第7話 初めての社交界

 

 セルタニア魔法国の貴族社会では10歳の誕生日を盛大に祝うことが慣習となっていた。

 それは貴族としてまた魔法師としての第一歩を踏み出すという意味合いもあるようだ。

 

 アウレ・マキシウスの新緑節(10歳のお披露目会)。

 

 極東都市リセレポーセの中心、マキシウス城の一番広い部屋で行われるパーティーには都市の有力者達が集まっていた。

 

 部屋は白を基調とした中世ヨーロッパの内装でテーブルには色とりどりの料理が並び、給仕達が忙しそうに働く。

 中心には眩いシャンデリアが等間隔につり下がり、正面壇上まで赤い絨毯が敷き詰められていた。

 

(なんだ……これは……)

 

 扉が開いたと同時に、多くの視線と拍手で迎えられる。

 真紅のドレスを纏い金色の髪、碧い瞳の可愛いらしい少女は扉の前で立ち尽くしていた。

 

 「ご来場の皆様、紹介します!今年で10歳になります、我が愛しの娘アウレ・マキシウスです!」

 

 父ウェルター・マキシウスが壇上から叫ぶ。


 会場が今一度、拍手と喝采に沸いた。


 壇上へと母と兄が向かう中、アウレは戸惑う。その背中をポンと叩き、ゲイリーが耳元で囁いた。

 

 

 「お嬢様、練習した通りでお願いします。さあ、壇上へ」

 

 

 そう言い放つと、不敵に笑みをこぼす執事長ゲイリー。

 

(……野郎……普段の意趣返しに反応を楽しんでやるな……)


 汗をかきつつも精一杯の苦笑いで返した。

 

 アウレは真紅のドレスを踏まないよう、気をつけながら一歩一歩壇上へと上がっていき、皆の前で小さくお辞儀をする。


 会場から息が漏れる。

 それは、まるで天使が舞い降りたかのように、一瞬、会場内が静まり返る。


 そして、その可愛いらしい天使は、歌い出すかのように言葉を発した。

 

 「ご来場の皆様、今日はわたくし、アウレ・マキシウスの新緑節にお越し、いただき誠にありがとうございます。このような日を無事、迎えられましたのも、ここにお集まりいただいた皆様のお蔭でございます。本日は、皆様と共に楽しい、ひとときを過ごさせていただければと思っております……」

 

 その天使の声色は、会場中の空気を震わして――澄み渡る。

 

 「……今後、リセレポーセのさらなる発展、ならびに、皆様のご健勝とご多幸を祈念しまして、私の挨拶といたします。」

 

 アウレは慈愛の微笑みを見せ、一礼をする。

 

 その瞬間――会場は拍手喝采で埋め尽くされた。

 

(……どうだ……この野郎!)


 ゲイリーの方をチラりと見る。

 それは、この2週間、貴族としての教養を、強制的に、嫌々ながら叩き込まれた成果だった。

 

 そのドヤ顔にゲイリーは満足気な微笑みで返す。

 

 壇上横で静かに聴いていた父ウェルターと兄レクスは感心したように頷き、号泣していた。



 似た者同士のアホ親子である。


 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 大役を務めあげ、壇上から降りたアウレは誰にもバレぬよう警戒し、テーブルのグラスを取る。

 

 挨拶をしていた時から気になっていた。

 このようなお祝いの日に振る舞われる飲み物。


 そう、――酒だ。

 

 アウレにとって久々の酒。

 しかも、この世界の酒。


 それが今、ここで飲める。

 

 アウレは眼を見開く。


 グラスから琥珀色の泡がキラキラと輝いて、そのあまりの美しさと嬉しさに手が自然と震える。

 

 さて、この世界の酒はいったいどんな味なんだろうと口をつけようとした、その瞬間――。

 

 ――グラスを持つアウレの腕を、白い手袋をつけた手が掴んで、阻止する。


 そして、一言。

 

 「お嬢様、それはお酒でございます。お嬢様にはまだ早いですよ」

 

 ゲイリーはニッコリと微笑む。

 アウレは心の中で「はあ!ふざけんなー!飲ませろよー!」と頬っぺたを膨らまし、無言の抵抗をしたが、……。


 握られた腕はピクリとも動かない。

 

 数秒間の対峙後……アウレには、静かにグラスを置く以外の選択肢はなかったのであった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 「いやー、素晴らしい挨拶でした。益々、マキシウス家は安泰ですなぁ」

 

 小太りの男がウェルターに話しかけてきた。

 

 「ありがとうございます。」

 

 少し離れた場所で見ていたアウレはゲイリーに小声で問いかける。

 

 「かの御仁は?」

 

 「この都市の大商人ディオレ・ロレンチでございます。王都にも商会をお持ちのリセレポーセの顔役のお一人でございます。」

 

(……なるほど……。)

 

 なにかを察したアウレはディオレの元に向かっていき……。

 

 「失礼します、お初にお目にかかります、ディオレ・ロレンチ様。わたくしの名前はアウレ・マキシウスでございます。以後お見知りおきください」

 

 「ほう、これは……ご丁寧に、私はロレンチ商会代表のディオレ・ロレンチです。お父上には日頃よりお世話になっております。」

 

 と、何気ない社交辞令。


 だが、アウレは何かを嗅ぎ取っていた。

 

 それは生前の記憶。日陰を歩いたものにしか分からない怪しさ。その鼻につくような匂いがこの男にある。


 アウレは誰にも分からないよう微笑する。


 それはまるで悪魔のようだった。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 

 談笑をしていると突然、会場内がざわつき、一人の女性が声を荒げた。

 何事かと、会場の視線が一点に注がれる。


 アウレは人影の隙間から顔出し覗く。

 すると、ボロボロの白衣を着た女がレクスの元へ近寄ろうとしていた。

 

 

 「……ああ……レクス様……久しぶりですお帰りになられていたんですね、はあ……はあ……」


 

 髪はボサボサ、度のきつそうな眼鏡をかけ、ヨロヨロと歩く女。

 

 ――すると、城の兵士が駆け付け来て、その怪しい女の両脇を取り押さえた。

 

 ああ、待って!と手を伸ばし抵抗する女。

 

 しかし、城の兵士達は無情にも、強引に部屋の外へと追い出していったのだった。

 

 遠くにいる兄レクスはただただ苦笑いをしていた。

 

 「また、あいつか……」


 頭を抱えながらディオレが呟く。

 

 「……お知り合いで?」

 

 一部始終を見ていたアウレはディオレに尋ねた。

 

 「ええ、あいつの名前はニーナ・コリデウス。この国、髄一の著名な薬学師なんですが……ちょっと変わってまして……」

 

 「……?」

 

 「……4年前、レクス様の新緑節(10歳のお披露目会)で……その……レクス様の髪の匂いを嗅ごうとしまして……」

 

 「はあ……髪の匂い……ですか?」

 

 アウレは苦笑交じりで、歯切れの悪い返事をした。


 兄レクスは城内のみならず、様々な婦人、ご夫人に人気がある。

 14歳ながら金色の髪と碧い瞳、端正な顔立ちに、どこか優しさそうな物腰は、何となく母性本能をくすぐるのだ。

 また、意図せず、女性を口説くような世辞、立ち振る舞いを自然にしてしまう。


 だから、あのような変人にも好かれてしまうのだろう。


 アウレは思う。


 きっと、兄レクスの手のひらには大きな女難の相が、くっきりと浮き出ているだろうなと……。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 何事もなかったように宴は続く。


 アウレは挨拶回りに忙しかった。

 付き添いは父ウェルターと執事長ゲイリーで、母アンヌと兄レクスは婦人会に捕まっている。

 相変わらず、どこに行ってもモテる兄であった。


 そんな中、とある群衆がアウレ達の元に近づき……。


 声を掛ける。


 「ウェルター様!アウレ様!この度はお誕生日おめでとうございます」

 

 「……!?……おお、グラド殿!お久しぶりです!アウレちゃん、紹介しよう!こちらは<リセポーセ冒険者ギルド>ギルド長のグラド・ジャドス殿。で、……そちらの方々は……?」

 

 「こちらは当ギルドのA級冒険者<白狼の牙>です」

 

 剣や弓、重装備に身を包んだ冒険者が挨拶をする。


 アウレはそれに答えるよう丁寧に挨拶を返した。

 

 冒険者とはこの世界で魔獣討伐やダンジョン攻略、傭兵や用心警護まで様々なギルドからの依頼をこなす自由な集団で、アウレは前もってゲイリーから座学で学んでいた。

 

 「こちら、白狼の牙の若きリーダー、フェルナ・バルトでございます。目ぼしい功績は<クルードセツア迷宮>の27~29階、32階の攻略者で今回が12回目のダンジョンへの挑戦になります。」

 

 ほう!と、ウェルターは素直に感心をした。

 

 ダンジョン攻略は偉業である。


 並みの冒険者なら新たな階層への挑戦(アタック)して、生還することさえ難しいのに、この若さで多くの階層突破をするなんて聞いたことがなかった。

 

 「それは凄い!深層到達も夢ではないなあ、是非とも頑張ってきてくれ!」

 

 ウェルターとフェルナ・バルトは固い握手を交わす。


 この極東都市リセレポーセの悲願でもある<クルードセツア迷宮>攻略。

 

 ダンジョン攻略には様々な危険と共に多くの恩恵をもたらす。


 それは、周辺都市どころか国益にも繋がる一大プロジェクトだった。

 

 少し離れたところで見ていたアウレは蒼い瞳を輝かせ、フェルナ・バルトを羨望の眼差しで見つめた。

 

 なぜなら、彼の腰元には剣を差してあったからだ。

 

 この世界に剣技があった。


 それは心が躍るような邂逅。


 更に聞き及んでいた魔獣やダンジョンまである。


 それは身近な距離で、感じられる異世界。

 

 ――アウレの心はすでに城の外。この世界への興味が、より一層広がったのであった。

 

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