第8話 魔法適正なし

 

 夜明け前。朝靄が立ち込め、草木の匂いが薫る、マキシウス家の中庭。


 束ねた金色の髪をなびがせ、ゆっくりと木の棒を振り下ろすアウレ・マキシウス。

 

 その小さな影は揺らめく。

 辺りの靄が一振りするたび、霧散する。

 

 呼吸を整え、木の先に全重心を伝えていく。

 全身の汗が腕から指先へと伝い――落ちる。

 

 そして、弧を描く、刀圏の跡は、残像のようにいつまでも残っていた。

 

(悪くないな……。)

 

 だいぶ、この身体にも慣れてきた。

 前世ほどではないが、……ある程度、刀を振れるようになっていた。

 

 アウレの素振りは型のようで型ではなく、決まっているようで、決まっていない自由なものであった。

 それは前世のとき、実戦の殺し合いの中で磨いた兵法であった。

 

 大抵の剣客は想定された動きには決まった動きを練習する。

 いわゆる道場の稽古で身につけるお利口さんの剣である。

 しかし、強者であれば気をてらい、虚の動きで誘い、起こりを消す。

 

 その一瞬の間が命取りになる。


 ……からこその囚われない、惑わない剣であった。

 

 この自主稽古はアウレにとってはいつもの日課だった。

 それは生前の頃からの習慣。

 剣の腕を鈍らせない確認の作業でもあった。

 

 ――やがて、山際から光が漏れ、夜露の濡れた芝生を映す。

 

 この風景はどこにいても変わらないな……と、アウレは思うのだった。

 

 「なかなか精が出ますね」

 

 突如、霧の中から人影が現れ、姿を現す。

 その者はマキシウス家の執事長兼教育係のゲイリー・バトラーであった。

 

 アウレは不意を突かれ、小さく驚く。


 このじじいは常に気配を断って現れる。

 

 数々の刺客を相手してきたアウレでさえ、気づけないほどの練度であった。

 

 「……ふーむ。」

 

 白く伸びた顎鬚を触り、アウレの顔をジッと見つめる。

 

 それは……。

 何か査定されるような……。

 気色の悪い気分。

 

 「……なんだよ⁉」

 

 「いえ、何でもありません……さて、そろそろ朝食の時間ですので、お着替え準備を……」

 

 タオルを渡し、綺麗なお辞儀をして、ゲイリーは屋敷の中へと入っていったのだった。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 アウレは朝食を済ませ、自室へと戻る。

 次はゲイリーの座学の時間である。

 

 (――よし、バックレよう!)

 

 自室2階の窓を開け、繋げたシーツを降ろす。

 身を乗り出して、周囲を確認すると……。


 アウレは勢いよく滑り下りた。

 

 ――勢いを殺し着地。


 10点満点のポーズした瞬間――。

 

 ――突如、茂みが光りだす。

 

 アウレの胴体に透明な縄のようなものが絡まり、バランスを崩して……その場にひれ伏したのだった。

 

 驚き、見上げると――。


 そこにはみなれた老執事。

 にっこりと、笑顔で迎えていた。

 

 「どちらへ行かれるのですか?」

 

 そう、尋ねるゲイリー。

 

 「放せ!」と叫ぶアウレの身体を持ち上げ、お姫様抱っこする。

 

 そして、抵抗するアウレを……。


 無慈悲に、講義室まで連行していたのだった。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 見えない縄で両腕と胴体をグルグルに縛られ、無理矢理座らされる。

 

 顔はしかめっ面、不貞腐れていた。

 

 なぜなら、ゲイリーが使う、この不思議な力(魔術)に為す術がないからだ。

 

 そうこうしているうちに――ゴホン!と、一咳して……ゲイリーは喋り始めた。

 

 「いいですか、お嬢様。座学がお嫌いなのはよーくわかりました……ので本日は趣味嗜好を変えさせて頂きます!」

 

 「……!?」

 

 「これから、早速、魔法の実技を行いたいと思います。」

 

 アウレの蒼い瞳が大きく開き、宝石のように輝いた。

 

 おお、ついに……。

 

 辛酸を嘗める日々からようやく、今、解放される日が訪れたのである。

 

 興味深々。


 その様子を確認したゲイリーは詠唱し、アウレの拘束を解いた。

 

 「……では早速。まずは……これを飲んでいただきます。」

 

 ……と、机の上に小瓶を出す。

 中には透明な液体が入っていた。

 

 「これは……なに?」

 

 「こちらは<魔力水>を薄めたものです、まずは、これを飲んで頂き、強制的に魔力を引き出します。それから……」


 と、机の上に石をばら撒く。

 

 「こちらに触れて頂き、魔法の系統、適正を調べます。」


 覗くと、五色の石が並んでいた。

 

 「魔法系統の適正は五元素。赤が光れば、火魔法、青は水魔法、黄は雷魔法、茶は土魔法、透明は風魔法です。」

 

 「……なるほど、それで使える魔法の適正がわかるのか?」

 

 「その通りです。こちらの魔石は稀に複数、光る場合もあります。2つの場合は二重式〈トーズ〉3つの場合は三重式<ラーズ>さらに……とまあ、そこまでいくと現実的ではないですが……」

 

 「ふんふん、これを飲んで石に触ればいいだな!」

 

 アウレは小瓶のフタを取り……。


 ――魔力水を一気する勢いで飲みだす。

 

 「――な!?……待って下さい!いくら薄めているとはいえ、子供がその量を飲んでは魔力暴走が……」

 

 ゲイリーの忠告を無視して、飲むアウレ。


 半分以上飲んだところで止まり……やがて小さく、体を震わした。

 

 飲んだ瞬間、体内から溢れ湧き上がるようなこの熱。

 甘味と苦い味が口いっぱいに広がり、脳を溶かしてしまうほど懐かしい高揚感。

 

(……な……この……味は……酒だ!!!!)

 

 それは以前、飲めなかった久しぶりの酒の味。

 それも生前よりも強烈で鮮烈な上物。

 アウレは止めようとするゲイリーの忠告を無視して。残りの魔力水を夢中で飲み……干したのだった。

 

 ……やがて、身体が火照り出し、なぜか、目から涙が溢れた。


 それは感動の味だった。

 

 その様子を見ていたゲイリーは深いため息をつき……。

 

 「まあ、……魔力暴走はない様子なので……いいでしょう、それでは魔石に触れて下さい」

 

 と、講義を続けた。

 

 アウレは<魔力水>のことで頭いっぱいになりながら、壇上に千鳥足で向かい、机の魔石に手をかざして順番に触れていく……。

 

 が、……。

 

 ……えっ!?。

 

 すべての魔石に触れたが、どれも……光らない。

 再度、全ての魔石触れる。

 

 ――光らない。

 

 これはどういうことか……と思わず、ゲイリーの顔を見る。

 

 すると、今まで見たことのないような、顔面蒼白の老執事が、そこに――いた。

 

 「……失礼!!?」

 

 たまらず,、アウレの手を取り、何かを確かめる。

 そして、もう一度魔石に触れさせた。

 すっかり酔っ払い、出来上がったアウレには、もう何が何だかよく分からなかった。

 

 ――その後、ゲイリーは懐から指輪を自分の手で魔石に触れる。


 魔石は光る。

 更に違う指輪をはめる、そして触れる。光る。はめる。光る……。

 

 すべての魔石が確かに、光るのを確認したゲイリーは……。


 その場に立ち尽くし、震えながら小さく呟いた。

 

 「……そ、そんな……ばかな……」と――。

 

 

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