第9話 二人の魔術師
いわゆる<魔力酔い>で潰れたお嬢様を、寝室まで運びながら、執事長ゲイリー・バトラーは思案する。
「さて、どうしますか……」
アウレはゲイリーの腕の中。
金色の髪は乱れ、赤く頬を染めて、静かに眠る――アウレ。
ゲイリーは自室のベットにそっと降ろし、しばらく、その様子を眺めていた。
その可愛い寝顔は、かつての愛娘と瓜二つに重なって見えた。
自分が救えなかった愛娘……。
ゲイリーの脳内には、あの日の姿が今も染み付いている。
そう――。
――ベットの上、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
マキシウス家の城、長い廊下は考え事をするにはちょうど良かった。
いつもの何倍も時間をかけて歩く。
そして、何かを決心するように一室の前で立ち止まった。
重厚な作りの扉。
極東都市リセレポーセの政務を司る部屋である。
ゲイリーはいつもより強めにノックをしてしまった。
……すると、部屋の中から返事声がした。
扉を開け、部屋から出てきたのは、この城のメイド、カトリーナ。
長年、マキシウス家に勤める同僚であった。
ゲイリーが「失礼します!」と中に入ると……。
部屋の奥。
城の主ウェルター・マキシウスが座っていた。
机の上には山のように積まれた書類。
それらと、今日も長い長い格闘中である。
「どうかされましたか?ゲイリーさん」
いつもと違う様子を汲み取ったのか、不思議そうな表情を浮かべ、問い掛ける。
ゲイリーはふと、横の肖像画に目を向けた。
そこには、……。
何気ない家族の写真。
少し引きつった顔のお嬢様が描かれている。
私は……この家の執事長として何ができる?
……考えた末、ゲイリーは答えを出すのであった。
「……旦那様、大事なお話しがございます。まずはお人払いを……」
一息、間を開けて……。
重くなった口をゲイリーは無理矢理、開く。
その神妙な様子を察して、ウェルターはカトリーナに目配せする。
……それに、カトリーナは、静かに同意し、退室するのだった。
「……そういえば今日は、アウレちゃんに魔法の講義をする、と言っていたね」
何も知らないウェルターは、空気を柔らかげるように軽く、話題を投げる。
その言葉を。
「――そのことであります。」
――すぐさま、返答で打ち返した。
「――!?何があったのですか?」
面を喰らったウェルターは尋ねる。
ゲイリーは今日の講義、一連の流れを説明し、結論を突きつけた。
「……そんな……魔法が使えない……と……」
ウェルターは話を聞き、一度、席を立ち上がり、その後……力なく座った。
このセルタニア魔法国は王族、貴族が主権の国家である。
その最たる象徴、証こそが代々受け継がれる魔法である。
それこそ、魔法の血を濃くするために婚姻をし、各家が研鑽を積み、次の世代へ守り受け継いでいく。
つまり、魔法がないことは王族、貴族としての人権がないということであった。
それは、この伯爵家マキシウスの娘として生まれたアウレにとっても――例外ではないのであった。
「……」
二人は沈思黙考 ……。
そして……。
――ゲイリーの口からとんでもない提案が出された。
「……この件はなかったことにしましょう!」
「――――!!!!!!!!?」
ウェルターは驚愕し、咳き込む。
「――⁉……なかったことって⁉可能なんですか!!!!?」
「幸い、この件において、適任者がおります。」
老いた口元が緩む。
「
確たる自信がこの老紳士には……あるのだった。
「旦那様、しばらくの間、お暇を頂けないでしょうか。」
ゲイリーは重い決断をあえて、軽い口調で述べた。
しかし、その眼は真剣――そのものであった。
「……わかりました。この件はゲイリーさんに全てお任せします。」
その言葉を聞き、ゲイリーは綺麗なお辞儀をする。
そして……。
「はい、お任せください」
――と、力強く応えたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ほどなくして、目覚めたアウレに対し、ゲイリーは事の経緯を伝える。
とんでもなく長い説明が続いたが、大事な話だったようで、何度も言い聞かせるように伝えた。
要約すると、二点である。
アウレ自身に魔法の適性がなく、このことが露見すれば貴族としては生きていけないということ。
魔法は使えないが、他の方法で魔術を使えるということだった。
まあ、魔法は使った事がないので、代用の魔術で、あの奇妙な妖術が使えるなら別によいが……。
問題は秘密がバレた時である。
アウレ自身だけではなくマキシウス家としても忌み子出したということで、権威が失墜し、最悪、宗教裁判にかけられる可能性があると言うのだ。
さすがに、これだけを世話になっているマキシウス家の恩に対して、泥を塗るわけにはいかない。
そこでアウレは、ゲイリーの持ってきた案に、全面協力することにしたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
執事長ゲイリーが、いなくなって、数か月後。
季節は変わり、リセレポーセに冬が到来していた。
マキシウス城に一面、白い雪が積もる。
メイド達は冬籠りの支度で忙しい。
大きな豚のような魔獣を捌いたり、薪を用意したりと、仕事は山のようにあった。
あれからゲイリーは城を出て、座学の授業も休止となった。
この時期に執事長がいなくなるのは厳しい。
そのせいか父も、母も連日連夜の仕事に追われていた。
アウレは薪割りの仕事を手伝いつつ、ふと――空を見上げる。
漆黒の空から無数の粉雪が降る。
綿毛のように、舞い落ちて。
金色の髪に付いては……。
消えていった。
そんな情景を眺め……。
憐れむように碧い眼を細め、ポツリと呟く――。
「なんだかんだ言って、悪い奴ではなかったな、ゲイリー・バトラー……」
「――勝手に殺さないでください!」
アウレは驚く。
振り返ると、フード服を被ったゲイリーが、そこにいたからだった。
心倣しか、白い髭が伸びていて……。
少し老け込んだ気がする。
……それと、もう一点、気になることがあった。
「後ろの二人は?」
ゲイリーの後ろ、
同じフード姿の見知らぬ女、二人が立っていた。
「だんちょー!この可愛い子がこの前、話してた子でアルか?」
身長の低い女の子がゲイリーに話し掛ける。
そして、フードを脱ぎ、アウレに顔をみせた。
その容姿は、黒髪を束ねた二つのお団子髪、幼い顔立ちの綺麗な女の子であった。
「もうー、蓮花ー!お嬢様に失礼でしょ!」
もう一人も同様に、顔を見せる。
栗色の髪が冷気に揺られ、なびく。
大人びた顔立ち、眼鏡姿が印象的で、どこか知性がありそうな雰囲気の女。
「……失礼致しました。私の名はイザベル・フィッツロイ、そしてこちらが
戸惑いながらも軽く挨拶を交わす。
イマイチ、状況が呑み込めない。
その状況を察したゲイリーは口を開いた。
「今日から、この二人にはお嬢様の魔術講師として、この家で働いていただきます。」
「え……あー……はぁい!?」
――突如の来訪、それはアウレ・マキシウスにとって、予期せぬ出来事だった。
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