第5話 夢の中にいるみたい 解離性障害・複雑性PTSDの診断


  入退院を繰り返しても何も変わらず、数学の勉強だけは進んだけれどもこの頃の記憶は全くありません。


 ちょうどその頃、私が主治医に「夢の中にいるみたい」と何気なく言った一言で主治医の顔色は変わりました。


 解離性障害の診断を初めてもらったときは驚きもなく、本を読んでもそこに今の自分の状況が書いてあるだけでした。


 処方される薬も10種類まで増え、15歳から17歳までの記憶はかろうじて覚えているだけです。

 入院中も何度も泣いて、青春を棒に振って、楽しいことはありませんでした。屈辱だったのはどんなに勉強しても看護師さんや他の患者さんから馬鹿にされることでした。大学進学が夢だった私にとって屈辱の何物でもありませんでした。

 しかし、酷い環境下であってもそれでも、優しくしてくれる看護師さんもいました。酷い目には遭ってきたけど夕闇に包まれる病室で泣いていると看護師さんがそっと寄り添ってくれたことは感謝してもし尽せないです。

 

 そんな酷い境遇であっても、病棟では大いに読書に邁進しました。KADOKAWA出版の『宙の名前』を始めとする歳時記シリーズ、多くの文豪の本、多くの漫画には救われました。この頃に書いた詩にはその頃の焦燥感があります。

 17歳の時には今は無き京都の寺町通にある三月書房でたくさんの本を買ったこともあります。絶望の底で味わったからこそ、名著が心に響きました。

 

 

 10代の頃に52編の詩を書きましたが、全て病棟で書いていました。その一部を引用します。


『涙』 


霞んだ空の縹色 

屋根裏の窓を見上げる

古びた床の周り角 

七色の錯覚が浮かんでいる

煌く星の独り言 

行きかう人は知らん振り

濁流に呑まれれば 

在りし月日は秘密基地

硝子の欠片を拾って行き 

壁の向こうへとさようなら

刻めぬ時計を交差させ 

汚れた指先 針が刺す

時が止まる 消えてしまう 

少女の雫の果ての果て



瞳の奥の嘘 悪魔の声を諳んじる

蝙蝠の墓場の周り角 

滲んだ死者が慟哭している

棘のダンスの独り言 

荒らされた花が乱れ咲き

疲れに負ければ 

金切り声は秘密歌集

手と手が酔って行き 

暗い森へとさようなら

血筋と足を交差させ 

薔薇の矛先 棘が刺す

手首が回る 追いかけてしまう 

少年の雫の果ての果て


流れ星の結露 

果てしない海を泳いでいる

銀の文字の周り角 

夢の中の夢が回っている

心の闇の独り言 

宇宙の光は貪欲に

碧い川で泳げれば 

水の流れの秘密旅行

銀のインクを落として行き 

思いの星はさようなら

硬い銀の鎖を交差させ 

鏡の後先 文字が消える

乾いてしまう 祈っていてしまう 

二人の雫の果ての果て



 


 今、読み返すと17歳の少女がどん底で這うように生きていた、と大きくなった私は思います。あの頃の痛みは今でも後遺症となって尾を引いていますが、今でも生きる希望は失っていません。書くことで生き延びれたのだ、と思えます。


  17歳の入院していた春の頃、その高校では自殺者が出ました。それを母から聞いたとき、もう辞めよう、と母から言いました。


 ほとんど高校2年生では行ってはいませんでしたが、私が独学でやっていた成果のおかげで何とか、辞める際も単位としてその数学の先生が奔走して学校側に認めさせてくれました。その数学の先生に今、会えるのならば感謝を言いたいです。


 17歳の5月、高校を中途退学しました。不思議なことに自分が可哀想だとか、不憫だとか、少しも思わないのです。それよりも少年犯罪の偏見のほうが、自分の中では大きく締めていたからです。

 その間、私はずっと閉鎖病棟にいました。ずっと白い部屋に閉じ込められていました。夢も希望も奪われて。

 その頃の気持ちを代弁するような詩の一部を引用します。


『昼下がり』


真昼なのに暗い部屋 

壊れた時計が片隅で孤独な少女は窓を見る 

写真を切り裂く寒い冬 

失われた思い出が光っている

黒い髪の毛が床の下 

元の頃には戻れない 

響く、響く、罵詈雑言 

かつての家族はどこに逝った 

人生のレールが崩れます 

誰も向かず、知らん振り 


空想の中に潜りこむ 

写真を見ては泣き喚く 

思い出の中で生きている 

甘いケーキ、少し、塩 

ホッチキスで封印する 

面白いですか 

空想上のお友達 

頭の中は薔薇色です 

見えぬものが見えてくる


幻覚、マリファナ

あと、大麻 

刺繍を紡ぐ寒い冬

隅から隅へゴキブリと

たのしいお店へ行ってきます 

居場所 居場所 居場所? 

ここはどこ? 

金が金の押しつぶし 


夜がまた来る 

おやすみと 

夜の私はどこへ行く

闇を、闇を下さいな 

快楽を求めて夜の毒 

朝は二度とやってこない


 あの頃だけで十数編の詩を書いていたのですが、詩を書くことで自分自身の平静を保とうとしていたように私は感じるのです。詩を書かないと生きていけない。名誉のためでもなく、自分自身の濾過のために書いていたような痛みだけがありました。

 もう、私はあの頃のような詩は書けないでしょう。白い病棟で長すぎる時間を持て余しながら、夕暮れの灯る病棟の落日を浴びながら書いた詩編の喜びは、どん底の不幸だからこそ、妖しく輝ていた、と思えます。今でもふとあの時に見た夕焼けが美しかったことを面影を辿るように覚えています。


 記憶が途切れ途切れの中、本来ならば高校を卒業したはずの18歳の春に病院からの帰りにNHK学園高校に入り直せないか、と母に提案しました。



 母はそのときNHK学園高校の存在は初めて知ったようで大急ぎでパンフレットを請求し、願書を書いて送ったところ、晴れて私は高校3年生になりました。 独学は慣れていたので通信制高校の課題も苦にはなりませんでした。NHK学園時代の大きな思い出は卒業式が紅白歌合戦が行われるNHKホールで行われたこと。いい経験ができました。


 一つも単位を落とすことなく無事1年後卒業できました。それから、私は念願の河合塾の高卒認定コースに入りました。最初の頃は良かったのですが、途中書店で少年犯罪の新書を見て急にまたふと行けなくなりました。


 あの頃に私のような苦しみを代弁してくれるような本が欲しかった。

 しかし、現在、発達障害を巡る環境もあの頃よりも格段に良くなりました。KADOKAWA出版をを始め、多くの出版社も発達障害を啓発する良書を多く出版されるようになり、理解は進みました。

 本で傷つきはしたけど本で癒されたこともある。たくさん傷ついてきたけれども最後は人の手で救われてきた。

 人間、傷つき合うこともあるけどどうなるのか、分からない。結局は私自身、傷ついてきたけれども誰かを信じたい。そう思える時ばかりじゃないけれども根底には信じたい。


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