冒険者/君に朱の朝日は昇る

 ダンジョン『時停とどまりの標識』。

 肉体・精神両方の感覚を無限に展延するせいか、周囲は真っ暗闇。ボク自身がどこにどう立っているか、手を伸ばした先になにがあるかすら判然としない。


「ここは……」

 眼前にラヴァンドラ。

「懲りずにダンジョンか。――ム」

「無駄だよ。精霊銀で握り潰そうにも、その全容を計れなきゃ掴めない――だろ?」


 これでラヴァンドラは倒した。

 攻略条件・脱出条件共に不明。更に、本来外より早いはずの中の時間経過が、このダンジョン内では


 無制限に引き延ばされる感覚は、時間経過にも通じているのだろう。ここでの一日が外での一週間とかなら可愛いものなのだが、このダンジョンの報告者は"数百年前にこのダンジョンで行方不明になったはずの少年"だった。ロクな装備もなかった彼は、その日から特に衰弱した様子もなく脱出し、独り時間に取り残されたことを知って自ら命を絶ったそうだ。


「……なるほど。そういう思惑か」

「さすが、話が早い。ボクたちがここを出る頃には、みんなもうあんたの言う"向こう"に着いてるかもな」

 固くも柔らかくも、熱くも冷たくもない床に腰を下ろす。どうやら平らな地面のようだ。


「リセ・ヴァーミリオン」

「なに、ラヴァンドラ・シン=スカーレット」

「見事だ」

「どうも」

 ラヴァンドラもまた、ボクの隣に座り込んだ。


「……覚悟ができたら、わたしに声をかけるといい」

「ねぇ」

「……早いな。まぁ、いいか」


 ひどく人間臭い顔をしながらボクの手を取ると、微笑んでみせた。

「わたしのカタチを見せよう」


◆◆◆


 回転性のめまいがして、ボクとラヴァンドラは外にいた。


「お前……どうやって」

心臓そこの『デザイア』から聞いているだろう。わたしの『ディスペア』は対象の絶望を実現する術式だ」


 『時停とどまり』を、『ディスペア』の強制実現で突破したのか。手に絡む厭な感触が晴れている。


「……正確には、あんたがそうだろうと思ったことを、だろ」

「正確にはな」

 でなければリオンちゃんベルさんが解釈違いだってならなかったし、ボク自身腕以外の何かを喪ってたら本当にダメだったかもしれない。


「見渡してみろ」

 促されるまま、視線を流す。

 林と、断崖絶壁。見渡す限りの水平線。太陽がそのほとんどを隠してしまっている。


「ここは……」

「諸君らの言う"向こう"……ダンジョンを踏破したのち訪れる、求め焦がれたはずのゴールだ」

「……そんな」


 誰が言ったか新天地。

 皆が目指した新天地。

 それがいま目の前に。


「五十年前、わたしは継承の折にここへ至った。……膝をつき泣いたものだ。これを知れば、王都はおろか未踏最前線フロンティアもまた倦むだろう。だから――必要があったのだ」


「そうか。ラヴァンドラ……お前はそうだったんだな」

 みんなが自分と同じようにならないように、ボクが王さまになってこの景色が近づかないために。

 いろんな人に悲しい思いをさせてまで、ボクを殺そうとしたんだな。


「お前はこの景色を見て、冒険の先に何もないって絶望したんだな」

「そうだ」


 崖っぷちに立つ。眼下には、打ち寄せては砕ける波飛沫。嗅いだことないはずなのに、どこか懐かしいにおい。遠くの空から、聞いたことのない鳥のような鳴き声。


「ただ険しいだけだ。その果ての景色がこれだ。徒労、徒労、無為な徒労にすぎない」

 全ての望みは絶えたのだ、と。力なく、ラヴァンドラはうなだれる。


「だからわたしは、あなたを阻んだのだ」

「……ボクの腕に二回、脚に一回。エクスとリオンちゃん、ベルさんに一回ずつ。それからここに来るために自分に一回、だね」

「……なんだ」

「あんたがボクの前で『ディスペア』を見せた回数、全部で七回」


 ホントは、ラヴァンドラと心中するつもりだったんだけど。


「ただ険しいだけ――大歓迎さ」

 『銀の腕』が輝きを放つ。

 ボクの拍動に合わせて光量が増していく。


「ボクたちが進んだ先に、こんな広い世界が待っている。きっとこの向こうにも、もっともっと広い世界が待ち構えてる」

 太陽は、赤い置き土産をしてあっちの方に沈んでいった。続いているからだ。


「勘違いしてるようだから言っとくよ」

 こんなとこで、じっとなんてしてられない。

 ボクたちは、衝動に置いてかれないよう必死で追いすがる生き物なのだから。


「『険しきを冒す』から冒険者だろう。道を開けろ、絶望」


 そうして、夕暮に融けた太陽は、朝日になって登るのだ。

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