第13話 魔力制御

 

 アウレはここ数日、『魔力制御』の訓練を行う。


 常に魔力が流れるイメージを意識して、日々を過ごした。


 しかし、常にというのが案外難しい……。

 

 一日に何度か、魔力が切れているし、寝ているときは止まる。

 

 その『意識』『と無意識』の壁が高かった。


 そこで…執事長ゲイリー・バトラーはある秘策を用意した。

 


 「今日から、蓮花さんと一緒に寝ましょう。」

 


 こうして……李 蓮花と両手を繋ぎながら寝る日々が始まったのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 初夜、一枚の同じ布団の中で「おやすみ!」をした後、アウレは狸寝入りをする。


 そして…蓮花の寝顔を見ていた。

 口元から息が漏れ、小さな胸が上下している。

 更に注視してみると、服の上から、青白い靄が体内を巡っているのがわかった。

 

(…本当に寝ている間も『魔力』が流れているんだな……)

 

 握る手からも温かさ、『魔力』を感じる。

 

 しかし、問題はこの状況だ。

 

 このままでは興奮して眠れないので、ここ最近の李 蓮花の様子について、考えてみることにした。



羊を数える代わりである。

 

 この眼が特異なものだと判明したあの日から、|この少女≪蓮花≫は興味深々の眼差しで見つめてきた。


 それはもう……新しい玩具を見つけた子供のようだった。

 どのように『魔力』は視えているのか?

 色や、形は?

 匂いは?


 など、質問しすぎてゲイリーに注意を受けるくらいである。

 

 (そういえば……前に、あまりにも反応が子供っぽく、見た目からも年齢がわからないため、蓮花の歳をイザベルに聞いたことがあったな……。)

 

 「えっ、蓮花の歳ですか?確か、今年で24だったと思いますよ。」

 

 「……なるほど……ということは……。」とアウレは布団の中で呟き。

 そして、もう一度、横で眠る李 蓮花を見つめる。

 

 ――今なら夜這いできる――。


 アウレは早速。

 熟睡した蓮花に擦り寄り、行為に及ぼうとした。


 ――が、握られた両手が解けない。


 ……それは……馬鹿力。

 

 「……あれ……解け……痛っ……あっ……。」

 

 「ん、んー……もう食べられないアル……。」

 

  蓮花が寝返りをうつたび、無防備な体が瞳に映る。

 服は、はだけて、艶めく肩が出ていた。

 

 

(こんなのは、……ただの生殺しだぁぁぁぁ!)

 

 

 ――アウレはこの日、一睡もすることなく魔力制御ができたのであった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 

 数日後、アウレの自室。

 鏡の前で自分の裸姿を確認する。

 金色の髪に碧い瞳、少し膨らみかけた胸、体は前よりも成長していた。

 

 青白い靄が全身を澱みなく、流れていく。

 

 当たり前ではないことを当たり前のように……。

 

 (……よし、この感じだ!)

 

 アウレは呼吸をするように魔力を練り上げることが、できるようになっていた。

 

 『魔力制御』の恩恵はアウレの身体を大きく向上させていく。

 

 

 ――それは……普通の少女では考えられないほどの力を使うことができるようになっていくのであった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


「順調アルよ!無問題ネ!」

 

 執事長ゲイリー・バトラーは、蓮花の言葉が一番心配であった。

 

 ここ最近は執務に追われる日々。

 お嬢様の魔術授業はしばらく蓮花に任せきりで見ていない現状が続く。

 

 そこでゲイリーは執務の途中、イザベルと一緒にアウレの修行の様子を見に行くこととした。

 

「イザベルさん、あれの進捗いかがですか?」

 

 ゲイリーがマキシウス家の廊下を歩きながら問う。

 

「今、解析が終わってこれから試作するところです。」

 

「そうですか、それなら再来年度の入校試験には間に合いそうですね」

 

 この国では貴族は12歳から魔法学校に通わせる決まりがある。それはアウレも例外ではなかった。

 

「このことは兄レクス様には?」

 

「いえ、旦那様とお話をした結果、漏洩の危険があるので、お伝えしないことにしました。」

 

「そうですか……」


 イザベルはこれ以上の詮索を止めた。

 何故なら、アウレが魔法を使えないということは、この家でも数人しか知らされていない極秘事項だったからだ。

 

 やがて、外の光が見えてきた頃、二人は目の前で行われる光景に啞然とさせられるのだった。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 

 

 もう雪もすっかり解け、暖かな陽射しが包むマキシウス家の中庭。

 

 まだ、寒さは残る場外に、異常な熱風が巻き起こる。

 

『推手』という練功術の練習法がある。

 お互いの手のひらを合わせたまま魔力を通して『内功』、『外功』の打撃を繰り出しては、受け流す。攻防一体の練習法である。

 

 ――そう、今まさに、李 蓮花とアウレ・マキシウスが行っている訓練であった。

 

 本来ならゆっくりとしたスピードで行い、『外功』なら『外功』で受け、『内功』なら身体の中に魔力を取り入れ『内功』で返すという高度な練習法である。

 

 ……だが、目の前で行われているそれは次元が違った。

 

 対峙する二人の周りは土埃が舞い、攻守を繰り出す手は速すぎて見えない。

 

 手と手がぶつかるたびに怒号が響き渡る。

 

 汗だくの両者は息を荒げながらも、休むなく立ち位置を変え、密着したまま弧を描いて高速で回っていた。

 

 「……ほう、これは……」

 

 「な、なによ、これ!」

 

 傍観者、二人の反応はそれぞれ違う。

 前者がゲイリーで後者がイザベルである。

 

 徐々に加速していくスピード。

 二人の目は猛々しく光り重なっていく。


 やがて、……推手に乱れが生じる。

 

 ――それはアウレの呼吸が乱れてバランスを崩し、片膝をついた瞬間だった。

 

 「……はぁ……はぁ、くそー、負けたー!!!!」

 

 アウレは仰向けに倒れこみ、天を仰いで敗北を宣言する。

 

「……ふー、危なかったアル!また腕をあげたネ!」

 

 どこか清々しい汗を掻いた蓮花は、尻もちをつくアウレに手を差し伸べていた。

 

 その光景を間近で見ていたイザベルは冷や汗を掻く。

 

 この李 蓮花は若いながら、練功術の達人であり、王都でも名の通った武人である。

 

 それをこんな幼い子が数か月で……。

 

 時々、|この子≪アウレ≫の得体の知れない才覚は……恐怖すら感じる。

 

 アウレは立ち上がり、お尻の土埃を手で払う。

 その様子を。感心しながら観ていたゲイリーはアウレに微笑みのまま問いかけるのであった。

 

「お嬢様、少し試してみてもよろしいですか?」

 

 

 ……ん!?何を?と、不思議そうな顔するアウレ。

 

 

 ゲイリーは「失礼!」と一言投げかけると――。

 

 

 ――瞬間、強烈な殺気をアウレに向け、魔力を練り上げた。

 


 「――!?」

 

 

 ――我、問う魔導の理を万象にて現し溢れよ、炎槍なりて敵を穿て |猛炎槍≪フレイルーン≫――。

 

 ――――。


 

 高速の詠唱がこだまする。

 


 それは間違いなく、少女を殺すのに、余りあるほどの灼熱の炎の槍。

 

 

 「――⁉……先生、待っ……」

 

 

 血相を変え、止めようとするイザベルの声を無視して……。

 

 

 ――ゲイリーは冷酷、無慈悲に発射する。

 

 

 ――間に合わない……。


 

 イザベルと蓮花は混乱で動くことが出来なかった。

 

 

 勢いよく発射された炎炎たるその槍はアウレに直撃し、燃え盛る。

 

 

 

 ……。


 

 

 呆然と立ち尽くすイザベルと 蓮花。

 

 

 ゲイリーが放ったそれは……。



 確実に敵を焼き殺し、骨まで残さない。


 

 それくらい本気の魔術であった。

 


 ……辺りは焼野原、煙炎で何も見えなくなっていた。

 

 

 ――すると、……煙の向こうに咳をする小さな人影が見える。

 

 

 ――服は焼き焦げ、煤だらけではあるが……無傷のアウレがそこにはいた。

 


 「おい!こら!いきなり、なにすんだ!……じじい!!!!」

 

 

 「――ふむ、ちゃんと魔力感知と外功による防御ができてますね、よろしい!」

 

 

 憤慨し、暴言を吐くアウレの言葉には耳を貸さず、ゲイリーは何事もなかったように、微笑みで返した。

 

 アウレの無事を確認し、安堵したイザベルと李 蓮花は……。


 ――緊張の糸が切れ、その場に座り込んでしまうのであった――。

 

 

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