第5話 新緑節 ~10歳のお披露目会~
< セルタニア魔法国 >の極東都市 メルバトス領 リセレポーセ。
通称<冒険者の休憩所>と呼ばれる、その都市は、近郊に< クルードセツア迷宮 >という未攻略のダンジョンがあり、多くの冒険者で賑わい活気づいていた。
その街の大通りを進んだ先、都市の中心地。丘の一番高い所に伯爵家が住む、立派な城がある。
マキシウス城。その一室、大きな鏡の前で立ち尽くす、一人の少女。
アウレ・マキシウス、10歳。
光り輝くような黄金色の髪。澄み渡る――湖のような深い碧い瞳。
着飾る服装は、真紅の薔薇のような
(……しかし、よくもまあ、成長したな、かなりの上玉じゃねぇか……)
アウレは次々とポージングを変えながら、自分自身の姿を確認していた。
この世界に転生してからというもの……驚かせられることばかりである。
自分がこんな少女に転生していることや……この世界の服装、言葉、文化……と、どれをとっても生前とは比べ物にならないくらい発達した文明であった。
(……まあ中身は、男のままだからなあ……)
アウレは何気なく、膨らみかけた胸を触れる。
こんな
それは、生前とは違う、人生を歩むしかないということであった。
「気になるのかい?」
不意に、かけられた声。
アウレが振り向くと、そこには、自分と同じ金色の髪、碧い瞳の美男子が立っていた。
「大丈夫さ、母上もあんなに発育が良いのだし、アウレもまだまだこれからだよ」
そのような戯言を平気な顔でほざき……少女の身体をまじまじと見つめてくる少年。
「……しかし、本当に綺麗だ。つい、見惚れてしまったよ。」
この歯の浮くような言葉を並べる
こいつは現在、王都のルーエングラム魔法学校に通っており、むかつくことにその成績は優秀。その魔法の腕は、早くも魔法師団から勧誘を受けるなど、天才ぶりを発揮している、それはもう……いけ好かない兄であった。
「で……何しに帰ってきたんだ、馬鹿兄貴は」
「ひどいなぁ、今日は可愛い妹の
「……馬鹿兄貴じゃなくて、お・に・い・ちゃん!だろ」
レクスの緩みきった甘い顔に――虫唾が走るほど嫌悪感を表す アウレ。
( 殴りてぇ……。無性にむかつく、この顔を今すぐ、殴りてぇ……。)
震える握り拳を必死に抑え……口を開く。
「……で、お前、学校はどうした……」
「もちろん、帰省休学を取ったよ!なんせ、愛する妹の
「――なにも決まってない……さっさと帰れ!」
そう、冷たく一蹴され……レクスはシュンとした寂しげ顔を見せる。
それはまるで、置き去りにされた子犬のような表情で。
「…………」
(んー……参った……ちょっと、強く言い過ぎたか……)
アウレは、この伯爵家 マキシウスの令嬢として生を享けて以来、ずっと苦手なものがあった。
それは家族というものである。
生前は天涯孤独な生涯で、幸せな家庭など縁遠い人生だった。
(こういうのわかんねぇ……だよな、まったく……。)
頭を掻きながら、大きなため息をつく。
そして……仕方がない様子で呟いた。
「……まあ、祝ってくれるのは嬉しいよ……」
その言葉を聞き、一瞬、レクスの顔が、花咲くような表情になる。
(うわぁ、なんだ……これ!……痒っ!非常に痒いぞ!)
アウレの顔が自然と熱くなっていく……。
何とも言えない感情が身体中を襲っていたのである。
ん……。
突如、兄レクスの肩が小刻みに震え出す。
小便でも我慢しているのか?と、覗き込んでみると……。
「……おお、アウレ!愛しの我が妹よ!!!!!」
レクスは歓喜のあまり、抱擁を迫ってくるのだった――。
(――な⁉男同士で、そんな趣味ねえぞ!おい、顔!気持ち悪っ!!!!)
両手いっぱい広げ、抱き着こうとする瞬間―― アウレ は、最大級の拒否反応をおこしていた。
すぐさま、その右袖を掴み、身体を回転しながら深く沈み込む……。
「 えっ……!!? 」
そして、兄レクスの股下へと潜り込むと……背負うように勢いよく立ち上がった。
それはもう……鮮やかな背負い投げだった。
レクスの身体は、一回転して、豪快に投げ飛ばされ……。
「あっ!――痛っ……⁉」
次の瞬間、派手に地面に叩き付けられた。
その無様な大の字に転がる
不快な虫をみるような、軽蔑の視線を、アウレは見せるのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「もの凄い音がしたのだけど……どうしたの?」
心配そうな顔して金髪の婦人が部屋中へと足を踏み入れる。
咲き誇るような色鮮やかな花柄のフリルのドレス姿。
自分がそのまま成長したようなそっくりの容姿。妙齢の女性。
アンヌ・マキシウス。
アウレとレクスの母親である。
「――お母様!私、怖かった!」
と、咄嗟に猫を被る アウレ 。あざとい幼い声で、アンヌの元へ駆けていき、抱き着く。
そして……兄の奇行を尾ひれをつけて告げ口する。
「もう!れっくん、お兄ちゃんなんだからいじめるようなことしちゃだめよ!」
アンヌはアウレを抱き抱えると、レクスを強く叱る。
正座をし、反省させられる 兄レクス。
その様子を高みの見物をするアウレは……『いい気味だ!』と満足そうに眺め、母の豊満な胸に顔をうずめる。
「アっちゃんはいくつになっても甘えん坊さんね!」
そう、艶やかな口元を綻ばせる アンヌ の胸を『これは転生した最大の褒美だ!』と、十分に堪能していた――その時。
その部屋の扉を叩く音が聞こえてきた――。
「失礼致します。奥様、そろそろお時間です」
部屋に入ってきたのは黒と白の整った給仕服に白髪、白いあご髭、丸い片眼鏡<モノクル>をつけていた老紳士。
この家の執事長 ゲイリー・バトラー であった。
「ゲイリーさん、おまたせしてすいません……。」
「――いえ、旦那様が待ちきれないご様子でしたので、見に来た次第でして……おや、レクス様。ご無沙汰しております。」
ゲイリーはレクスに声をかける。
どうやら、レクスの帰省を知らなかったようであった。
「お久しぶりです、師匠!」
嬉しそうな表情を浮かべる レクス。
このゲイリーは兄レクスの元、教育係で尊敬する魔法の師匠だった。
そして、現在はアウレの教育係である。
「レクス様のご活躍は、常々、旦那様からお伺いしております。僭越ながら、私も嬉しく思っております。」
「いやー、師匠の御指導のおかげですよ」
そう、レクスは嬉しそうに鼻頭を掻く。
「お嬢様もお召し物がよくお似合いで」
「……お、ありが……とう。」
その社交辞令の言葉に思わず、歯切れの悪い返事を返す。
このゲイリー・バトラーという男は……未だ底が知れない不気味な存在。この何かを見透かすような、鋭い双眸。……正直言って苦手な相手であった。
「 ………… 」
流れ出す不穏な空気。
「さあ、そろそろ会場に行きましょう!」
その空気を変えるように手を叩いて、母アンヌが促す。
そして……。
アウレ達は長い廊下を歩く。
やがて……見えてくる大広間の扉。
先行するゲイリーがその扉を開けると……。
――眩い光景がそこには広がっていた――。
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