第12話 燃立つ大望と魔成眼


 「……やっぱりそうか!」

 

 アウレは金色の髪を李 蓮花に洗われながら、そう確信した。


 マキシウス家の大浴場。

 大勢の人が入っても大丈夫なくらい広い浴室を、三人は貸切状態で使用していた。

 

 シャンプーという石鹼みたいなものが垂れてきて、目が沁みて……。

 前が、よく良く見えないが……。


 湯気の向こう、鏡越しに、蓮花の小柄な体、透き通る白い肌が映る。

 

 「どこか、かゆいところはないアルか?」

 

  蓮花が呑気に尋ねる。


 お風呂に入るときはいつもの団子団子ヘアをほどき、長い黒髪、濡羽色ぬればいろがとても綺麗であった。


 その未発育の身体を見つめてふと、思う。

 

 湯気とは違う青白い靄、……魔力である。

 

 この魔力が発現し、視えるようのなってからというもの、アウレはある不思議なことに気が付いた。

 

 それは……。

 執事長ゲイリー・バトラー。

 イザベル・フィッツロイ。

 母アンヌ・マキシウス。

 そして……李 蓮花リー リェンファ

 

 この四名は常に青白い靄が掛かっているのだ。

 

 不思議に思ったアウレは早速、その疑問を素直にぶつけてみることにした。

 

 「ねえー?蓮花達はなぜ、いつも魔力を出しているの?」


 「――!?」

 

 可愛く、尋ねるアウレ。

 蓮花はその質問に驚き、お湯が入った桶を落とす。

 

 

 「痛っ……!!!!?」


 それはアウレの頭上に勢いよく直撃したのである。

 頭を押さえ、不思議に思ったアウレは蓮花の顔を見た。


 すると、どうしたらいいのかわからない……という動揺の表情を浮かべている。

 

 この娘は最近、驚いてばかりだな……とアウレは思う。

 

 しかし、困った……。

 このままでは埒が明かないぞ……。

 と、その答えを求めるべく、アウレは少し大きめの声を出すのであった。

 

 「ねえー、どうなのー?イザベルー?」

 

 浴槽内の湯気が晴れ、姿を現す。

 栗色のミディアムヘア、綺麗なボディラインを湯船に半分つけ、恍惚の顔で入浴を楽しんでいる。


 イザベル・フィッツロイの姿だった。

 

 二つの大きな胸は浮き輪のように浮かんでいて、いつも掛けている眼鏡は外している。

 普段、執事長ゲイリーの執務の手伝いとメイドの仕事を兼任しているせいか、大分お疲れの様子だった。

 

 アウレからしたら、普段から掛けていなければいいのに、と思うほどの美少女であった。

 


 「蓮花ー、お嬢様に魔力感知はもう教えたのですか?」

 


 イザベルの問いに、蓮花は高速で首を横に振る。

 

 えっ!……と驚いた後、しばらく間が空き……。

 

 そして、……イザベルは静かに話し始めた。

 


 「お嬢様はなぜ、そう思われたのですか?」

 

 「だって、常に魔力が身体から漏れているから……」

 

 「……つまり、魔力が視えるのですね!?」

 


 真剣な顔してイザベルはアウレを視る。

 


 「……!?お、うん……それが何か問題……」

 

 「――問題です!」

 


 そう即答をし、アウレの手を引いて物凄い勢いで、風呂場から連れて行くのだった。

 



 「イザベルー!服!まだ、服来てないアルー!」


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 「何事かと思ったら、そういうことでしたか……」

 


 白髪の執事長ゲイリー・バトラーが呟く。

 アウレの自室にイザベル、蓮花の二人も同席していた。

 イザベルは、なにやら、部屋の四方に何らかの魔術を施し、機密保持する。

 


 三人とも神妙な面持ちの顔、雰囲気だった。

 


 当の本人、アウレはベッドに座らされてゲイリーの眼の診断受けている最中。

 

 「どうしましょう……封印しますか?」

 

 深刻なトーンの声でイザベルはゲイリーに尋ねる。


 ゲイリーは少し考えこむ。

 腕を組み、白い顎髭を摩る。

 


 そして、思いもよらない返事を返した。

 


 「いえ、好都合です、そのまま利用しましょう。」

 


 ゲイリーは何を諦めた様子だった。

 

 アウレはそんな無責任な!と思う反面。

 ああ、もう……これ以上の秘密が一つや二つ増えたとして、どうにもならないくらい手遅れなんであろうと思う。

 

 「いいですか、お嬢様。本来、魔力は視認できないものなのです。」

 

 アウレは前回の魔法が使えない件レベルのヤバさを感じとったのか、素直にゲイリーの話を聞く。

 


 「この眼は魔成眼ルミナスサイトと言って魔力や術式など、見えてはいけないところまで視えてしまいます。」

 

 「視えてはいけないとこ……!?」

 

 「そうです。人が深淵を覗くとき深淵もこちらを覗くように、この眼が災いを呼び込むといわれ、どの国でも禁忌指定になっております。」

 


 話がデカすぎる。「俺はもう、危険物扱いなのか?」と、アウレは心の中で呟いた。

 


 「……もし、バレたら……」

 

 「……この眼をめぐって戦争が起きます。」

 


 ……あー、なるほどこれはダメだ!とアウレは思い、部屋の天井を見つめる。

 


 きっと、だと確信した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 もう、この際だからゲイリーにも聞いてしまおう!



 と、アウレは先ほどの疑問、常に魔力が体に流れているぞー!お前らー!

 ……問題を聞いてみることにした。

 


 すると……。

 


 「なるほど、いい質問ですね!」

 


 流石のゲイリーもやけくそになったのか、少しキャラがブレた反応を返す。

 

 「ズバリ!お答えしましょう!それは……『魔力制御』です」

 

 ……『魔力制御』!?アウレは首を傾げる。

 

 「そう、魔力制御は魔力を微弱に制御し、感覚的に周りの魔力を検知するのです。ちょうど、お嬢様の次の修行でやろうと思っておりましたので好都合です。」

 

 「更にその魔力を視認する眼があれば、習得は容易かと……ですので、これから一日中、微弱に魔力を流し続けて頂きます。」

 

 「……はい?一日中?食事の時もお風呂入る時もか?」

 

 「はい!食事の時もお風呂入る時も寝る時もです!」

 

 ゲイリーはにっこりと微笑む。



 アウレはその顔が最も怖かったのであった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

「一体何者なんですか?あのお嬢様は!」

 


 マキシウス家の執事長室で、イザベルがゲイリーに神妙な面持ちで尋ねる。

 

「私は奥様の立ち会いから今日までお世話をしてますが……間違いなく、マキシウス家のご令嬢、普通の子供です。」

 

 室長席に座るゲイリーは淡々と答えた。


 イザベルの言い分もわかる。

 たが、その可能はない……と考えていた。

 

「しかし、あのお嬢様は異常です!一度詳しく調べてみてはいかがですか!?」

 

 ゲイリーの机を叩き、直談判をする。

 いつもの冷静沈着な彼女の姿は、そこにいない。

 

「イザベルさん、少し落ち着いてください。」

 

「……すいません」

 

 イザベルは少し俯き、着ている黒のローブの裾を強く握った。

 その様子を察し、イザベルに座るよう促す。

 

「私は今回の件ではっきりとわかりました。」

 

「……何を……ですか……」

 

「私がここにいる意味、つまり、――天命です。」


「――!?」

 

 イザベルは知っていた。

 

 このゲイリー・バトラーがなぜ、セルタニア魔法国に来たのか……を。


 そして、この国にこだわり続ける本当の理由も……。

 

 ……それが、あの|お嬢様の眼≪魔成眼≫にあると言うのだ。

 

「……どうされるのですか……?」

 

 イザベルは触れていけない場所に踏みこむ。

 

 何故なら……あの幼い少女の価値は今やこの魔法国だけではなく、世界各国が欲しがる研究材料になる存在であったからだ。

 

 ……そして、それは……このゲイリー・バトラーも同じである。

 

 ゲイリーは唐突に椅子から立ち上がり、窓の外、膨れ上がった赤い満月を眺める。


 

「どうもしませんよ、……もう私には過ぎたことですから……。」

 

 

 月の光に映ったその表情は少し寂しそうに見えた。

 

 

「イザベルさん、私はですね……償いたいのです。」

 

 

「……?……何をですか?」


「私がこれまでにしてきたことに対する……償いです。」

 

「……」

 

「そして、それはもはや一生叶わないものだと思っていました……そんな時、ウェルターくんが声掛けてくれたのです。」

 

 執事長ゲイリーは思わず、昔の呼び名で呼んだ。

 それはきっと彼のことを主従関係以上に友人として尊敬しているからだろうと、イザベルは思う。

 

「そして、こうも言いました。過去は変えられない……だからこそ、一度、前を見るべきなんだと……」

 

「ウェルター先輩らしいですね」

 

「そうですね。正直に言うと……当時の私にとって、その言葉はただの綺麗事のようなものに聞こえていました。」


 少し冗談っぽく話すゲイリー。


「しかし、今。彼の娘が、それを成し遂げてくれるかもしれないと……そう思ってしまったのです。」

 

 だが、その眼は真剣そのものだった。

 

 期待。それは最も安易で、愚かな行為であると、彼は知っている。

 

「失礼、これは私の妄想です。……ですが、……イザベル君、蓮花君、二人には今後も力を貸して欲しいと思っています。」

 

 そして、ゲイリーは深々と頭を下げる。

 

 この魔法至上主義の国で唯一、魔法が使えないにもかかわらず、魔法師団長まで上りつめた。


 異端の魔術師 ゲイリー・バトラー。


 長い付き合いで、元上司でもある彼の初めての懇願に、イザベルは大いに戸惑った。

 

「頭を上げて下さい!先生!わかりました!わかりましたから!」


 そう、戸惑い、折れるイザベル。

 

 白髪の頭を上げた……執事長は微笑を浮かべる。

 

 イザベルはその顔を見て。

 「ああ、この人には一生勝てないんだろうなぁ」と心の中で呟き、再びため息をついた。

 


 ――常闇に赤く燃える満月は……地平線の彼方へと沈んでいく。

 


 

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