うそつき魔女と、魔法のことば

兎斗(とと)

プロローグ

「いいかい、琴葉。言葉は魔法だ。どんな人でも使えるんだ」

 そう、私に言った。彼女は魔女、とても噓つきな、魔女だ。

 魔法が使えるくせに、言葉を巧みに使って嘘をつく。

 これは、そんな噓つき魔女と、私の物語。


 私は小さいころから、魔法を使えるようになりたかった。だから、幼女向けアニメの中の魔女に、とてもあこがれていたのを覚えている。

 魔女はすごいのだ。自由に空を飛んだり、無機物から物を生み出したり、なんにでも効く薬を生み出したり…と、普通の人間ではできないことをやってのける。それこそ、現代にいたらノーベル賞なんてものは、きっと意味を失うくらいだと思う。そんな魔女に、私はずっとあこがれていた。

 そして今、花の女子高校生になった私は、一人夕暮れ時の森を歩いていた。

「あっつい…。この時間でも、まだ暑さがひかないのは意味がわかんない。ほんと、地球温暖化恨むわ…」

 もう夏が過ぎて九月になるというのに、残暑がしぶとい。比較的避暑地にもなるはずの森でも、蒸した熱が肌にまとわりつくおかげか、汗でびっしょりになっていた。

「うぅ…、まったくどこにあんのよ。こんなに探し回ってるのに、見つかりませんでしたとか、シャレにならないんだけど」

 すでに道という道はなく、ひたすら草木をかき分けて進んでいた。探し物は、道から外れないと見つからないので、仕方なく自分で道を作りながら進むしかなかった。

 よくよく考えたら、花の女子高校生がこんな時間に、ジャージ姿で森を進んでいるなんて、おかしいを通り越して、ただただ怪しい人なのでは?

 そんなくだらないことを考えながら進んでいると、長いツタに足を引っかけてしまい、その拍子で思いっきり躓いた。幸いにも、ここ最近快晴がずっと続いていたので、泥などはあまり付かずに済んだ。

「もう最悪! 暑いし転ぶし、なんなの! っ痛い…。あーあ、擦りむいちゃったのか。…どこにあんのよ、魔女の家!」

 そう叫んでも、だれの返事も返ってこないし、聞こえてくるのは木の葉っぱが風に吹かれて、こすれる音だけ。仕方なく立ち上がって、魔女の家探しを再開した。

 魔女の家…。この町はずれの森にあると噂されている、文字通り、魔女が住んでいる家。私はさっきからずっとそれを探している。どんなに大変だろうと、危なかろうと、どうしても探し出したい理由が私にはあった。

 よくある話だ。小さい頃、両親が事故に遭い亡くなってしまった。ひとりぼっちの私は、親戚の家に預けられて学校も転校。親戚の家は、居心地が悪いわけでもなく、かといって良いものでもなかった。

 悪い意味での放任主義というやつで、義両親は私に対して、さほど興味を持っていなかった。二人とも自分のやりたいことに夢中すぎて、私のことは視界の隅に入れている程度なのだろう。まぁ実際、わざわざ子供を作っていなかった所に、いきなり親戚の子が預けられたら、困るのは仕方ないことだと思う。それでも、不自由なく暮らせているし、感謝はしている。

 問題は、さほど興味を示されていないと、悩みを簡単に打ち明けられない。例えば、学校でのいじめとか。

「……まぁ、そこは私にも原因が無くはないかー。」

 とはいえ、口下手な私なりに、結構頑張った方だ。自己紹介も、印象が悪くならないように、必要最低限のことだけを伝えたし。

 しかし、それが良くなかったのか、案の定いじめっ子達のターゲットにされてしまった。様々な嫌がらせと、根回しをされ、あっという間に孤立した。

 そんなわけで、私は魔女に会って、楽に死ねる方法を知りたい。魔女なら、一瞬で死ぬ劇薬とか、呪いとか、一つくらいはあるだろう。正直、今の人生に思い残すこととか、そんなものは無い。だって、友達もいないし、家族は義両親だし。生まれ変わりが存在するなら、とっととそうしたいくらいだ。

 しかし、いくら歩いても見つからない。正確な地図とかがあるわけではないけど、それにしたってひどい。

 やはり、現実はそう、上手くいかない。アニメみたいに、気づいたらありました、なんてことはないし、私の口下手も、そう簡単に治りはしないんだ。

「はぁ……、やっぱりただの噂だったか。」

 もうそろそろ日も暮れてきて、どんどん暗くなっていく。

 やばい、さすがに夜になったら、帰り道が分からなくなる。一応、木に目印をつけてきているけど、夜になったら絶対に見えない。もう諦めて帰らないと、森で失踪したあげく、餓死とかは絶対に嫌だ。楽に死ねる方法を聞きに来たのに、わざわざ苦しんで死ぬなんて御免だ。

 さすがに諦めて帰ろうとしたその時、とてもいい匂いがした。ちょうどお腹が空いていたのもあるけど、すごく美味しそうな匂いがした。一瞬、自分の鼻がおかしくなったのかと思ったけど、頬をつねっても、痛かったので、自分の感覚がおかしいわけではないみたいだ。

「こんな森の奥で、この匂いがするなんて、絶対におかしい」

 私は必死に匂いの元をたどった。すると、森の奥に開けた場所が見えた。

 とっさに身をかがめて、近くの草むらに隠れた。別に怪しいことをしているわけじゃないけど、ゲームのやりすぎなのか、つい隠れてしまった。

 よく見てみると、そこには一つの家があった。木とレンガで出来た、まるで絵本に出てくるような、かわいらしい家だった。しかも、程よく広い庭があって、そこにはおいしそうな野菜や、果物が成る木があった。周辺の草や花も、綺麗に手入れされており、とても美しかった。

 絶対にここだ、ここしかあり得ない。これが噂されていた、魔女の家だ。

「本当にあったんだ……」

 ついみとれていると、家の中から、背の小さい女性が出てきた。服装は至って普通……というか、その辺にいる中学生や、高校生の普段着と変わらないような服を着ている。肩が少し出ているオフショルと、ショートパンツ姿で、背丈も含めて本当に、子供にしか見えない。あれが、魔女?

 魔女(?)らしき少女は、ちょうどいい大きさの、木製のかごを抱えて庭に入っていった。しばらくして、少量の果物と、野菜が入っているかごを抱えて庭から戻ってきた。おそらく収穫したんだろう。

 すると、何か、小さい板のような物を取り出して、眺めはじめた。

「うーん……遠くて良く見えない」

 突然、板を眺めていた少女が、目を丸くしてこちらを見た。目が合うと、少しして、にこっと微笑みながら、手招きをした。若干戸惑いながらも、恐る恐る草むらから出て行き、少女に向かって歩き始めた。

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