアが、印象的な――イザベル・フィッツロイである。

 

 今回、アウレはお忍びということもあり、イザベルの提案で、素性を隠して下町まで来ていた。

 いつもの金色の髪は束ねて、眼鏡をかけ、下町の男の子に変装させられている。

 更に『レウス』という偽名を作り、イザベルが育てている戦争孤児の弟子という設定までつける入念さでああった。


 

 「まずは冒険者ギルド館で登録しましょうか?」

 

 と、イザベルは、ひと際古い建物を指さし、中へと入っていった。

 

 続けてアウレも中に入ると――。


 ――そこには別の世界が広がっていた。


 物々しい装備をつけた荒くれもの達がひしめき合う場内。

 そこは、受付場と食事場が隣接していて、多く冒険者が飲食と共に情報交換をおこなっている。

 

 その熱、匂いに……。

 アウレは何か懐かしいものを感じ取っていた。

 

 アウレ達は更に奥へと進む。

 むさ苦しい筋肉の合間を縫って……。

 

 ようやく、受付場のあるところまでたどり着いたのであった。

 

 「すいませんー!」

 

 イザベルは大きな声を出す。

 すると、若いの受付嬢が笑顔で接客してきた……。

 

 「はい、どのような要件でしょう?」

 

 「今日はゲイリー・バトラーの名代として来ました。ギルド長のグラド・ジャドス様にお取次ぎ頂けますでしょうか。」

 

 そう言うと――イザベルは一つの封書を受付嬢に渡す。

 その封書には立派な封蝋が押してあり、それを見た――受付嬢は驚きの表情を浮かべた。

 

 そして、……「少々お待ちください!」と言い残し、急いで2階へと駆け上がっていたのであった。

 

 待たされること、数分……。

 

 しばらくすると、今度はギルド長が転がるような勢いで、階段を降りてきた。


 「大変お待たせしてしまい、申し訳ありません!ようこそ、冒険者ギルドへ!さあさあ、どうぞこちらへ!」

 

 と、どうやらここではなく2階でお話を聞くとのこと……。


 アウレ達はギルド長のグラドに促されるまま、応接室へと足を運ぶのであった。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 

 アウレが長椅子に座ると否や、ギルド長は口を開く。

 

「お久しぶりです、新緑節10歳のお披露目会 以来ですね。お話は伺っております!」

 

 何を?と思ったが……。

 

 どうせまた、執事長ゲイリーが全ての段取りをしてくれたんだろう……と、アウレは推察する。

 

「登録証は今、用意していますが、装備品とかはどうされますか?」

 

「それは私達のもので共有するネ!大丈夫アルよ!」

 

 その蓮花の言葉に、ギルド長グラドは思わず「こちらの方は?」という顔をする。

 それを察したイザベルは改めて、蓮花を紹介した。

 

「ああ、こちらは<A級冒険者>の李 蓮花リー リェンファです。以後、お見知りおき下さい。」


「おお!……なんと!風の噂に聞く<猛虎>李 蓮花リー リェンファ 殿でしたか!」


 感激した様子のギルド長グラドを横目に、アウレはイザベルに尋ねる。

 

「モウコ?」

 

 イザベルはあきれ顔、少し困った表情に浮かべ……。

 

「まあ、……悪名ですね。気にしないで下さい!」と、一言。

 

 アウレは「ん!?」と、どうにも腑に落ちない様子で首を傾げていると――。

 

 ――ドアからノック音。

 

 返事するギルド長グラド。

 

 すると、先程の受付嬢が入って来て、一枚のカードをアウレに渡してきた。

 

「これは?」

 

「こちらは<冒険者登録証>でございます。名前や特徴、依頼中のクエストなどが記載されています。」

 

「くえすと?」

 

「依頼者から課せられた任務のことです。無事に完了すると報奨金がもらえます。」

 

 アウレが冒険者登録証を見るとそこには……。


 【名前】レウス・フィッツロイ

 【性別】男

 【等級】G級

 【現在受注クエスト】

  依頼者  ニーナ・コリデウス

  内容   薬草採取 デイン草×12本 + a

  報酬   1200セル 

  補足   追加報酬 魔石採取 報酬額 要相談

 

 と書かれていた。

 

 まあ、しっかりとした偽名登録だなとアウレは思う。

 

 ここで気になるのは現在受注クエストが明記されていることである。

 そこでアウレはそのことを尋ねてみた。

 

「この辺の内容もゲイリーの指示?」

 

「左様でございます。こちらは初心者冒険者、G級で受けられるクエストでございます。」


 アウレは「ふーん」と曖昧な返事を返す。

 

 少し気になるのは魔獣狩りがしたいのに薬草採取になっている点、だが……。

 

(まあ、薬草採取がてら、魔獣狩りしろってことか……)と納得した。

 

 

 用が済んだ三人はお礼を言い、退席しようとした。

 

 すると……ギルド長グラドは


 『――神の御加護を――』


 と合掌し、三人を送り出す。

 

 どうやら、ここではクエストに向かう冒険者への労いの合言葉らしい。

 アウレは蓮花、イザベルも同じように挨拶を交わすのを見て、不器用ながら同じように倣う。

 

 (なんか、不穏な送り出しだな……)

 

 神仏に祈る行為。

 アウレにとって……それは。


 生前の記憶含め、絶対にやらない行為であった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 

 アウレ達は部屋を出て、再び受付のある1階まで降りた。

 

 ――すると、1人の派手な装備を付けた冒険者が声を掛けてくる。

 

「おっ!蓮花か!?李 蓮花じゃないか?」


「……ん……⁉あー、フェルナか?久しぶりネ!」

 

 アウレは「蓮花の知り合い?」とイザベルに視線を送る。

 

 フェルナと呼ばれる男の印象は、若いながら実力者。

 爽やかな雰囲気とは裏腹に数々の修羅場を潜り抜けてきたという印象。

 

 この男をどこかで見たような……そんな気がする。

 

「久しぶりだな。あ、そうだ!うちのメンバー紹介してなかったよな、おーい!コルドー!リーナ!」

 

 あっという間にたくさんの冒険者がアウレ達の元へ集まり、取り囲む。

 その者達の服装、装備は他の冒険者とは違った貫録を見せて居た。

 

 ――A級冒険者チーム<白狼の牙>――。

 

 それはこのリセポーセ冒険者ギルドの中でも一、二を争う冒険者チーム。

 その仲間の一人、重装備の大きな男がリーダーのフェルナ・バルトに尋ねる。

 

「リーダー、その可愛いらしいお嬢ちゃん達は誰です?」

 

「ほら!<猛虎>の李 蓮花リー リェンファだよ!アレフィスト山脈のダンジョンで魔獣ごとフロアをぶち破った……」

 

「あー、王都の冒険者ギルドを喧嘩で半壊させた、あの<猛虎>か!」

 

 昔話に花が咲く。

 次から次へと<猛虎>伝説が出るたび、蓮花は苦笑いを浮かべていた。

 

「蓮花達もクルードセツア迷宮行くのか?」

 

「いーや、西側ネ、ギタの森で薬草採取アル!」

 

「そうなのか、……あーそういえば、先月ギタの森で<大型の魔獣>に襲われたという話を聞いたな」

 

「<大型の魔獣>アルか?」

 

「そうそう、目撃者の話よると……今まで見たことのない、でっかい岩みたい魔獣だったそうだ。まあ、<猛虎>がいるなら心配は無用……ん」

 

 急に話の途中でフェルナは視線を外す。

 

 その先、アウレと完全に目が合っていた。

 

 普段、城といる時とは違い、多少の変装をしているアウレ。

 

 その顔をフェルナは、何やら不思議そうにジッと見つめていた。

 

「――急にどうしたネ、何か顔についているアルか?」

 

 慌てた――蓮花は視線を遮るように声をかける。

 

「いや、……この男の子どこかで……。」

 

 アウレは冷や汗を掻く。

 変装用の眼鏡の奥、瞳が泳く。

 

 その様子を見て、イザベラは慌てて口を開いたのであった。

 

「あー、私達ちょっと急ぐんで……では……」

 

「そうか、それは残念!またどこかで時間があれば、ゆっくり話でもしよう!それでは……『――神の御加護を――』」

 

 と、冒険者チーム<白狼の牙>が声をそろえ、一斉に見送る。

 

 アウレ達は足早に挨拶を返し、逃げるように冒険者ギルド館を出たのであった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 

「ふー、危なかったですね。……まあ、用事も無事終えたことですし、この際だからこのままギタの森へ向かいましょうか!」

 

 イザベルの提案に一同は賛成。


 アウレは華やぐ市場に目を奪われつつ、そびえ立つ城門へと近いていく。

 門番に冒険者ギルド登録証を見せ、許可を貰い、初めて城門を通った。

 

 城門を抜けると見渡す限りの草原が続く。

 

 ギタの森は草原の向こう、西へ向かった先にある。

 

 草原を歩いていると……イザベルはあることを思い出すのであった。

 

 「そういえば、まだこれを渡していませんでしたね!」

 

 そう呟くと――イザベルは小さな鞄の中から一本の剣を出す。

 

 アウレは「おお!」と歓喜の声をあげ、両手で抱きしめるように受け取った。

 

 剣の鞘から抜き身を出すと自分の顔が映る。

 見たところ、だいぶ太めの刀身ではあったが悪くはなかった。

 

 「本来であれば術式の付与までやりたかったですが、リセポーセの鍛冶職人の一級品ということで、そのままでも十分に強度、切れ味共に悪くないかと思いますよ。」

 

 アウレはおもむろに一太刀、横なぎに振ってみる。

 

 斬撃は風を斬り、草原を駆け、草花が舞った。

 

 久しぶりの剣は魔力制御の甲斐あってか、異様に軽い。

 

 ゆっくりと喜びをかみしめるように……鞘へと納め、冒険者服の腰巻きベルトに差す。

 

 アウレは刀身と鞘の合わさる音、その余韻に浸っていた。

 

 その様子を見て、先行して歩く――蓮花が叫ぶ。

 

 「――うん、大丈夫そうネ!それじゃー!ギタの森まで競争するアル!」

 

 

 そう呟くと 蓮花は足に魔力を貯め……。

 

 土を抉るほど爆発力でスタートダッシュを決めた。

 

 「――!?」

 

 ……啞然とするイザベル。

 

 

 ――それを横目にアウレも同様のダッシュを決めるのであった。


 「……」

 

 あっという間に、一人になったイザベル。

 

 遠くなるアウレの後ろ姿は。

 よっぽど剣を貰ったのが嬉しかったのか……。

 草原の中を颯爽と駆けていく。

 

 「ちょっと、二人共…………もう!……しょうがないわね。」

 

 イザベルはため息をつきながらも呟く。

 そして、何かを諦めた表情を浮かべ、後を追いかけるのであった。

 


 ――ギタの森奥、草木が揺れ、魔獣達が騒ぐ。大きな影は木々をなぎ倒し、ゆっくりと動いていた――。


 

 

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