第3話 青葉の走馬燈


 


 (……あれは……若かりし頃の俺か⁉)



 

 青葉が生い茂り、道場の屋根を覆う。


 格子の隙間から西日が差し、蒸した畳の井草が鼻の奥を刺激する。


 誰もいないはずの広い道場内、二人の男が向かい合わせで座っていた。




 「――で、先生。俺は破門か?」



 

 胡坐をかき、不服そうな表情を浮かべた若者が、乱暴に口を開く。


 その様子に、姿勢の良く座る老人は深いため息をついた。

 



 「……なあ、みきよ、お前さんは一体、何のために剣を振るんじゃ?」

 

 「……何のため……そんなの相手を斬るため、だろ」



 

 当たり前のように若者は答えた。

 なぜ、そんなことを聞くのか、理解ができない……という様子である。


 そんな雰囲気を悟った老人は両腕を組み……。

 やがて、若者の目をまっすぐ観て、諭すように語り始めた。



「いいか、お前の剣は人を殺しすぎじゃ、時代は徳川、太平の世よ。」

 

「……」


「今は時代も変わり、戦では銃が主流の時代じゃ。ただ人を殺すためだけなら銃を使う。しかも……忌むことに、赤子でも引き金を引ければ、簡単に大人を殺せるという……」


 その言葉を聞き、眉を顰める。


「わかるか……?わしらが振るってきた、相手を殺すためだけの剣はもう必要なくなったのじゃ……」


 ―― その説教は矛盾している ――。


 あんたは、どうなんだ……?

 人を斬って、斬って、斬りまくった……。だからこそ、その地位にいるのではないのか?


 若者の双眸が、見据える――老体。

 江戸町道場の随一とうたわれた剣豪……その姿に。


 

「己の強さを誇示するだけで立身出世する時代はとうに終わっておる……」

 

 

 それを静かに聞いていた若者は堰を切ったように語り始めた。

 

 

「――ならば先生は、俺達が振る剣は、もはや……無意味なことだと…… 」

 


 次第に、熱を帯び始める口上。

 

 

「それは、先人達の研鑽も!」

 

 

 その激昂を静かに聞く老人は……。

 

 

「血を流し会得したも!」

 

 

 ――懐にある扇子を出し、仰ぎ始める。

 

 

「殺した相手さえ、……全て! 全て! 全て! が無駄な茶番であると……」

 

 

 どうしても納得できない。なぜなら……。

 その考えを受け入れてしまえば、剣の全てを否定することになるからだ。

 


「 「 ―― そう、言い切るのか ―― 」 」

 

 

 若者は、鼻息を荒げて……。

 

 

「 ……………… 」


 

 ……立ち上がっていた。


 

 

 瞬間……道場内に吹き込む、風。


 

 

 そして……。

 


 

 道場内の熱が少し下がったのを確認した、老人は……。


 


 ほんの少し、本性を見せる。




「……小さいな……」



 

「……はい⁉」

 

 


 耳を疑う、一言。

 



「お前の剣はじゃ」




「――っ、今、なんと……!!!!?」


 


 若者の体が怒りに震え出す。



 

「お前さんは確かに強い、道場の中でも素質は一番かもしれん……だが、ちと勘違いしてないか?」

 



 そう呟くと――凶悪に笑う、老人。


 


 一瞬にして……張り詰めた――殺気。

 


 

 若者は抑えきれない衝動に駆られるまま、上から老人に言い放つ。



 

 

「勘違いしているかどうかは――その目で確かめてみろ!」

 


 


 ――突如、態勢を低く沈みこませて、柄へと手を伸ばし――。

 



 ――――。



 

 鋭い切先が、細い老人の首を掻き切ろうとした。


 


 「――――――――⁉」


 

 

 ――その刹那。

 

 

 

 ――寸前で、静止する。

 


 ……鋭い刀身が老人の顔を映す。

 

 


 正座を崩さず、反応すらしていない……。



 

 その態度、姿勢に……。


 


 ――若者は、酷く――落胆した。



 

 「……耄碌したか、……じじい……」



 

 若者がそう、哀れみを込めて呟く。



 「…………。」

 


 すると……老人は静止したまま、薄気味悪く、笑った。

 



 「

 



 「………………⁉」

 



 ――老人が口を開いた瞬間。



 

 ――若者の頭に何かが当たった。

 



 思わず若者は、床に転がったそれを見る。



 


 「……これは、か……。」


 

 


 ――瞬間、全身の毛が逆立つ。



 

 ――すぐさま、老人の手元を確かめた。

 

 


 先程まで、が、いつの間にか無くなっていた。

 



(……いつ、どこで!投げた⁉……そもそも反応すら……⁉)

 



 若者は狼狽し……。



 ……動揺する。



 ( そんな隙などは無かったはず…… )

 

 

 これがもし、扇子ではなく、短刀だったなら……と。


 

 そして、こうも思案する。



 殺ろうと思えば、いつでも殺れた……と。


 

 正座した老人の横に置かれた――脇差し。



 それを見て思わず、唾を呑む。



 もし、この展開がだとすれば……。


 

 最初から手のひらで踊らされていたことになる。


 

 先程の言葉が、頭をよぎる。


 


 「何も見えておらんのは貴様の方じゃ……」



 

 小刻みに震え出す切先。



 それを必死で抑え、隠す。


 

 このまま、刀を振り切ろう――とは考えられなかった。

 


 なぜなら……。



 今、ここで殺ってしまえば……。


 

 それこそ、になると、知っていたからだ。


 

 若者は、そこで初めて気付く。



 どこまでも見透かすような老人の双眸。



 ――――!!!?。

 

 

 ……それに、確信を得た。



 この老人は、それすらも、である。

 


 愕然とした若者は、何もできずに。


 

 ゆっくりと刀を鞘に戻す。




 老人は重く静かに、その言葉を突き付けたのだった。




「今日より師範代の任を解き、破門とす。」

 



「みきよ、納める鞘がない、その抜き身の刀は人を傷つけ、己すらも傷つける。今一度、自分の剣術を見つめ直してこい」


 



 ――その言葉と共に、道場内の格子から眩い光が漏れ出す。



 やがて、道場内を飲み込み、視界は一瞬にして無の世界となり。


 


 そして――。




 ――どこからか、赤子の声が聞こえてくる。


 





〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::〓:::


ご愛読頂き誠にありがとうございます。


この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると幸いです。


物語のプロローグは時代風となっており、作者の先祖でもある、剣豪を題材に執筆させて頂きました。


転生系では『 転生前の話は手短に書く 』

をあえて破ってみました。いかがだったでしょうか?


この老人は今後、度々回想シーンで登場します。


この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「…………?」と思った方


ブックマークと応援コメント、評価頂けましたら幸いです 。


誰よりも海水を飲む人


@dekisidesho

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る