~ 1章 ~ 異世界転生編

第4話 アウレ・マキシウス


 「おんぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 室内に赤子の声が響く。


 目を開くと巨大な女に抱えられていた。

 

(……どこだ⁉ここは……。なんだ、この異様な……誰だ。)

 

 目の前には見たことない作りの立派な天井。


 豪華な部屋がそこにはあった。


 「おお、よちよち!」

 

 巨大な女によって体が大きく揺さぶられる。

 赤茶色の髪がなびく度、嗅いだことない爽やかな香り。

 服は白と黒に統一されていて、胸には花のような刺繡。首元に赤い蝶のような結びの紐をつけていた。

 それはまるで噂に聞く南蛮人<江戸時代のポルトガル人>みたいだ。

 

 状況が飲み込めない……。

 

 ふいに、自分の手を見ると……。


 信じられないくらい、縮んだ手がそこにあった。

 

「おんぎゃぁぁぁおんぎゃぁぁおん、ぎゃぁぁぁぁ!!」

(うわぁぁぁ……なんだ、これ⁉……俺の体は……どうなっているんだ!!)

 

 ……頭が混乱する。

 その叫び声は上手く……言葉になっていない。

 

 手足を動かし、暴れていると……。


 「見て下さい!奥様!無事、産まれました!元気な赤ちゃんですよ!」

 その巨大な女が嬉しそうに声をかけた。


(……は、……えっ、……何を……言っているんだ……⁉)

 

 ここでようやく今、理解する。

 周りが大きいのではなく、自分が小さくなっていることを。


 「……カトリーナ、……もっと、よく顔を見せてくれるかしら……」


 少し疲れた様子のかすれた声。

 横に目を向けるとそこには金髪の若い女が座っていた。

 窓から吹き込む、柔らかな風が金糸の飴細工のように一本、一本の髪を揺らす。

 澄んだ青い瞳。透けた布から見える、白い地肌が艶やかで、体の凹凸がよくわかる。


 その金髪も女は、カトリーナと呼ばれる女から赤ん坊を受けとると、ギュッと抱きしめた。

 

(うおお……く、苦しい!!)

 

 大きな胸の感触と同時に締め付けられる感覚。

 息ができない。

 

 小さなった手で、必死に女性の腕を叩く。

 

「ふふふっ、可愛いわ!」

 

「――奥様!奥様!赤ちゃんが苦しそうです!優しく!優しく、お願いします。」

 

「……あら⁉ごめんなさい!つい……」

 

 青くなった顔が正常の色に代わっていく。

 

 (やばかった……危うく……また、死ぬとこだった……)

 

 突然の危機的状況。

 それが回避されたことに内心、ほっとする。

 どうやら、これは夢ではなく、現実だ。


 あの時、刺客に襲われて、俺は一度死んでいる。


 そして、なぜだか、もう一度、生を受けたのだ。


 つまりは――輪廻転生。


 納得した。――いや、するしかないのだ。


 

 赤ん坊は金髪の婦人の大きな胸を揉みながら、冷静さを取り戻していた。

 

 

 ――その時。


 ――部屋のドアが勢いよく開く。

 

 

「――おお、産まれたかー!!」

 

 

 たまらない様子の若い男と落ち着いた老紳士が部屋に入ってくる。

 その若い男は上等な黒茶の上着、所々に金の刺繡と丸い金具のようなものがついて、偉い身分なのは一目でわかる。

 が、……どことなく、頼りなさそうな印象だった。

 

「旦那さま!お呼び出しせずに……申し訳ございません!」

 

「よい!こうゆうお産の時、男は無力だからな!それよりも私にも赤ん坊を見せてくれ!」

 

 早く抱かしてくれ!と若い男は両手でアピールをする。

 だが、それを制するように婦人の声が飛んだ。

 

「……アナタ?公務はもういいの?」

 

 若い男は一瞬にして固まる。

 そして、ゆっくりと婦人の顔を見て、……額に汗が滲ませた。

 

「……何を言うか!妻がこんな大事なときに、仕事なんかしていられるか!」

 

「……ちょっと、……あなた……」

 

 静かに怒る婦人の態度に反して、部屋の温度が一気に下がる。

 

 それはいきなり、極寒が到来したような雰囲気。……そして、実際の体感的にもだった。


 (……何だ!……これ!?……寒い!凍えてしまう!……あ、これ……死ぬな……)

 

 鼻水を垂られ、寒さで身体を震える。

 触れる母の胸が氷のように冷たかった。

 

「まて!アンヌ!……そうだ!この子の名前!名前を付けてあげよう!」

 

 必死に説得する男を見て、冷静になった婦人は我に返る。


 その瞬間、部屋の温度は一気に正常へと戻ったのだった。


(……今のは、何だったんだ!!!?いきなり、この部屋が雪山のように寒くなったぞ!)


 ……わからない、何が起きたのか?

 この女が、やったのか?

 妖術が使えるのか?


 沢山の疑問が頭をよぎる。


 すると……。

 

「奥様、ご安心ください。旦那様の本日の執務は全て終わっております。」


 その後ろに控えていた老紳士の発言に、旦那様と呼ばれるその男はなぜか、驚く。


 そして、……。

 

 ここで初めて、老紳士の姿、形を見た――。


 ――と同時に――戦慄が走る。


 目の前には、黒と白の整った給仕服に白髪、白いあご髭、片方だけ丸い眼鏡<モノクロ>をつけていた普通の老人。

 

 だが、それは見たこともない、肉食動物に出会ったような……得体の知れない恐ろしさ。


 人の皮を被った獰猛な、なにか……。

 

 それが理性を持って動いている。

 現にそう、赤ん坊にさえ一切隙を見せていない。


 こいつは、ヤバい……。


 とにかく、注視だ。

 

 悟られず、人畜無害の赤ん坊を演じなければ……。

 

「ゲイリーさん、いつもありがとうございます。もう!アナタったら!」

 

 旦那様と呼ばれる男は情けなく笑った後、肩幅が小さくなった。

 

 なるほど……。

 

 この家の力関係がはっきりとわかる様子だった。

 

 「そうね、名前ね……」

 

 そう呟くと、婦人は窓の外を見る。

 柔らかな風が吹き込み、白い布が踊るように宙に翻っていた。

 

 「そよ風が吹くという言葉の『アウレ』ってどうかしら?」

 

 「『アウレ』か……いいな。……よし!それにしよう!今日から我が娘の名前は『アウレ・マキシウス』だ!」

 

(……ん……⁉)

 

(――おい、ちょっと待て……我が娘⁉女⁉……聞いてないぞぉぉぉぉぉおおおお!!!!)


 ――こうして、アウレ・マキシウスの第二の人生がスタートしたのであった。

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