第11話 練功術と剣術の光明

 

 夜明け前、マキシウス家の一室。

 大きな鏡の前で、アウレ・マキシウスは全裸姿の自分を見つめていた。

 

 昨日、李 蓮花に触られた胸を手で確かめる。

 あの時、感じた熱は、まだ残っていた。

 

 目を瞑り。

 あの日の感覚を呼び起こす。


 すると、その熱は胸ではなく、丹田(おへその下)ほうから少しずつ広がり……。


 やがて、全身へと流れ出す。


 眼を開けると、鏡に映る自分の身体も同じように、碧い靄が出現して、全身へと広がった。

 


 ( ……もしかして、この青い靄が『魔力』なのか……? )

 


 アウレはこの身体の異変、変化をうまく受け止められないまま……。


 夜明けを迎えたのだった。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 

 数日後、体調の経過を確認してから、魔術の授業は再開された。

 

 何の授業をするのかも聞かされないまま、城の庭まで来るよう、 蓮花 に呼び出される。

 アウレ は城の外へと通じる扉を開け、ると、そこには……。



 李 蓮花 と 執事長 ゲイリー・バトラー 。



 両名が庭先に立っていた。

 


「 もう、たいちょー体調は大丈夫アルか? おわびに、今日はちょっとだけ面白いもの見せるネ! 」


 

 そう、軽い口調で呟く 蓮花 。

 その様子に、アウレは疑心暗鬼、嫌な表情を浮かべた。

 

 何故なら、つい先日、酷い目に合わされたばかりである。

 

 ……だいぶ胡散臭い。

 

 ほんとに大丈夫か?


 と思いつつ、アウレ は、執事長の顔をちらりと見た。


 すると……。

 


 「 お嬢様、ご安心ください。今日は私も付き添いさせて頂きますので…… 」

 

 

 ――と微笑み顔を返す。


 

 ……安心できない……。

 

 

 なぜなら、こいつも……仏の皮を被った、鬼だからである。


 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 


 城の外は、まだ肌寒い。

 

 アウレ は身震いをしながら、言われるままに歩かされていた。

 

 白く残る雪の庭園を抜け、中庭の開けた場所で二人は足を止めた。

 

 これから一体、なにをするのか?

 

 皆目見当がつかない。

 

 

「 それじゃあ!だんちょー、お願いするネ! 」


 

 急かすように 蓮花 が叫ぶ。


 何かを期待している、そんな雰囲気だ。

 


「 ……蓮花さん、何度も言っていますが、今は『』ではなく、『』と呼んでください 」


 

 と、ゲイリー は軽い忠告をして……。

 腰の小さい鞄から薄紫色の大きな魔石を取り出す。

 

 そして……何かを呟く。


( ん?……お経か……? )


 そんな、不思議そうな顔を覗かせる アウレ。



「 お嬢様、少し危ないので、下がっていてください 」


 

 ――そう、警告すると、地面から方陣が広がり、光り出す。


 ――その瞬間、物凄い突風が吹き荒れ……。

 


 「……な!?……なんだ!!!!?」


 ―― 方陣の中から大きな影が出現する ――。

 


 ――咆哮によって地面が揺れる。

 周りの草木は風圧で、なぎ倒されそうになっていた。



 「 ――なんだ――――!!!!? 」

 


 アウレ の小さな体が、飛ばされそうになる。

 瞬間、 ゲイリー がその身体を掴み、そして、聞こえるように呟く。


「 ――お嬢様、あれが『魔獣』でございます。 」


 まさに衝撃の姿。

 初めての見る『魔獣』は高さ一丈六尺約4.8mほどで、大きな鷲のような姿、形をしていた。

 

 こんな化け物と、どうやって戦えばいいんだ?

 こんなのに襲われたら、人間など一溜まりもないぞ……。

 

 言い表せないような恐怖と高揚に……。

 

 金髪の少女は……武者震いをしていた。

 


「 いやー、いつ見てもあっかんアルね! だんちょー の鷲獅子ハイルグリフォンは! 」

 


 蓮花はその魔獣に無警戒で近寄り、頭を撫でる。

 すると、不思議なことに、その魔獣は嫌がる素振りしなかった。


 それどころか、撫でられるのをよしと、しているようだった。

 


「 お嬢様、ご安心ください。この魔獣は大人しく、決して危害は加えませんので……それでは……失礼! 」

 

 ゲイリーはそう呟くと……。

 アウレの脇を持ち、そのまま担ぎ上げ魔獣の背に乗せた。

 

「 えっ……⁉ 」

 

 うろたえうるアウレを気にも留めず、二人も魔獣の背に乗る。



「 しゅぱーつ! 」

 

「 お嬢様、しっかりと掴まっていて下さい。 」

 


 アウレがまさか!と思った、次の瞬間。

 魔獣はその大きな羽を広げて羽ばたき、ふわりと飛翔した。

 


(……な、な、な……○※□◇#△!!)

 


 アウレの叫び声は、風の音で、かき消されるのであった。

 

 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 マキシウス家の大きな城は一瞬で米粒になった。

 

 初めて空を飛ぶ感覚。

 アウレ の顔に冷たい風圧があたる。

 

 最初は目も開けることができなかったが、徐々に余裕が生まれ始め……。

 次第に周りの景色を確認することが、できるようになっていく。

 

 リセレポーセの都市はアウレ達が住む城から、放射状にいくつもの道が伸びていて、城下にはたくさんの家がある。

 それを囲むよう円形上に外壁が連なっている。

 

 城塞ほどではないが、充分に外敵への防御ができている。

 そんな、印象である。


 なお、魔獣は飛び続ける。

 初めて、見る光景を超えて、更に高く、先へと進んでいた。


 すると、今度は辺り一面、雪化粧の草原に変わる。

 奥には森林が広がり、遥か向こうに山脈地帯が見えてくるのであった。

 

 

 ゲイリー が「 そろそろ、着きます 」と、叫ぶ。

 

 魔獣を足で軽く叩き、合図をおくる。


 すると、鷲獅子ハイルグリフォンはゆっくりと旋回を始め……。

 

 そして、土煙をあげながら、静かに地面へ着陸した。

 

 

 アウレ は久しぶりの地面の感触に、内心ホッとした表情を浮かべる。

 

 

「 着いたアルよ!ここが、目的地ネ! 」

 

 

 蓮花 はそう言い放つ、と。大きく背伸びをする。

 

 視界には連なる大きな岩石の山が四方八方、聳え立っていた。

 

 

「 ありがとうございます。オリヴィア 」


 

 そう、ゲイリー が魔獣に言うと、ポーチの中から特大のお肉を取り出す。

 

 さっきの大きな魔石といい。

 この大きな肉といい。


 どうしてあんなに小さい鞄の中から出てくるんだ?


 アウレは不思議そうに見つめていた。


 

「 さーて、これから見せるものは……錬清国のひでん秘伝魔術、『練功術』ネ! 」

 

 突如、両手を広げ、これから大道芸でもするかのように叫び出す 蓮花。


 その、高らかな声に「……れんこうじゅつ!?」と アウレ は首をかしげた。

 


「 まあまあ、百聞は、一見に……なんとやらネ! 」



 そう言うと、 李 蓮花 は聳え立つ、一枚の岩石の前に立ち……。

 

 ……両手の拳を軽く握り、構えをとる。

 

 呼吸をゆっくりと深く、吸いこむ。

 

 その様子を アウレ は眼を凝らして視ていた。

 

 丹田おへその下から青白い靄が全身に巡っていき、更に勢いが増す。

 

 そして、その靄は身体の表皮から漏れ出す。


 それは、身体を覆い、厚い層ができていた。


 まるで……青白い靄の鎧のようである。

 

「 今、『気』を練って、身体の外へ放出したネ!これを『練功術』では『外功』というアルよ! 」

 

 「 ふんふん 」と頷きながら、 アウレ は静かに聞いていた。

 

 李 蓮花は構わず、話を続けた。

 

「 これは、攻防一体ネ、今からこの岩を殴ってみるから、よーく見とくアルよ! 」

 

 そう言うと、李 蓮花 は構えた状態から深く踏み込み、岩石目掛けて――。



 ――右拳で殴った。

 


 ――ドン!



 という衝撃と共に岩の表面が大きく抉れる。

 

 それは李 蓮花の小さな体からは、想像もつかない程の威力。

 アウレの口から思わず、「おお!」と感嘆の声が漏れる。

 まさに『練功術』の凄まじい威力を視た、素直な反応である。

 


「 それから…… 」

 


 と、李 蓮花は間髪入れずに話を続ける。

 今、殴った場所から移動し、凹凸のない岩のところで手のひらをペタリとつけた。

 

 アウレの眼には……。

 

 今度は体の表皮に纏った靄(魔力)をしまう様子が視えていた。

 

 体内で高速に巡り回る魔力。

 


 ――それを、……一気に掌から岩石へと放出する。

 

 

 ――その瞬間。


 

 ……まったくの無音。

 

 

 打撃音はなかった。


 

 ……。

 


 静寂が木霊する。

 



 岩石の上の方から少量の砂が落ちる……。



 その時――。

 

 

 ――突如、頑強な厚い岩石から大きなひびが入る。

 


 その亀裂は連鎖するよう、放射状に延びていき……。

 


 ギシギシと物凄い音を立てて……。


 

 崩れ落ちていくのだった。

 

 

 アウレは開いた口が塞がらなかった。

 


 『練功術』のそれは、規格外の力である。

 

 

「 これが『内功』、技の名を『発勁』というアル…… 」


「 …………!? 」


「 …………。 」


「 ……んっ……!?それだけ……か? 」

 

 李 蓮花からはその後の詳しい説明はない……。


 そういえば、今まで色々、教わってきたが……全て、「習うより慣れろネ!」だとか……「百聞は、一見に……なんとやらネ!」とか。

 具体的なやり方や仕組みには一切、触れてこなかった……。

 

 そう、彼女は超絶の脳筋だったのである。


( おい――!? それじゃあ、わかんねぇだろ! )


 と、思わず、心の中で突っ込みを入れる。


 無理だ。こいつに何かを教わるなんて……。


 と、アウレ は、呆れた表情をしていた。


 そして……。


 その状況を見兼ねた ゲイリー が、たまらず、口を開くのだった。

 

 「いいですか、お嬢様。この技は魔力を練り上げ、掌から魔力の波を伝えることで内部から破壊する技でございます。」


 そう言うと、ゲイリーは岩石に手を当て、同じようにやって見せる。

 

 蓮花ほどではないが……。

 

 岩石が、吸い込まれる様に抉れた。


 

 「 まあ、この技は、まだお嬢様には少し早いですが、これから魔力制御の訓練をおこなえば不可能ではございません……ですから……!!!!? 」

 


 ―― アウレ が手をかざした先。


 ―― 岩石に小さなひびが入る ――。

 


 「 ……な……⁉ 」

 


 ゲイリーは驚愕した。

 何故なら……この技は見よう見まねで、おいそれと出来る代物ではない。

 < 錬清国 >の絶技。長年をかけて習得できる技なのである。

 

 それを……魔力制御もできないはずの小さな少女が、目の前でやって見せた……。


 「……は、『発勁』できてるネ……。」


 李 蓮花も驚き、力なく笑った。


 まさか、一度、見ただけで出来るとは思ってもいなかったようであった。

 

 そんな様子の中、アウレは掌を確認する。

 

 ほんのりと残る、青白い靄。

 


 (なるほど……な……。)

 


 『魔力』。

 生前の世界ではなかった特殊な力。



 だが、アウレは理解ができた。

 


 何故なら、考え方は『重力』と全く一緒であったからである。

 

 

 『重力』。

 それは地上にある全ての物に影響を及ぼす絶対の力。

 

 この星の大いなる力、呼吸、気。

 

 そして、誰しもが理解しながら、意識しない……見えざる力。

 

 その流れを感じて意識し、心技体で現し、敵を制する。

 

 それこそが、剣術の秘伝であった。

 

 

 すなわちは……。


 

 ――『』――。

 

 

 遠き日の師の記憶が脳裏によぎる。


 

(……ふん、ジジイの言葉はいちいち分かりづらえだよなぁ……。)


 

 そう、心の中で悪態をついたアウレの胸は高鳴り、躍り出す。


 

 『魔力』と『重力』。


 

 その使い方は一緒だとアウレは身をもって体現し、確信を得た。


 

 それはこの世界で、ということ……。

 

 

 ――あの日から立ち止まってしまった剣の道。それがまさに今、この異世界で繋がり、動きだした瞬間だった。

 


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