第1話
花の女子高生、私、琴葉は魔女の家があると噂されている森に入った。楽に死ぬ方法を教えてもらうために、まだ残暑が残る中、汗をかいて苦労して森を進んできた。
そんな私の前に、まるで絵本に出てくるような家があった。中から少女が出てきて、明らかに一人暮らししている魔女にしか考えられなかった。しかも、こちらに気づいて手招きされた。もうここまで来たら、家に入れば不思議な薬草とか、魔法で本とか浮いていたりとか、そう思っていたのに……。
「何なのこの家は! なんで森の中にひっそりとある魔女の家に、めっちゃ最新のエアコン! 大きい液晶テレビ! まるでタワマンかってくらいの内装なの!?キッチンなんかすっごい広いし、コンロなんかIH!? おかしいでしょ! なんでIHコンロの上に魔女が使う大鍋があるの! もう渋滞しすぎて訳分からない!」
いや、ツッコミ所が多いとか、そんなレベルじゃなかった。一体どうしたら木とレンガで出来たカントリー風の家の中が、こうなるんだ。むしろある意味それが魔法だよ。でもなんでそこなんだよ、違うでしょ。色々おかしい。
「あはははっ! 中々いいツッコミじゃないか! 君面白いねぇ。まぁ、とりあえずそこの椅子に座りなよ。せっかく百年ぶりにお客さんが来たんだから、お茶を入れるよ」
そういいながら、魔女(?)らしき少女は先ほどのかごを置き、お茶の準備を始めた。使っているのは、最新の電気ケトルですけどね。なんなら、私の家でも使っているし。傍からみれば、高校生が中学生の女の子に、おもてなしを受けているようにしか見えない。正直いって、頭がおかしくなりそう。
「……ん? 今、百年って言った?」
「あぁ、言ったよ? だって私は人間じゃないし」
「ってことは……あなたが、この森に住んでいる魔女!?」
「なんだ、知っていたんだね。てっきり私のことを知っている人間は、もう全員寿命を迎えたものだと思っていたのに、人間もすごいな。尊敬するよ」
そう、けたけたと笑いながら、少女はティーカップを用意していた。どうやら、本当に魔女みたいだ。あんまり、信用ならないけど。
「君、そんなところに突っ立っていないで、早く座りなさい。それとも、私が本当に魔女かどうか、疑っているのかな?」
申し訳ないけど、めちゃくちゃ疑っています。多分この光景をみたら、誰でも疑うと思う。だって魔女がIHコンロだよ? ガスコンロなら、まぁ百歩譲って……いや、魔女が都市ガス使っていても、それはそれでおかしい。
なんにせよ、これじゃあ誰だって疑う。
「しょうがないなぁ。じゃあ、少しだけ見せてあげよう。一番信じやすいものにしてあげるから」
そういいながら、少女が手をかざすと、ティーセットが宙に浮き、ひとりでにカップにお茶を注ぎ始めた。確かにすごい光景だけど、これなら手品とかでもできそう。
「疑うなら、手を置くなり好きに観察するといいよ。カップやポットも好きなだけ触っていい。ただし、気が済んだら座るんだよ? 私はお茶菓子を用意しているから」
言われた通り、間に手を振ってみたり、ティーカップやポットを触ってみたりしたけど、糸や角度で浮いているように見えるとか、そういうものじゃなかった。
一通り触った後に、促されていた椅子に腰かけた。椅子やテーブルは木で出来ていて、これはかろうじて、見かけ通りのカントリーな家の中にありそうな家具だ。その向こうの壁に大きな液晶テレビがあるけど。
部屋をまじまじと見ていると、少女がキッチンからお菓子の乗ったお皿を運んできた。
「おや、もう気はすんだのかな? 君は本当に、行動一つ一つが面白いね。見ていて飽きないし、昔会った人間を思い出すよ。はい、お菓子と紅茶。子供でも飲みやすいものを選んだから、安心していいよ」
「いや……あなたも、子供でしょ。魔法は信じるけど、どう見たって中学生くらいにしか見えないんだけど」
「いや君、清々しいくらい失礼だね? まあいいけど。魔女は外見を好きにできるんだよ。私は、このくらいの体が一番都合良いから、これにしているんだ」
「体が軽いから、とか?」
「いいや? このくらいの体だと、中学生にしか見られないから、公共料金とかがすごく安く済むんだ。いやぁ、子供で居るってすばらしいよ。全部半額同然なんだから、便利で困っちゃうくらいだよ~」
どうしよう、確かに魔女なんだけど、想像していたものとかけ離れすぎていて嫌になりそう。やっぱりさっきのも詐欺なのかな。
というか、魔女ならなんで公共交通機関とか使うの。物語に出てくるようなほうきに乗ってとか、あるでしょ。
「いいかい? 魔力は無限じゃないんだよ。人間でいうところの、生命力と一緒なんだ。使えば必ず消費する。だから、なるべく節約しないと。最近、魔女の間では、魔力の節約術の本とか人気なんだよ」
一般主婦の家事節約術みたいな、そんな本持ってる魔女見たくない……。やっぱりこの人、本当に魔女なのかな。嘘ついているようにしか見えないし、さっさとお茶だけ飲んで帰ろうかな。
「ふふっ、ごめんね。魔力の話は本当だけど、節約術の本なんてないよ?」
「へぇ、なるほど! 帰っていい?」
「あははっ、ごめんね。君、さっきから面白すぎるから」
「嘘つきにも程があるでしょ。さっきは驚いたけど、魔女って言うのも嘘なんじゃないの?」
私がそういうと、頬杖をついて魔女は怪しく笑いながらこう言った。
「安心していいよ、私は″君がわざわざ森の奥まで探しに来た″、正真正銘の魔女だよ」
この人は、魔女だ。本物の、魔女だ。
と、本能的に感じた。何故なら、今の今まで、私は一言も「魔女をさがしに来た」なんて言っていない。そして、この怪しすぎる雰囲気……。とても私たちと同じ、人間からは感じられるものではなかった。
私が思わず、唾を飲み込もうとしたそのとき、軽快な着信音が流れた。急いでポケットにあるスマートフォンを取り出してみるが、画面が真っ暗で何も鳴っていない。
自分のじゃないということは……。
「もしもし。なんだ君か、いきなり電話なんて珍しいね。え、魔女集会? またやるのか……。分かった分かった、じゃあいつもの所に集合しよう。コースは前と一緒で二時間飲み放題の……そうそう、それで。今ちょっと来客が来ているから、また後でかけなおすよ。はーい」
やっぱりこの魔女のだった。しかも最新機種! もう嫌だこの魔女、数秒前まで雰囲気がちゃんとあったのに。というか、さっき魔女集会とか言っていたけど、あれ絶対呑み会だよ。二時間飲み放題とか、居酒屋まで指定しているし。
私は残っていた紅茶を一気に飲み干した。この人(?)にさっきから弄ばれている現状と、森を歩いてきた疲れもあって、呆れるしかなかった。拍子抜けしたせいか、さっき転んだ時にできたすり傷が地味に痛い。
「ちょっと君! なんでケガをしているって早く言わなかったんだ! こんなに綺麗な足なのに、なんてもったいない! ほら、膝を出して、治してあげるから」
「え、いや、これくらい別に大丈夫……」
「何言っているんだ、傷跡になる前に手当てをしないと。年頃の女の子はもっと、自分を大切にしなさい」
そういって、うそつきな魔女は私の足を優しく持って、魔法で取り出した小瓶から、塗り薬らしきものを丁寧に塗ってくれた。
なんとなく、久しぶりな感じがした。ふと、傷の手当てをしてくれた母さんを思い出した。そういえば、昔私が傷を作って帰ってくると、こうやって心配しながら、優しく手当してくれていたっけ。
嘘はつくし、さっきから弄ばれているようだけど、そんなに悪い魔女ではない気がした。
「これでよし。ところで、君はどうしてわざわざこんな森の奥にきたのかな? 魔女がいると知っていたなら、私に何か用があったんでしょう?」
私はすぐに答えられなかった。見ず知らずの人間に、こんなに優しくできるこの魔女に、楽に死にたいからなんて、言えない。何故か、すごい罪悪感が出てくる。こんなこと、初めてだ。
「……そうか、どうやらあんまり言えないみたいだね。なら仕方ない、君には悪いけど、魔法を使わせてもらうよ」
「え……な、なにする気!?」
「そんなに身構えなくても、大丈夫。痛いことはしないよ。これは君が、素直に話してくれるようになる魔法だよ」
そう言って、魔女はこちらに手を伸ばしてきた。痛いことはされないと言われても、さっきから嘘をついていたからわからない。だから、私は固く目をつむった。
……何も起きない。何もされた感覚もない。ゆっくり目を開けてみると、目の前には、さっき魔女が持ってきたお茶菓子があった。
「君は、この中でどれが一番好きかな?」
うそつき魔女と、魔法のことば 兎斗(とと) @Toto_4423
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