エピローグ

帰還

 目が覚めると、いつも見上げるギルドホームの天井だった。


 ――あのあと。


 ボクから繋がってるエクスとの線を辿り、空間ごとバッサリ斬り裂きながらリオンちゃんとベルさんが迎えに来てくれたのが明くる朝。外で二週間経っていたらしい。ラインの復活自体も二週間くらいで、それまでボクは死亡寄りの行方不明扱いだったようだ。

 それまでの間、アサナちゃんが"「次期王位継承の儀式が始まっていない以上、現王位継承者のリセさんは生きています」"と理詰めでボクの安否を担保していてくれたらしい。ありがたいけど、理詰めすぎてちょっと怖い。喧嘩したくないな。


「重いなぁ……」

 エクスがボクの上、右にリオンちゃん、左で全裸のベルさんが寝息を立てている。

 三人には特に心配をかけてしまった。二週間……二週間だもんなぁ。


「……ふふっ」

 しばらく、この懐かしい重みを堪能しよう。


◆◆◆


「私から言うことはもうない」

 先生はそう言って、ボクの頭にバインダーを乗せた。


 夜が明けて目が覚めても大合体は解除されることなく(一人は服を着たが)、自宅ソファでの診察となった。


「……すみません」

「謝ることじゃあないさ。しかし、認識できる上だけでも自我がそのまま残り続けるのか……人格もまた術式として再現できるのか?」

 ラヴァンドラと戦って、ボクの体はほぼ完全に精霊銀に置き換わった。それでなにが変化した、ということもなく、魔力がないものは知覚できないくらいの後遺症しかない。


「どうなの、デザイア」

『教えたくない』

「教えたくないって」

「そうか。まぁ、またなにかあったら訪ねてくれたまえよ」

「うん。よろしく、先生」


◆◆◆


「あの……そろそろ離れてくれないかな……」

「だめだ」

「ダメである」

「どうせエクスたちを置いてくんでしょ、マスター」

「いや、ご飯作るだけだから……」


 大合体が解除される気配はない。誰かがトイレに行こうとすれば、モードチェンジによって対応される。ボク捜索隊のメンバーの結束は固かった。


「ごめん……ホントにごめんって……」

「誠意を感じねェな」

「あるよ、誠意! 滲むほど!」

「こちらが認めてこその誠意であろう?」

「ごもっともだけど……!」

 今のボクは全身銀ギラみたいなものなので、女の子三人くらいの重さならなんてことはない。ボディのつらさはほとんどないけど、どこに行くにも不便だし、どうにか心の距離だけで勘弁してくれないだろうか。


「おはようございます」

 アサナちゃんだ!

「た、タスケテ……」

「………………ふぅーん…………」

 なんか、あり得ないものを見るような目で見られた。そりゃそうだよな。


「ふん、ふん、ふん、ふん……ふーん…………」

 ボクの周りをくるくる回って観察。下から覗き込むように、ハイライトの消えた瞳がボクの目を飲み込まんとする。

「心配したんですよ」

「……はい」

「自分の命を計算に入れましたね?」

「……はい」

 割といつも入ってます、とは口が裂けても言えない。

「正式に王位を継承する、って仰りましたね?」

「こ、心構えとして……だけど」

 アサナちゃんの圧で、スーパーヴァーミリオンロボは分解された。みんなソファの裏に隠れてしまった。誠意はどうしたんだよ。


「手を繋いでください」

「うん」

「ギュッてしてください」

「うん」

 …………。

 ……………………。

「ありがとうございます。おかえりなさい、リセさん」

「うん。ただいま」


「…………」

「…………」

「……わぁ」

 覗き見していた三人が、顔を真っ赤にしてソファの裏に沈んでいった。


◆◆◆


「着いてこなくていいよぉ……」

 アサナちゃん同伴で、方々に挨拶して回ることになった。

 そこそこ不在だったし、捜索に協力してくれた人もいたっていうから、それは当然なんだけど……なんで同伴……?


「いえ。わたしはリセさんの後見人ですから」

「恥ずかしいじゃん」

「子どもみたいなこと言わないでください」

「同伴ってのがもう子供っぽいんだよ」

 そうこうしているうちに、連盟の前まで来た。


「お世話になっております。アサナ・マゼンタスカイです。本日は無事リセ・ヴァーミリオンが寛解致しましたので、ご挨拶に参りました」

「……ども」

 アサナちゃんかっこいいー! これ、あとあとボクにも求められんの?


「リセ! いやぁ、騎士団の人たちを助けにダンジョンを駆け回っていたそうだね! 友人として誇りに思うよ」

 いまにも飛びかからんがばかりのマクスウェル。

「え?」

 騎士団の……なに?

 ボクの知らないボクの活躍。アサナちゃんの方に目をやると、ウィンクが返ってきた。きみの仕業か。


「あー、うん。マジックアイテム、助かったよ。ありがとね、マクスウェル。ギルドの人たちにもよろしく言っといて」

「それはよかった。みんな喜ぶよ。できれば、使ってみての感想を聞かせてくれないかい?」


 ぐいぐい来るマクスウェルの背後に、影。


「あー……あとで、落ち着いたら話すよ……」

「どうしたんだリセ。リセ? アサナさんも、なにか恐ろしいものを見るような――」

「〜〜♪」

「――アリアっ⁉︎」

 白い糸がマクスウェルを拘束する。美女の上半身、大蜘蛛の下半身を持つウタヒメグモ――マクスウェルが『アリアドネの糸玉』を作るためにダンジョンで誑かしてきた魔物である。名前まで付いているとは。

「〜〜……?」

「いえ、彼とは友人で。お二人はとてもお似合いだね。結婚式に呼んでくれると嬉しいな」

「〜〜♬」

 セーフッ! 嫉妬深いウタヒメグモから敵認定されずに済んだッ!


「お幸せに〜」

「お、お幸せに〜……」

 熱烈な連続キスを浴びて、マクスウェル、アリア両名は酒場を出た。

「…………大丈夫なのかなぁ、あれ」

「……さぁ……」

「う、ウタヒメグモは草食、でッ、糸は服を作ったり楽器を作ったり、あ、あとは意中のオスへの求愛にしか使わない……ので、ダイジョブ、です。きっと。エヘヘッ……」

「イヴちゃんだー‼︎」

 可愛いー!


 思わず抱きついてしまったが、仕方ないだろう。イヴちゃんだぞ。


「え、エヒヘヘヘッ……懐かしいような……ひゃふっ⁉︎」

 ついでに首筋を舐めると、驚かせてしまった。いけないいけない。よくないぞリセ・ヴァーミリオン。なにがよくないって、アサナちゃんからアリアさんみたいなプレッシャーが出ているからだ。

「アサナちゃんもほら、どう?」

「……では、失礼して」


 一礼して、アサナちゃんはボクの方にくっついてきた。イヴちゃんと同じくボクに半ば覆い被される格好だ。

「え、こっち?」

 てっきりイヴちゃんの方だと思っていた。

「っ……、うるさいです」

「ありがたや……」

 イヴちゃんはなんか拝んでるし。


「イヴちゃん、久しぶり。って、ボクはそんな時間経った感じないんだけど」

「は、はい……お久しぶり、です……」

 アサナちゃんの背中をぽんぽんしながらのおしゃべり。失礼かもだけど、猫とか飼ってるとこんな感じなのかな。

「そ、それで……どうでした? 『時停とどまりの標識』に入ったんです、よね……?」

「仕方なくだよ。なんかこう、感覚が引き延ばされる感じ……? 夢とか見てる感じに近いかも……」

「なるほど」


 それから根掘り葉掘り尋ねられたので、手取り足取り教えてあげた。大収穫である。 

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