第2話 その男は死闘する

 




 (……なぜ、こうなった⁉)






 夜風が切り裂くように柳を揺らす城下町、川沿いの道。


 今にも倒れそうな足取りの男が一人、歩いていた。


 


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 


 それは……お座敷で飲んでいた時のことだった。


 いよいよ夜も更け、お楽しみはこれからという時に……。


 ――突如、男の身に異変は起きた。



「 …………うっ………… 」




 突如襲う――喉の焼けるような痛み。

 口元に運ぼうとした盃が滑り落ち……畳の上を転がる。


 瞬間――視界が真っ白な世界へと変わる。


 朦朧とする意識。連れ去られたように一瞬で遠のき……気が付いた時には前屈みに倒れ込んでいた――。



「 キャ――――――!!!! 」



 ――遊女達の悲鳴が屋敷中に響き渡る。



( ……いったい……なんだ…… )



 意識を――、身体を――、強情な鎖で必死に繋ぎ止め……自我を保つ。



 「 何事か! 」……と番頭や隣の客たちも廊下に集まってくるのが、分かる……。



( ……酔いすぎたのか……⁉……否……これは……⁉ )



 まるで荒れ狂う嵐の中を進む船内。


 

 揺れるお座敷の畳を気力を振り絞り這いずり回る。


 

 気遣い、後を追う――遊女達の声。


 

 それらを手で無理やり振り払い、壁にもたれながら……。



 転がるように店から出てきたのだった。



 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 




「 ……くそっ!なんだ、これは!? 視界が霞む! 」





 川沿いの通りを目を擦りながら、何とか帰路に着こうとするが……。


 天変地異のように揺れる動く大地。


 支える体はよろめき。


 

 思わず、片膝を着く……。


 

 ――その時だった。



「 ――――――!!!? 」


 

 決して、勘違い ではない……。


 

 ――辺りを見渡し、周囲の様子を探る。



「 ………… 」



 姿はない……だが……。



 確かに……気配がする。



( …………これは……偶然では……ないな…… )



 耳を動かし、さらに注意深く……探る。

 


 五感が決して正常な状態ではなかった――が、剣客としての直感は冴えていた。


 

 微かな騒めき。風の音に紛れ、広がっていく息遣い――その殺気。


 

( …………囲まれたか…… )

 


 重くなる体をゆっくりと起し……。



( ――6人、いや……7人か…… )



 腰元の刃柄に触れ、その思案を巡らせた。



( ……茂みに入ってやり過ごすか……それとも……川へ飛び込んで逃げるか…… )



 生温い風が吹き、辺りを重く漂う。



 揺れる柳が笑うように囁く。



 「 ……こんなことに、なるなら…… 」


 

 ふと――こんな状況にも関わらず、二人の遊女の顔が浮かんだ。



「 ……最後まで抱いておけばよかった…… 」



 ――そう、小さく呟き……。




 天を仰いだ……。




 

 次の瞬間……。





 ――突如、川縁の下から2人の黒い影が飛び上がる。


 

 

「 ――――――!!!? 」


 

 

 その者達は既に――臨戦態勢。



 

 抜き身の刀は闇夜に紛れ、怪しく光る。

 

 

 

 殺気立つ――全身、黒装束の刺客達は――。


 

 

 こちらを視るや否や……すぐさま、剣を上段へと振りかぶり――。


 

 大きく踏み込む――鋭い切り落とし。



 

 咄嗟に……その刺客達の呼吸に合わせ、低い姿勢に沈みこむ。

 

 

 

 右手は龍の口、剣の柄の上に乗せ、左手で鯉口を切る。

 柄頭を下へと向け、自然と落下、即――鞘から解き放つ。




 身体の重みを重力と合わせ、膝を抜き――斜め前へと滑る足捌き。



 

 ――頭上、二つの斬撃が交差し、迫る……瞬間――。


 


 身体を翻し、半身で躱す――。




 二人の刺客の死角へと入りこみ――。

 



 短く息を吐ききると同時に――。


 


 ――横一閃、居合斬り――。




 刃に連立する生の重みが奔る。



 刃筋を最小の動きで反転させ、重心を乗せる『 返す刀 』。


 

 

 目にも留まらない疾さで――その二撃目を振り抜く。



 

 ――血飛沫が夜空を舞う。




 一人の左腕を斬り飛ばし……。




 もう一人は地面に、鮮やかな臓物をまき散らす。



 

 ――のたうち回る、刺客達。




 闇夜に呻き声が響き渡り……。




 血振りをした大地には鮮血の大輪が裂く。





 ――しかし……そこには安堵の色はなく……。




 崩れた姿勢を整えるべく、即――右側へと体を逸らし距離を取っていた――。




 「 ――――覚悟ぉぉおおお”お!!! 」





 「 ――――――!!? 」




 ――間髪入れず、後方から襲い掛かる……。



 微かに捉えた相手の草履。右半身の構え……膝の半捻りのせり出し……。




 右からの袈裟斬り――。


 


 ……間に合うか……。

 


 

 振り返る間もなく、本能で動く――。



 

 流れた体に逆らわず、右足を軸にして、傾いた独楽のように回転させ、刀を斬り上げる。



 

 ――刺客の刃が空を斬る。……と同時に刺客の首筋に刃が通る。




 弧を描き勢いよく噴き出す――生温かい血潮。




 それが盛大に顔を濡らす。



 

 ―― ドサッと、その場で力なく倒れこむ刺客 ――。




 瞬間―― 踏み鳴らす複数の草履。その足音……。




 川沿いの逃げ場のない道。




 川下と川上。左右から同時に二人ずつ、新たな刺客が接近する。





 ――刺客達が四方、走りこみながら、同時に抜刀――。




 


 ――すぐに斬りかかる。




「 ぉおお”ぉぉぉぉぉ!!!!! 」



「 せい”ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 」



 ( ……この未熟者、共が―― )


 

 ――目を見開く。


 意識の海に溶けだすかのように流れる刻……。


 森を見て木を見ず。木を見て森を見ず。

 木を見て葉を見ず。葉を見て木を見ず。


 ただ、なんとなく、視る。

 

 そうすれば、――全てが観える。

 

 刺客達の連携の中、霞む視界を広く俯瞰で捉えていた。



 ――同時に迫る来る、四方の刺客。

 


 その連携に、生じる、ほんのわずかの乱れ。

 それは一人の刺客が間合いへと早く踏みこむ、勇み足。

 


 ( ……こいつだけ、八相構え。ということは一刀両断の動きか…… )


 

 八相構えは刀を脇より高く置き、切先上げる構え。

 それは合戦などの戦いにおいて、味方同士の剣がぶつかりにくく、甲冑でも動きやすい利点がある。


 

 ――が――。


 

 ( 普段の癖か、示現流か……なんにせよ、それは、初動が読みやすい…… )

 


 ――その隙、乱れを逃さない。

 


 ――滑り込むような鋭い踏み込みで、相手の懐、死角に入り……間合いを殺す。



 一刀両断は、一の太刀。二の太刀は考ず……馬鹿みたいに、全身全霊で打ちこんでくる……だから……受けずに捌くのが定石。



 刺客が刀を振ろうとする、起こりを――。


 


 ――断ち斬る、渾身の一閃。


 


 ――その結果、刀と刀がぶつかり合い、火花が散った。



 「 ――――――!!!? 」


 

 刺客は斬られる寸前のところで、斬撃を受け止めたのだった。




 ( ――――!!!? 刀を返された! 反応が早い!……だが、ここは押し切る!!!!! )

 

 


 息を吐ききる。

 

 

 全身の重みが剣先へと伝い、腰の捻りが鍔迫り合いを許さない――。



 強引に押し返そうとする相手の剣の力をあえて抜き、自分の身体へと流す。


 

 すかさず、相手の死角へと前進……その力を逸らし、弱い所へと導き。

 


 そして、加速する――重心移動。



 ――その理合いに……刺客の体勢は完全に崩れ……。


 

 押し返す衝撃に、身体は浮き上がり……勢いよく――後ろへと吹っ飛ばされていた。



 

「 うお”ぉぉぉおおぉおおお”お”!!!!? 」



 

 ――対角線上、後方の刺客を巻き込み……。



 

 ――川下へと転落。




 ……やがて、川から二つの大きな音が返ってくる。




 それは、その斬り合いに待ったをかけ……残る刺客達の警戒心を煽るものとなっていた。




 辺りに……静寂が戻ってくる。



 

 荒ぶった息を吐き出し、刺客達を鋭く睨みつけ――。




 「…………あと、ふたつぅ二人……」




 ――そう、呟くのであった。



 



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 




 「 ……なんだ、これは!!? 」


 


 

 顔から足先まで闇夜に溶け込んだ刺客は驚愕していた。



 先程までいた仲間達は、一瞬で、地面に転がる骸と化した。


 

 警戒しつつ……距離を保つ。


 

 その男へと、にじり寄ろうとするが……。

 


 目の前には、返り血を浴び、顔が真っ赤になった男。


 

 今にも倒れそうな様子なのに、その目は猛禽類のように鋭く光っている。



 ――次第に震え始める切先。


 

 構えて握る柄が、汗で……滑る。

 


( ――くっ……半歩、間合いが遠い⁉…… )

 

 

( ……これ以上は無理だ…… )

 


 二人の刺客は、薄々感じ始めていた……。



 ――徐々に、狩る側から狩られる側になっていることを――。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 


 


 膠着状態は暫く、続いた……。

 


 辺りに聞こえる蛙声が五月蠅い……。

 


 普段ならこの程度の輩、難なく対処出来ていただろうに。



 どうも……身体の調子が悪い。



「 ……はぁ……はぁ……はぁ…… 」


 

 水中をもがくように必死で息をする。



 心臓の音が破裂しそうな勢いで胸を叩く。



( ……ん、――!? )



 ――その時。

 


 ( ……喉の奥……が……!?…… )



 胸からこみ上げるものに、一瞬、息が詰まる。



 

 ――それは突然の痛み。




 口から、何かが……吐き出た……。


 


 地面に点々と垂れる血。




 それが今しがた、自分が吐いた血だと……すぐには理解できなかった。


 



 めまぐるしく廻転する世界。

 

 



 ( ……くそっ……焦点も定まらない……じ、地面……地面はどこだ!!!! )






 ――その一瞬の隙を、刺客達は……見逃さなかった。


 




 ――堰を切ったように一斉に斬りかかる。




 


 今にも倒れそうになりながらも、何とか……構え。





 相手を見据える……。






 刹那――。




 



 ――グサッ。


 


 


 ――鈍い音と共に、一瞬、激痛で視界が歪む。


 


 目線をゆっくりと下にむける……と。



 


 ――自分の腹から刀が突き出していた。




 


「 ……なんだ!!!?……これは……!? 」



 


 何が起きたのか、理解ができない……。


 


 振り向くと――左手のない刺客が、もたれかかるように刀を突き刺していた。






「 ぁあ”あぁぁぁぁ!死にさらせぇぇぇ!! 」




 


 ――刺客の目は血走り、背に寄りかかりながらも……。





 ――なお、前進してくる。






「 ――ぁぁぁくそぁぁ野郎がぁぁぁぁあ”ああぁぁぁぁぁ!!!! 」




 


 奥歯が砕けるほど食いしばり……。


 

 激痛に耐えながらも無理に体を捻り、その刺客の首を刎ねた。






 ――瞬間。






 一瞬にして、鉄の熱さが背中を走る。



 


 全身の力は霧散するように……抜け……。




 

 体は鉛のように重くなっていく。


 

 


 そして、膝から地面へと、崩れ落ちた。




 


( ……俺はどこを斬られたんだ!?……感覚が……ない…… )





 


 地面には血溜まり。






 それがゆっくりと顔を濡らしていく。




 


「 ……はぁ……はぁ……くそっ……が…… 」


 


 


 霞む視界の先、刺客達の草履を見据えたまま。


 



 徐々に瞼が下りゆく。



 


 やがて……暗く深い闇に染まっていったのだった。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 


 


 辺り一面、闇夜の熱気が重く漂う。

 川沿いに人の気配はなく、蛙の声だけが騒いでいた。






「 ………… 」


 




「 ……殺ったか? 」




 


 川下から這い上がってきた、ずぶ濡れの黒装束が問う。






「 ……はい!……間違いなく! 」




 


 通りにいた刺客の一人が、転がる骸を軽く蹴とばして答えた。






「 おーい、大丈夫か!? 」






 もう一人の刺客が倒れた刺客を抱きかかえて、頬を叩き、叫ぶ。






「 おい!そっちはどうだ? 」






「 ……あ――……駄目っすね……完全に絶命してます 」






「 一緒に落ちた半兵衛さんはどうしました? 」






「 ああ……、川下に落とされたとき、打ちどころ悪く……こちらも駄目だな。 」






「 ……こちらの手練れを……四人も……こいつは何者なんですか? 」






「 なんでも凄腕の用心棒らしいな。俺も詳しいことは知らないが、どこか名のある道場の免許皆伝を受けた用心棒だったらしい…… 」




 


「 ……しかし、親分衆からは事前に、鳥頭トリカブトを一服盛っておくということだったが……この強さ……今回の仕事まったく割に合わなねなぁ 」






「 そうっすね、一歩間違えれば、俺たちが、この骸のようになっていたでしょうね…… 」






「 ………… 」




 


「 ………… 」






 ――刺客たちは黒装束の頭巾を脱ぎ、冷や汗と返り血を拭う。




 そして、息を整えてから口を開いた。





「 さて、仕事はまだ終わってない……夜明け前、人通りができる前に、全ての痕跡消すぞ! 」






「 はい! 」






 ――やがて、山際から光が漏れる。

 朝靄の中を無数のカラスが、死を告げるかのように舞い踊っていた。





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ご愛読頂き誠にありがとうございます。


この作品は処女作です。至らぬ点や修正箇所ございましたらコメント頂けると幸いです。


物語のプロローグは時代風となっており、作者の先祖でもある、剣豪を題材に執筆させて頂きました。


あえて、タブーの戦う描写を多くして見ました。御意見頂けたら嬉しいです。


この小説を読んで「面白そう」「楽しみ」「…………?」と思った方


ブックマークと応援コメント、評価頂けましたら幸いです 。


誰よりも海水を飲む人


@dekisidesho





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